留学生《4》
――鬼族の少女、シオル=マイゼインは一人、帰路を歩く。
「…………」
脳裏を渦巻くのは、少し前の、同学年の生徒との模擬戦。
戦いとは、自らにとって目的を達成するための手段であり、それ以上でもそれ以下でもない。
だが――楽しかった。
とても。
――ユウヒ=レイベーク。
事前の情報収集では、脅威度『Ⅹ』という生きた災厄、レヴィアタンを討伐したという学生達の中心人物であり、対抗戦において最も脅威となるであろう相手。
故にその実力を確かめるべく、模擬戦を挑んだのだが……やはり、事前の情報通りの強さを有していたと言えるだろう。
張ったトラップは次々と突破され、攻撃も全くと言って良い程通らない。
イルジオンの魔力障壁を、一発で突破するために造られた対物魔ライフルの弾丸を、何発当てても揺るぎもしないのは、何の冗談かと言いたくなる程だった。
無論、訓練であるため使用していた弾はゴム弾に近い非致死性のものだったが、それでも実際の対物魔ライフルの銃弾に性質を似せるべく、通常機相手ならば一発で魔力障壁を抜ける効力は持っているはずなのだ。
今まで、勝てない相手というのも確かにいたが、これだけどう攻略すればいいかわからないような相手は、初めてだったと言えるだろう。
だからこそ、なのだろうか。
こんなにも、勝ちたいと胸が熱くなったのは。
鬼族は戦いを好む一族だと教わったが……自分もやはり、その血筋だった、ということなのだろう。
――最後の、あの攻防。
流れは完全に向こうにあったが、まだ見せていない奥の手が自分にもあり、彼が大剣を振るうと同時、カウンターを放つつもりだった。
ただ、最後の会話からすると、向こうはこちらが手を残していることに気付いていたようなので、もしかするとそれすらも防がれ、文句の余地なく負けていたかもしれない。
その結果が、どうなっていたのか、見てみたかった。
もう一度、今度は最後まで邪魔されず、何も気にせず、全力を賭して勝負をしてみたい――が、それは、不可能だ。
全てを置いて優先されるのは、任務である。
自分はそのために、今日までの日々を生きてきたのだから。
「…………」
彼女は、湧き上がったユウヒ=レイベークに対する確かな興味を、ス、と胸の内に押し殺したのだった。
* * *
「フー……不完全燃焼感はあるが、楽しかった。珍しい戦い方をする奴もいたもんだ。あのトラップの扱い方は、是非とも見習いたいもんだな」
留学生との模擬戦を終えた俺は、フィルと共に帰り支度を整える。
「ふーん、良かったね」
と、俺の言葉にフィルは、わかりやすく素っ気ない様子で返事をする。
「……えー、フィルさん、どうされたので?」
「別にー? 何もないよ? 君が楽しかったんなら、いいんじゃない?」
な、何だ?
昼の時よりも圧が強ぇんだが……。
「……その、何かお気に障ることでもおありになられたので……?」
「観戦していただけの僕に、そんなことがある訳ないじゃない。僕、そんなに嫌な女じゃないよ? ねぇ、そう思うでしょ?」
「も、勿論っすよ、フィルさん。フィルさん程良い女、俺は他には知らねーっす!」
「ユウヒが敬語で話す時って、大体こっちを誤魔化そうとする時だよね」
そんなことは……あるかもしれない。
「い、いや、そんなことはないぞ? ――そ、そうだ、俺、日頃世話になってる幼馴染に感謝を示したいんだが、何かしてほしいこととかあるか?」
「……じゃあ、コーヒー」
「え?」
「コーヒー、飲みたい。帰ったら淹れて」
「……あ、あぁ、わかった。美味いのを淹れてやろう」
そう答えると、彼女は楽しそうにフフ、と笑った。
……どうやら、機嫌は戻ってくれたらしい。
と、そうして彼女と話していた時、ガルグ担任がこちらにやって来る。
「レイベーク、エルメール、いたか。少し話がある、時間は大丈夫か?」
俺とフィルは、顔を見合わせる。
「大丈夫っす」
「僕も問題ありません」
「わかった。では、話そう。――お前達二人が、学園魔導対抗戦の本戦選手として推薦されている。否が無ければそのまま決定となるが、どうだ?」
! 来たか!
