留学生《3》
――あーあ、楽しそうに戦っちゃって。
内心で少し、ぶすっとするフィル。
鬼族の少女の戦い方は、幼馴染の琴線に触れるものがあったらしい。
一目見てわかる程にテンションが上がっており、今の戦闘を心から楽しんでいるのだろうことが容易に理解出来る顔をしている。
あれだけの顔をするのは、自分との勝負の時ばかりだったのだが……恐らく、よっぽど彼女のことが気に入ったのだろう。
……あとで、あの楽しそうな顔を困らせてやるとしよう。
「ふむ……ガルグ先生に勧められて来たが、確かにその甲斐はあったな」
と、割と理不尽なことをフィルが考えていると、眼前で繰り広げられる戦闘を一つも見逃さんと凝視しながら、そう口を開くアルヴァン。
「ユウヒ君は勿論のことだけど、あの子も大したものねぇ。一年生のクラスに来た留学生って話だけど……あの攪乱の技術は、この学園でもトップクラスね」
レーネの言葉に、フィルが続ける。
「――跳弾、ですね」
「えぇ、普通は狙ってやるものじゃないけれど、彼女はそれすらも戦術に組み込んでいるようね。どういう魔法を使って跳ねさせているのかしら」
レヴィアタン関連の際に、すでに顔見知りとなっているため、特に遠慮をすることもなくそう会話を交わす。
――外から見ている側なのでわかるが、どうやらあの留学生は、銃声の位置をずらす魔法と、跳弾を利用し、攻撃しているようだ。
弾丸が、壁に当たると跳ねているのである。
そのせいでユウヒは攻撃の位置を誤認し、今のところはされるがままになっている。
あの幼馴染が誤認する程なのだ、実際にあの場に立ったら、何をされているのか全く気付けないことだろう。
「……私としては、何でユウヒ君はあのサイズの大剣を振るっていて、バランスを保ったまま機敏に動けるのか、ってところが不思議ね。空中だと相当重心が偏るはずなのに……」
デナの言葉に、アルヴァンがコクリと頷く。
「それは本当に気になるところだ。ユウヒが姿勢制御を崩しているところは見たことがないな。よくもまあ、大剣であそこまで攻撃的に立ち回れるものだ」
――攻撃的、とはちょっと違うんだけどね。
大剣という超重量級武器を使うユウヒは、その戦闘の派手さから攻撃的な戦いをしていると思われがちだが、それは違う。
あの幼馴染は、意外と思考が防御に寄っているのだ。
まず、自らを固め、そして相手を分析する。
然る後に、攻撃へと転ずるのだ。
武器が近距離特化であるため、とりあえず初手に突撃はするものの、それは攻撃というよりも相手の出方を探るという意味合いの方が強く、その裏では常に理性的に思考し、相手の分析をしているのである。
そう、ユウヒは意外と手堅い戦闘を行っており、決して本能のままに動いている訳ではなく、無茶をする時も計算尽くで、つまり自らの負傷も考慮済みの上で行動しているのだ。
まあ、そもそもユウヒの防御を突破可能な攻撃は数少ないため、そこまで無茶をすることはあまりないのだが……幼馴染としては、その戦い方は心配になるので、もうちょっと抑えて戦ってほしいところである。
よくユウヒは、「頭じゃお前に敵わねぇ」と言うが、そんなことはない。
その頭の回転の速さは、むしろこちらが敵わないと思うことも多いくらいなのだ。
この辺りの感覚は、実際に相対してみないとわからないことだろう。
「俺には、どっちのレベルも高ぇことしかわかんねぇっすね……ユウヒの魔力障壁が、アホ程固いことはわかりますが」
ラルの言葉に、アルヴァンが答える。
「あぁ、ユウヒのアレ、どうやって突破したらいいのか、ちょっとわからんな。攻撃を当て続けて魔力を消費させれば、といった感じだが、ユウヒの魔力総量がおかしいのは元より、そもそもあの戦闘技術ではそうやすやすと攻撃を食らってはくれんだろうし――」
『ハハハッ! 待てよオイッ! 今のもっかい見せてみろッ!!』
「……それにしても、前々から思っていたんだが、アイツは戦闘中、こう……物凄い悪役みたいになるな」
「どう見ても構図が、逃げる美少女と獲物を逃がさんとする悪漢よねぇ」
「ま、まあ、戦闘中は、誰しも気が荒くなるものだろうから……」
アルヴァン、レーネ、デナの言葉に、フィルは苦笑を溢す。
「あー……テンションが上がると、いつもああなるんですよ、ユウヒ」
戦闘中に彼の口が悪くなるのは、前世からだ。
どうも感情が昂ると、高笑いが止められなくなってしまうらしい。
元魔王らしいと言えば、らしいが……。
「あの高笑いしてる時、顔が凶悪だよな、ユウヒ」
「子供が見たら泣くわよ、アレ」
ラルとネイアの遠慮のない言葉を誰も否定出来ず、思わず皆から笑い声が零れていた。
* * *
――そうか、跳弾させているのか。
銃声が鳴ってから、俺の魔力障壁へと銃弾が届くまでの間に、カッと何かに当たる音が聞こえる。
音の発生は、二回だったり三回だったり違うのだが、恐らく状況に合わせて跳弾の仕方を変えているのだろう。
確実に何かしらの魔法は発動しているだろうが、恐ろしい精度をしているものである。
銃声の位置に関しても、何か誤魔化す技術を彼女は持っているのだろう。
