訓練にて
『ユウヒィッ!! おめーが強ぇことは、俺は骨身に染みる程よく知っている!! だが、だからといって引きはしねぇ!! 今日こそは勝たせてもらおうかッ!!』
『この人数がいれば、流石にアイツにも勝てんだろ!!』
『いっつもいっつも、綺麗どころと一緒に居やがってよぉ!! ずるいんだよお前はぁっ!!』
イルジオンに乗った、ラルを中心としたクラスの男どもが、俺に向かってそう啖呵を切る。
友人達が、燃えている。
なんか一人、私怨を燃やしている奴もいるような気がするが、ならば俺もまた、燃え盛って相対するのが健全な友というものだろう。
「言ったな、テメェら!! いいだろう、俺の全身全霊を以て相手をしてやろう!! 数がいりゃ勝てるなんてのは、甘い考えだということを教えてやるッ!!」
そう言い放つと俺は、イルジオンを駆って逃走を開始する。
――現在行っている訓練は、鬼ごっこだ。
ただし、逃げるのは俺のみで、他の男どもが全員鬼である。
俺の機体の周囲に、魔法で生み出された光球が一つ、フワフワと浮いてくっ付いてきており、これに俺以外が触れると消滅するため、鬼側はそれが勝利条件となっている。
逆に俺は、時間いっぱい逃げ切れば勝ちだ。
攻撃は無しだが、妨害系の魔法――例えば煙幕を発生させたり、風魔法で機体制御を狂わせたり、というのはアリで、今も色とりどりの魔法が俺に向かって飛んできている。
同級生達も、イルジオンを操作しながら魔法を放つくらいのことは、普通に出来るようになったようだ。
いや、実際のところいつもであれば妨害系魔法も使用禁止なのだが、今日に限ってガルグ担任が許可したのは、恐らく対抗戦を見越してのことなのだろう。
障害競走である『ブイレク・スティープルチェイス』は、妨害もアリだからだ。
故に皆、可愛がり――もとい、俺のために全力を尽くしてくれている訳だ。
ちなみに今日は、高負荷インナーを下に着ている。
戦闘訓練以外の普通の訓練時は、常に着用している。
『ぬおおおっ、やっぱアイツ、異様に速ぇぞ!?』
『包囲しろ、包囲!! 面で行きゃあ、奴も止められるはずだ!!』
『ゴキブリみてぇだな』
ゴキブリって言った奴、お前あとで覚えておけよ。
「ハッハーッ!! 遅い遅い!! もっと本気出せ――どわぁっ!?」
俺の魔力障壁に何かがヒットしたと思った次の瞬間、一瞬機体の動作が異様に重くなる。
な、何だ!?
どうしようもないので、開き直ってすべての機体機能を停止させ、重力に従った落下でその場から逃げると同時、さらに飛んでくる弾丸。
訓練用の、非致死性ゴム弾だ。
その時にはすでに、機体の動きも正常に戻っていたため、ギリギリ二発目は回避することに成功。
そして俺は、銃弾の飛んできた方向へと視線を送り――そこにいたのは、留学生シオル。
「お、お前、今回直接攻撃は無しだぞ!?」
『今のは疑似的な魔電磁パルス弾。当たっても機体の能力を削ぐだけで、攻撃力はないわ』
静かな声でそう言いながら、相も変わらずドデカい狙撃銃で、次々と特殊弾丸を俺へと放つ鬼族の少女。
MEMP弾とは、電気的、魔力的に動いている機械を破壊する性能を持つ弾だ。
非常に強力だが、その分コストが非常に高く、制限が掛けられているため一般には全くと言って良い程出回っていない代物だ。
確かに今のは、本当に数瞬機体の動きを止めただけであり、恐らく彼女の対物魔ライフルで放てるMEMP弾の限界が今の威力だったのだろうが……疑似的でも、相手の行動と止められるのならば、その効果は計り知れない。
前回の模擬戦では使っていなかったが、もしやあの時使わなかった決め球ならぬ決め弾だろうか。
……というか、そんなことを考えている暇はない。
どうやらシオルは、ガルグ担任が追加として寄越してきたようだ。
空中では弾丸を跳弾させられないので、その分彼女の攻撃能力は一段階下がっていると言えるだろうが、しかしその射撃精度は群を抜いて高い。
同級生達をいなしながら、さらに彼女の相手となると、その難易度は一気に跳ね上がる。
『よっしゃ、留学生に続け!! 今こそあの野郎を追い落とす時だッ!!』
魔力を流し込むことで腕に仕込んだシールドを大きく展開したラルが、俺の進路を限定させながらこちらに突っ込んでくる。
好機と見たらしく、それに合わせ同級生達もまた、一斉に動き出している。
恐ろしい連携の良さである。
「くっ、こ、この、テメェら、そんなシオルに頼り切りで、悔しくないのか!!」
『『『お前に勝てるんなら、別に』』』
「くそおおおぉぉぉっ!!」
――それから一分後、俺は負けた。
* * *
「ハァ、ハァ……先生、シオルまで投入されたら、流石に無理っすよ」
清々しそうな顔で「悪は滅びた」と言って去って行く友人達を横目に、俺は両手を膝に突いて荒く息を吐き出しながら、そう恨み言を溢す。
あの後、三セット程同じことをしたのだが、俺が勝利したのは一セットのみ。
勝率で言えば、一勝三敗である。
何とか勝ったのも最後の回で、それまでの同級生達の動きやシオルの動きを覚えたことでどうにかなった感じだ。
流石に、キツかった。
高負荷インナーを着ていたことも相まって、疲労困憊である。
「お前は生半可な訓練では音を上げんだろう。だから、とことん負荷を掛けることにした。対抗戦までは出来る限りで無理をしてもらう。良い機会だと思って励むことだ」
俺の言葉に、平然とそう答えるガルグ担任。
鬼である。
――そうして訓練を終え、疲れた身体で格納庫に向かっていると、隣に来る一機のイルジオン。
「お疲れ様」
声を掛けてきたのは、シオルだった。
「おう、お疲れ。……ったく、お前がいるのはずるいぞ。勝てねぇって」
「勝ってたわ」
「そりゃ一回はな。疲れたぞ、マジで」
と、その時、彼女が両手に持っている対物魔ライフルが視界に映る。
「……そういやシオル、前から気になってたんだが、お前、どういう原理でスモーク弾とか疑似MEMP弾とかを放ってるんだ? マガジンに装填した後に、弾丸の性質を変えてるだろ? あ、いや、教えられないってんなら、勿論無理に聞きはしないが」
そう問い掛けると、彼女は少し考える素振りを見せてから、口を開く。
「……ん、構わないわ」
彼女は、自らの武器である対物魔ライフルをこちらに渡す。
俺はそれを受け取ると、各部を隅々まで確認し――ん?