アルヴァン先輩やデナ先輩には、「絶対大丈夫」だなんて言ってもらえていたが……やっぱり、嬉しいもんだな。
「うす! 勿論やりますよ」
「はい、是非参加せてもらえればと」
俺達の返事を聞き、彼はコクリと頷く。
「よろしい。これから対抗戦までの間、お前達二人はそれに向けて準備してもらうことになる。それなりに忙しくなるだろうが、その点は覚悟してもらおう」
「それくらいは全然大丈夫っす。やれるだけやりますよ」
「はい、わかりました。僕も、全力で頑張らせていただきます」
「うむ、是非励むといい。お前達の実力は学生離れしているが、対抗戦はレベルが高い。一年の内から参加することは、その成長に大きなプラスとなるだろう。明日の放課後、対抗戦に出場する生徒を集め、詳しい話をすることになっている。また声は掛けるが、参加するように」
俺達が了解の返事をすると、それで話は終わりだったらしく「では、気を付けて帰れ」と去ろうとするが、俺は彼を引き留める。
「あ、先生、待ってください。一つ聞きたいんすけど……」
「何だ?」
「あの留学生のことっす。彼女、何でこの時期にこの学園に来たんすか?」
「個人情報だ、答えられん……と、言いたいところだが、これに関してはお前達にも少し関係のある話か。わかった、話しておこう」
そんな意味深なことを言い、彼は言葉を続ける。
「ルシアニア連邦は今、国際社会での立場を向上させようと躍起になっている。学園魔導対抗戦は学生による大会ではあるが、しかしここで優勝することは次世代が順調に育っていることを意味し、少なからず国の権威を増すことに繋がるだろう。そのためには、何でもやるくらいには今、あの国は必死だ」
……じゃあ、やっぱり彼女は、スパイとしてやって来たってことか?
ガキをそういうことに使うのは、眉を顰めたくなるが……まあ、まだ理解出来る範疇ではある。
「それがわかっていて、何であの理事長は受け入れたんすか?」
「うむ、そのこととは別に、どうやら少し、あの国にキナ臭いものがあるらしい」
キナ臭い……?
「ただの一教師であるため、私も詳しくはわからん。ただ、理事長は何か警戒なされているものがあるようだ。情報収集をされているとわかっていても受け入れた以上、そこにメリットがあると考えたのだろう」
……そうか、となるとウチのクラスに彼女が来たのは、保険の一つなのか。
決してただの一教師ではないだろうこの担任に、目を光らさせておくつもりなのだろう。
「元々は学生の技術向上という、純粋な目的で始まった大会であれど、そこに政治が絡み始めると、途端に厄介になる。無論、何も起こらない可能性の方が高く、我々も何事もないよう努めるが……お前達も少し、そのことを頭に入れておくといい」
それだけを言うとガルグ担任は、今度こそこの場を去って行った。
「何だか面倒そうな感じだが……ま、気を付けてはおこうか」
「ん、そうだね。全く、政治、政治ね。嫌になっちゃうよ。馬鹿な政治家はゴキブリみたいに出てくるから、見つけ次第駆除でいいと思うんだ」
「あー……そうだな」
……そう言えばコイツ、前世で政治家に苦労させられたんだったな。
幼馴染の地雷に触れそうだったので、俺は苦笑を浮かべ、話題を変えるべく言葉を続ける。
「それにしても対抗戦か。いいな、楽しみだ」
「二人とも参加出来そうで良かったね。ユウヒはこういう競技大会みたいなのって、参加したことある?」
「いや、ねぇなぁ。兵どもの娯楽がてら、腕相撲大会みたいなのを開催することはあったけどよ。ほら、俺、最強だから、参加しちまうと見せ場を奪っちまうだろ?」
「はいはい、最強ね。前世で最後に勝ったの、僕だけど」
『ゆー、つよい。けど、ふぃー、もっとつよい』
と、ブレスレットから俺達二人に向けて、念話が届く。
い、千生、お前、俺の味方じゃなかったのか……?
「フフ、ありがと、千生ちゃん」
「……勝負は今世でも継続してる訳だしな! 最強の座を掛けて、是非とも対抗戦で決着をつけようじゃねーか。ちょっと前に約束したようにな」
「いいよ。負けたら家事係を一週間ね」
「……まあ、いいが。なんつーか……最強を掛けた勝負の割には、随分と安い代償だな」
「じゃあ、二週間にしよっか」
「いや、期間のことを言ってるんじゃねーよ」
確かに、ちょっと負けたくないとは思う面倒さだけどよ。