調整
「――それでは、計測を開始しよう。まずは、フィルネリア君から行こうか」
「はい、わかりました」
天才技術者、レツカ先輩の言葉を聞き、フィルはソレ――骨組みだけのイルジオンに身体を滑り込ませると、起動する。
見た目はほぼ、中等部にいた頃に乗っていた簡易機体だ。
装甲や細かい装備などが全て取り払われており、まだ浮くことも出来ない。
アレには、俺達がぶっ殺したレヴィアタンの素材が使われており、こうして見ても金属っぽくない素材が多く使われているのがわかる。
どうも骨や筋繊維などが使われているらしく、通常の鉄や魔導線などとは、比べ物にならない程魔力のキャパシティと伝導率が高いようだが……そう考えると、割とグロいな。
――アレは、以前レツカ先輩が言っていた、俺達の専用機の雛形である。
本日、学園にそれが届いたため、その調整を行っているのだ。
俺の幼馴染は、すぐに骨組みのみの機体へと魔力を流し込み始め、その隣にあるモニターで、レツカ先輩が彼女の持つ様々な能力の計測を開始する。
「ふむ……聞いてはいたが、やはりフィルネリア君の能力も学生離れしているな。君とユウヒ君は同郷だと聞いているが、君達の故郷には何か特別な訓練でもあるのか?」
「あはは、まあそんなところです」
レツカ先輩の言葉に、フィルは笑って答える。
「――よし、計測終了。デナ先輩、彼女の方はお願いするよ」
「了解、任せて」
俺達に協力してくれているデナ先輩が、機体をフィルの身体にフィットさせる作業を開始したのを横目に、レツカ先輩は次に俺のところまで来る。
「それじゃあ、次はユウヒ君、やろうか。機体に乗ってくれ」
「うっす」
俺もまた、用意されていた骨組みの機体に乗って起動すると、魔力の挿入を開始する。
しばしそうしていると、機体と繋がっている様々な計器を弄っていたレツカ先輩が口を開いた。
「君の方は……うん、化け物だな」
「先輩、他に表現はなかったんすか」
「はは、誉め言葉さ。いやはや、実際の数値として見るとすごいな。魔力総量も魔力制御率も、学生離れなんて一言では表せん程だ。確かにこれでは、通常機では耐えられんだろう」
魔力制御率とは、そのままどれだけ無駄なく魔力を操作出来ているか、ということを示す数値だ。
魔力制御の上手い者程これが高く、よりスムーズに魔法を発動出来たり、機体を動かすことが出来る。
俺は、フィル程器用に魔法を扱えないが、魔力総量と魔力制御だけは自信があるのだ。
頭で考えることではなく、ほぼ肉体の技能だからな。
それから、デナ先輩とレツカ先輩の二人の天才によって滞りなく調整は進められていき、一時間もしないで終了する。
「ん、協力ありがとう。あとは肉付けをして完成になるが……二人とも、どういう機体にしたい?」
機体の方向性か。
「俺は……とにかくどれだけ酷使しても、壊れないようにしてほしいっすね。あとは、速ければ速い程ありがたいっす。魔力を食うのは気にしないんで、その辺りをお願いしたいかと」
「僕は、魔力の運用をやりやすくしてほしいです。幾つ魔法を併用しても、機体のパフォーマンスが落ちない感じに」
「……フィル、お前、今のままでも四個か五個くらいは同時に魔法使ってるだろ。まだ足りないのか?」
「僕が本気なら八つまでは行けるよ。けど、そこまでやると機体の補助術式が耐えられなくなっちゃうのか、一気に反応が鈍くなるんだ」
困ったもんだよ、と溢す我が幼馴染。
イルジオンには、搭乗した機龍士が魔法を発動しやすくなるよう、補助術式が組み込まれているのだが……それでも俺、三つ同時発動が限界なんだけど。
色々、やりやすくするための小技はあるのだろうが、俺よりもコイツのマルチタスク性能の方が化け物染みていると思う。