「これ……この魔術回路を作動させて、内部の弾丸の性質を変えてるってことか?」
セミオート式のライフルであるようだが、その銃身に複数の魔術回路が刻まれているのがわかる。
かなり小型で、全く知らない形の魔術回路だ。
こちらの国では見ないものだし、ルシアニア連邦の技術なのだろうか。
「えぇ、内部で薬室に繋がっていて、発動する魔術回路の効果が銃弾に乗るの。別の魔術回路に切り替える時は、この機関部のレバーで操作する。選択可能な特殊銃弾は最大で六つ。この組み合わせを変えたい時は、別の銃身に変更するわ。あと、銃弾自体にも予め細工が必要ね」
静かな声ながら、いつもより饒舌に話すシオル。
コイツ、さては銃マニアだな?
いい趣味してるじゃねーか。
俺は礼を言って対物魔ライフルを彼女に返すと、問い掛ける。
「跳弾の方はどうやってるんだ?」
「それは私の魔法。詳しくは言えないわ」
なるほど、ライフルの性能に自らの魔法を合わせることで、あれだけ多彩な攻撃を実現させている、と。
「へぇ……大したもんだな。武器の技術もそうだが、よくあんな刹那の判断で、それだけのことが出来るもんだ」
「けれど、あなたはそれを、ほぼ全て避ける。それに、人間なのに魔族以上の魔力を有していることの方が、大したものだと思う」
確かに魔族は身体スペックがすげー高いが、俺も元魔族なのでね。
いや、多分、関係ないだろうけど。
「おう、まあ、小さい頃から毎日鍛えてたからな」
「……あなたは、何が理由で、力を求めたの?」
「理由?」
そう聞き返すと、彼女は俺の目を見詰め、言葉を続ける。
「この国は、平和。とても。そうである以上、そこまでの尋常じゃない力を手に入れるには、何か理由があるはず」
「尋常じゃないとは、言うじゃねーか」
「尋常じゃないわ。あなたの戦闘能力は、すでに正規軍人並。それも精鋭の。ただ、何の理由もなく鍛えただけでは、そこまでの力を手に入れるのは無理よ」
「…………」
俺は、彼女の、泣きそうなくらいの真剣な顔を見て、口を閉じる。
今世で鍛えるのは、正直ただの習性なので大した理由もないのだが……しかし、一番最初。
つまり、前世にて俺が力を求めた理由は、ある。
それは俺の中心に位置する、ルーツとも言い換えることの出来るものだ。
そんな重要なものを、わざわざ他人に律義に教える必要はないのだが……。
「……そうだな。理由は、ある。――俺は、我慢ならなかった。世界に、だ」
「…………」
じぃっと、俺を見詰めるシオル。
「わがままで、自分勝手で、この世はなんてふざけてやがるんだと思った。だから、強くなろうとした。俺が俺であるために」
何者にも、阻まれず。
己を、貫き通すために。
「多分……お前も、そうなんだろ?」
シオルは、何も、答えない。
多くの感情をその瞳に浮かばせ、俺を見ている。
「ま、お前が何を背負っているのかは知らないし、何をそんなに、思い詰めているのかは知らない。けど……お前のためなら、力になんぞ」
「……何故?」
その「何故」にはきっと、色んな意味が含まれているのだろう。
だから、俺は、笑ってそれだけを答えた。
「そりゃ――俺が、お前のことを気に入ってるからだ」
その類を見ない戦いの技術に、どれだけワクワクしたことか。
それに、元同族だしな。
いや、同族と言っても、大きな括りの『魔族』というところが同じだっただけだが、そもそもこの国に魔族は少ないから、鬼族の彼女を見ていると懐かしい気分になるのだ。
あと、俺の妹のリュニや千生にタイプが似ているから、微妙に放っとけない感じがあったりもする。
「…………そう」
シオルは長い長い沈黙の後に、それだけを言い、再度押し黙る。
その白い肌を少し赤くし、一言も喋らず、だが俺のすぐ隣を歩き続ける。
「…………」
「…………」
「……あー、シオルさん? イルジオンでその距離は、ちょっと歩き辛くないか……?」
「……そう」
すると鬼族の少女は俺から離れ、先に格納庫の中へと向かって行ったのだった。
……相変わらず、よくわからん奴である。
コイツ、いっつも口説いてんな……?