留学生《2》
「……何でこうなったんだかな」
訓練場にて、ポツリと呟く俺の前にいるのは、完全武装の留学生――シオル=マイゼイン。
彼女が乗っているイルジオンは、学園の通常機であるエール型。
向こうの学園からは機体を持って来ていないそうで、これからはこちらのものを借りてやるらしい。
武装は小型のサブマシンガンに、ドデカい魔導ライフル――対物魔ライフルと呼ばれる、非常に口径の大きい銃を装備している。
あの魔導ライフルは、一発でイルジオンの魔力障壁を貫けるように、というコンセプトで設計されたもので、二キロメートル以内ならば風や重力の影響をほぼ受けないという、脅威の威力を誇っている。
当然反動も非常に大きく、ぶっ放すにはかなりの技術が必要になるのだが、わざわざああして装備している以上は、使いこなす自信があるのだろう。
対して俺は、彼女と同じ通常機に乗り、武装も学園にあるいつもの量産型大剣である。
この通常機はデナ先輩が組んだものではなく、何の変哲もない普通の機体だ。
レヴィアタンの討伐時に、俺用に組んでくれたものは壊してしまったので、これしかないのである。
今は高負荷インナーも下に着ていないので、壊さないように気を付けないといけないだろう。
あと、大剣も俺が壊しまくったせいで在庫が切れかけているらしく、在庫管理している教師から「その大剣、次壊したら入荷に数か月掛かるぞ」と言われているので、こちらも気を付けないとな。
……なんか、教師陣からは、俺がすぐに備品を壊す厄介な生徒と思われている節があるのだが、ほとんど全て不可抗力なので、許してほしいところである。
『ゆー、いつき、たたかう?』
「いや、今回はゆっくりしててくれ。千生を使っちゃうと、勢い余っていらんケガさせちゃう可能性があるからさ」
『むぅ……いつき、それより、つよい』
ブレスレットの彼女から流れ込んでくる、微妙に不服そうな千生の意思に、俺は苦笑を溢す。
実は彼女は、授業中もずっと俺のブレスレットの中にいた。
絶対退屈だろうし、俺達が学園にいる間、彼女のことはどうしようかとフィルと悩んでいたものの、結論が出なかったためとりあえず一緒に授業を受けてもらっていたのだが……なんか、普通に楽しんで学んでたっぽいので、そのままなし崩し的に俺達と一緒に通学するようになっている。
授業が理解出来るのかとも思ったのだが、『ゆー、そこ、ちがう』と小テストの際に言われ、実際に間違っており、直すか直さないか数十秒程悩んだものである。
口調こそ幼女そのものであるものの、どうやら彼女は、相当地頭が良いらしい。
多分、フィル並に賢いのではないだろうか。
このまま彼女と一緒に授業を受け続けてもいいのだが、となると学費を一人分、チョロまかしていることに……い、いや、千生は剣だ。
俺以外にも、教室のロッカーに武器を預けている同級生は多くいるので、何も問題ない。うん。深くは考えないでおこう。
彼女のことは、今後もフィルと相談して、よく考えないとな。
――私は、あなたに興味がある。あなたのことが知りたい。
あのセリフは、俺の友人達が勘違いしたような甘酸っぱいものではなく、もっと単純に俺がどれだけ戦えるのか、という好奇心から発せられた言葉だったらしい。
やめてくれよ、ホントに、そういうのは。
謎の笑顔を浮かべるフィルが、すげー怖かったんだからな……ラルとネイアとか、押し黙って固まってたし。
しかもこの留学生、非常に根回しが良く、ガルグ担任にもすでに話を通してあったようで「良い機会だ。互いの実力を確かめ合うといい」と言われ、放課後の時間帯の今、あれよあれよという内に俺は彼女とこうして、訓練場で対面していた。
「……で。何で先輩方もいるんすか?」
「そりゃあ、お前の戦闘だからな。見なきゃ損というものだろう」
「アルヴァンの言う通り、ユウヒ君の戦いなら、見なきゃ損よねぇ」
「私も、まだ君の戦いを実際に見たことなかったから。今後の参考にしようかと」
そう口々に言葉を返すのは、順番にアルヴァン先輩、レーネ先輩、デナ先輩。
どうやらどこかで話を聞き付け、わざわざここまでやって来たらしい。
フットワークの軽い人達である。
ちなみに、俺の友人連中も彼らの近くで観戦モードに入っている。
見ると、フィルが「どうしたの、二人とも? そんな固くなって」と笑顔を浮かべ、ラルとネイアが「「い、いや……」」と引き攣り気味の苦笑いを浮かべていた。
……友人達よ、人身御供として頑張ってくれ。
あとで、その笑顔が俺の方に向かないために。