頭の中にCPUでも搭載しているのだろうか。
「何だ、その程度で良いのか? レヴィアタンの素材は超一級品だから、それくらいは簡単だぞ。もっと、大砲を積みたいとか、装備面の話も聞くが」
「大砲……?」
「オプションで欲しいっすね、大砲。必要な時だけ機体に装着して、ドカン、みたいな」
「ほう……いい案だ。考えておこう」
「いい案なの……?」
「あの二人、いっつもあんな感じだから、流していいわよ」
フィルが怪訝な顔で呟き、それを見てデナ先輩が苦笑を浮かべる。
いい案だろ、どう考えても。
「レツカ先輩、前から思ってたんすけど、どうせならイルジオンの拡張パーツみたいなの、欲しいんすよね。必要に応じて使えるような」
「ふむ……? 換装、ということか?」
「いや、換装とはちょっと違うかもしんないっす。そうっすね……いわば、もう一回り大きいイルジオンを造って、必要な時に、通常機でそれに乗るんすよ。つまり、イルジオンに着させるイルジオン、みたいな」
イルジオンという機械は、非常に有能だ。
歩兵が空を飛んで展開することが可能、という点だけで、その優位性は他兵器とは一線を画す。
だが……レヴィアタンとの戦闘時のこと。
奴との戦いで感じたが、イルジオンは機動性は十分だが、攻撃能力が足りないのだ。
最終的に奴を仕留めたのも、フィルと俺自身が持っている魔法だったし、もっとイルジオン自体にも破壊力が欲しいのである。
だが、普段からそんな高い攻撃力があっても意味がないので、必要時にイルジオンに装着出来る、大型拡張パーツのようなものがあったら便利だろうと思ったのだ。
まあ、あんなデカブツをイルジオンで相手にしようと思うことが、そもそもの間違いかもしれないが……人とは、汎用性を求めたくなるものなのである。
何故ならば、それがロマンだからだ。
そういう提案をレツカ先輩に行うと、彼女はしばし真面目な顔で押し黙った後、やがて眼を爛々と輝かせ、口を開く。
「……なるほど。うむ、それは非常に良い案だ。研究所に戻ったら、本格的に造ってみよう。フフ、これもまた、大艦巨砲主義に通ずるものがある……やはり、君は天才だな」
「へへ、レツカ先輩には敵わないっすよ。俺は適当に言っているだけで、それを形に出来るような技能は、先輩と違って持っていないっすから」
そして俺とレツカ先輩は、同志を称賛すべく固く握手を交わした。
フッ、やはりいいもんだぜ、志を同じくする者ってのは……。
「……今日、初めてレツカ先輩と会いましたが、大体どんな人柄かわかりました。ユウヒと同じで、その……ちょっとアレなんですね」
「天才なのは間違いないんだけどね……二人とも勧誘したの、私だったんだけど、整備部は何でこうなっちゃったのか……フィルちゃん、やっぱりウチ、入らない?」
「……考えておきます」
隣で二人が失礼なことを言っているが、そんなことは全く気にせず、レツカ先輩は言葉を続ける。
「完成は恐らく、ちょうど対抗戦頃になると思う。まあ、対抗戦は専用機には乗れんから関係ないが、それまで待っていてくれ」
そう、学園魔導対抗戦は機体や装備の規格が決まっており、専用機の使用は禁止されている。
規格内ならばどんな工夫も許されるが、あまりに性能差があると競技として成り立たないため、そういうことになっている。
アルヴァン先輩なんかも、最近は専用機『アルクス』には乗らず、デナ先輩が調整したエール型イルジオンで慣らしているようだ。
せっかくならそういう舞台で乗ってみたいところだが……ま、こればっかりは言っても仕方ないだろう。
大人しく完成の日を待つとしよう。
あぁ、楽しみだ、専用機!