跳弾と合わせ、それで自らの位置を相手に誤認させている訳だ。
また、こうして戦っていてわかったのだが……どのような技術かは全く見当がつかないものの、どうやら彼女は一度薬室に装填した特殊弾丸の性質を、後から変更することが出来るらしい。
最初にスモーク弾を食らった時は予めソレを装填してあったのかと思ったが、そうではなく、これもまたその時の状況に合わせ、最適なものを選択して撃っているようだ。
予め全てを予想して、マガジンに特殊弾丸をセットすることなど確実に無理であるが、にもかかわらずあまりにも状況に適した弾を撃ってきているため、そうでないと不可能な芸当だろう。
特殊弾丸の種類はかなり豊富で、食らった限りではスモーク弾、閃光弾、小型徹甲弾、炸裂弾などがあり、この感じだとまだまだ他にもあると思われる。
なんつー、繊細な戦い方をすることか。
鬼族は、ヒト種の中ではずば抜けて高い身体能力を有しているため、パワー型ファイターが非常に多いのだが、彼女はそれとは正反対の戦闘技術を身に付けているようだ。
だが、ここまでの戦闘で、その手の内は大体理解した。
ビックリ箱のような奴である以上、まだまだ隠し玉――いや、隠し弾があるだろうが、そろそろこちらから仕掛けさせてもらうとしよう。
俺は、イルジオンで追うのをやめてその場に留まると、下段に大剣を構え、魔力を注ぎ込み始める。
ただ、今回はあんまり込め過ぎてしまうと、『一定以上の魔力』という条件に引っ掛かって俺の反則負けになってしまう可能性があるので、そこだけは注意して魔力を乗せていき――そして、数秒後には完成した魔法が大剣に乗る。
「フッ――!!」
下段から大剣を振り上げると同時、放たれる俺の魔法。
それは、暴風。
広域殲滅魔法『風伯』。
大嵐が如く荒れ狂う風を発生させ、全てを根こそぎ吹き飛ばす風魔法なのだが、今回は魔力が抑え目であるため、建造物を吹き飛ばす程の威力はない。
だが、宙に浮いているイルジオンを吹き飛ばすくらいならば、造作もない。
「ッ――――」
市街地風の建造物の間を駆け抜け、下から掬い上げるように放たれた風の濁流が、留学生をグルングルンと乱軌道で、高く上へと飛ばす。
ただ、彼女は確かなイルジオンの操作技術で、すぐに姿勢制御を行って機体を立て直すが――すでに俺は、次の攻撃を放っていた。
「ようやく出て来てくれたなッ!!」
大きな隙を晒した彼女へと放つのは、剣で放つことが可能な遠距離攻撃である、『魔力刃』。
三発連続で放ったソレを、彼女は対物魔ライフルの弾丸で撃ち抜くことで迎撃。
よく空中で、あのデカいライフルの反動を逃がせるものだとは思うが、俺も見ているだけではない。
その間に一気にイルジオンで加速し、間合いの圏内に彼女を捉えると同時、大剣を振り抜く。
ヒット。
が、後ろに飛ぶことで逃げられたようで、魔力障壁を破壊するだけに留まる。
俺は吹っ飛んでいく彼女を即座に追い掛け、とどめを刺すべく大剣を――いや、まだ、何か策を残してやがるな。
数瞬の後には、俺の追撃の大剣が届く距離だが、鬼族の少女の瞳はまだ負けを認めておらず、端正に整った顔に闘志が漲っている。
不愛想な奴だと思っていたが……案外、そうでもなかったようだ。
随分と、いい顔してるじゃねぇか。
いいぜ、見せてみろよ。
どこまでも付き合ってやる。
俺は、ニィと笑みを浮かべ――その時だった。
『そこまで! 魔力障壁を破ったため、この模擬戦はユウヒ=レイベークの勝ちとする』
スピーカーから訓練場全体に響き渡る、ガルグ担任の声。
……は?
「……いや、先生、こっからなんすけど。まだ俺も彼女も、全然戦えますよ」
振り抜く寸前にまで持って行っていた大剣をギリギリで止め、燻る思いのままに抗議をすると、呆れたような声が返ってくる。
『馬鹿者、今のまま戦っていれば、確実にどちらかの機体が壊れるまでやっていただろう。これは訓練であり試合ではない。ユウヒ、三機目の破壊となると、そろそろ学園側が補償することも出来なくなるぞ』
「ぐっ……」
……確かに、今の上がったテンションのまま戦っていたら、その可能性は高かった――いや、確実に壊していたか。
三機目……損害にすると、一千万ゴルドくらいか?
……ハァ、しゃーないか。
不承不承ながらも、背中の装甲と一体化している特殊鞘に大剣を納め、空中から下に降りると、留学生もまた対物魔ライフルを肩に担ぎ、目の前に降りる。
「……まだ、私が戦えると、思ったの?」
「あん? 最後のか? あぁ、そっちがまだ手を残してるっぽいのは、雰囲気でわかったからな。何か一撃を放つ準備をしてるんだろうとは思ってたぞ」
そう答えると、留学生は何を考えているのかわからない顔でしばし黙った後、静かな声で口を開く。
「そう……私の負けね。あなたは、強いわ」
「はは、おう、そっちもな。けど、これは勝ちに換算出来ねーよ。またその内、勝負したいもんだ」
「……えぇ。相手をしてくれると、私も嬉しい」
鬼族の少女はコクリと頷くと、じぃっと俺を見詰める。
何も言わず、ただじぃっと。
「……な、何だよ?」
「あなたは……いえ、何でもないわ」
そう言って彼女は、この場を去って行ったのだった。