俺は一つため息を吐くと、これらの原因である目の前の少女へと顔を向ける。
「それで……どういうつもりなんだ、留学生? 留学初日に喧嘩売ってくるとは、大したもんだと思うが」
「…………」
鬼族の彼女は何も答えず、ただいつでも動けるようにと、油断なく構えを取っている。
楽しくお話をする気はないらしい。
本当に戦力分析のつもりなのだろうか。
今、俺達がいる訓練場は、幾つかの廃墟っぽい建物が設置されている市街地を模した場所だ。
初めて来た時からこの学園の広さは知っていたが……よくもまあ、こんな訓練場まで造ったものである。
『わかっていると思うが、相手を殺傷する程の威力を持つ魔法は使用禁止だ。一定以上の魔力を観測し次第、即座に訓練中止とする。いいな、ユウヒ』
「そんな念を押さなくてもわかってますって」
スピーカーから聞こえてくるガルグ担任の言葉に、俺の知り合い達が笑い声を溢す。
全く、失敬な。
俺はアクセル踏む時は全開だが、ブレーキを掛けられない訳じゃねーんだからな。
『それでは、両者準備を。私がブザーを鳴らしたら戦闘開始とする』
俺と彼女は、いつでも動けるようにと構える。
それから数秒して、合図であるブザーが訓練場内に響き渡り――刹那、留学生は一気に動き出した。
後ろへと。
なるほど、武装からして予想はしていたが、彼女は近接戦闘タイプではなく、完全な中~遠距離戦闘タイプなのか。
俺と完全に真逆のタイプだな。
サブマシンガンも装備していたが、アレは予備武装なのだろう。
俺はイルジオンを駆ると、すぐに彼女を追いかけ始め――。
「ッ――!!」
高まる魔力反応。
直感の命ずるままに、グンと加速して横に飛び、数瞬後、先程まで俺が進もうとしていたルートで爆発が起こる。
……トラップ系の魔法か。
逃げるのと同時に、建造物の壁裏の見えない位置に設置していたのだろうが、全然気が付かなかった。
大した技術である。
そして、俺が足を止めてしまった間にも彼女はさらに逃げており、すでにかなり距離を取られていた。
恐らくだが、ああいう感じで逃げながら自らの陣地を形成し、相手の行動を縛ったところで、あのデカいライフルで狙う、といった戦闘をするのだろう。
近距離では戦えない武器を担いでいるがために、編み出した戦法か。
この遮蔽物がありまくりの訓練場を選んだのも彼女なのだが、それも効果的に罠を張るためだったのだろう。
――だったら、俺が取る戦術は一つだ。
ニヤリと笑みを浮かべた俺は――そのまま、真っ直ぐ突っ込んだ。
「――!」
向こう側で、留学生が小さく驚く様子が見える。
次々と爆裂のトラップが発動し、ドデカい爆風が全身を包み込むが、完全に無視。
彼女の魔法の威力では、俺が自ら魔力を流し込んで強化した、イルジオンの魔力障壁を突破出来ないことは最初の一発でわかった。
そうである以上、律義に避ける必要もない。
瞬く間に距離を詰める俺に、留学生は対物魔ライフルをこちらに向け、引き金を引く。
その銃口の向きを見て、間に大剣を挟むことで防御し――次の瞬間、刀身に衝撃。
だが、その衝撃が思った以上に軽く、怪訝に思ったその時、ブワリと視界を煙が覆い始める。
――スモーク弾か!
予め一発目を、煙幕の魔法が発動する特殊弾丸にしておいたらしい。
そうして視界が塞がれた中で、数発の銃声。
煙幕がある以上向こうも俺が見えていないはずなのだが、その弾丸は正確にこちらに届き、魔力障壁に確かなダメージを与える。
損傷はすぐに回復するが、しかしその度に、燃料である魔力は削られていく。
こういう場面では一度引くのが正道だろうが、この相手には、時間を与えれば与える程俺が不利になる可能性がある。
だから、突っ込む。
ウィングを噴かして一気に煙幕から飛び出すと同時、俺は銃声が聞こえた地点に大剣を振り下ろし――。
「あ?」
何もいない。
いや、だが、確かにここから銃声が聞こえ、この方向から弾丸が飛んで来た。
すぐに周囲を見渡すと、こことは全く違う位置で、距離を取ろうと俺から離れていく留学生。
……へぇ。
今のは、どういうカラクリなんだろうな。
流石、対抗戦の選手として選ばれているだけはあり、やってくれるじゃないか。
フィルとも違う、面白いタイプの相手である。
「ハハ、ハハハッ! いいぞ、楽しくなってきたなッ! オラ、待てよ、もっと色々見せてくれッ!!」
なんか、自分でもちょっとヤバい奴になっているような気がしなくもないが、抑え切れない高笑いのままに俺は、再び留学生へと突っ込んで行ったのだった。