留学生《1》
入学から、一か月程。
レヴィアタンとの遭遇からしばし忙しい日々を送っていたが、それも一段落し、俺達は普通の学園の生活に戻っていた。
その間、何ともまあ、クラブ勧誘が鬱陶しかったことか。
やはりレヴィアタンの討伐というのは一大事件だったようで、そう大っぴらにはされていないはずなのに、どこから聞きつけたのか「ウチで! ウチでその実力、発揮しよう!」なんて感じの誘い文句で、結構な人数に勧誘されまくったのだ。
多分、俺が整備部なんて如何にも兼部しやすそうなクラブにしか入っていなかったことが、理由なのだろう。
ラルやネイアも勧誘されたそうだが、アイツらは他にガチガチでやっているところがあるので、それなりで済んだようだ。
フィルも、すでに二つのクラブに入っているので、他に入る余地もないと思われて同じような感じだったらしい。
別にチヤホヤされるのが嫌いという訳じゃないが、あんまり来られると、むしろ反感が……というのが正直な本音である。
ちなみに、学園からは謎の表彰状を、国からは勲章なんぞを貰ってしまった。
どこぞのニュース番組も取材に来て、思わず苦笑いしてしまったものである。
全部学園が対応し、俺達の個人情報を隠してくれたおかげで、そこまで煩わしい思いをしなかったことが幸いか。
そうじゃなかったら、学園のクラブ勧誘だけに限らず、もっと一般団体からの勧誘や声掛けも増えていたことだろう。
あの理事長のジジィも、こちらが生徒として振舞っている間は、しっかりと守ってくれるらしい。
確実に腹に一物は抱えていると思うので、アレに礼を言うのは微妙に複雑な気分ではあるのだが……実際助かったので、今回ばかりは素直に感謝しておくとしよう。
そう言えば、我が家からも電話が掛かってきたのだが、彼らは俺のことを怒らなかった。
親父は、「お前は自分で出来ることと出来ないことの区別は付けられる子だ。だから、お前がやれると思ったのなら本当にやれることだったのだろう。よく頑張ったな」と。
母さんは、「そりゃあ、心配はするけど、男の子だものね。無茶はしてもいいけど、怪我にはよく気を付けるのよ?」と。
そして妹は、「……にぃはリュニが育てた。妹として鼻が高い」と。
彼らの言葉を聞き、不覚にも胸が熱くなってしまったものだ。
だが、一つだけ言っておくと、リュニ。
決して、お前に育てられたとは認めんからな。
「あぁ、やっぱラルも大変だったんだな」
「おう、部活の先輩やら同級生とかが、すっげー話を聞きに来てさ。つっても俺、大して活躍してないというか、ほぼお荷物だったから、何にも言えなくてな。ネイアとかも、ちゃんとしっかり魔法を放って貢献してたのに、俺は盾で自分を守ってただけだからよ」
俺の言葉に、肩を竦めてそう答えるラル。
「いや、お荷物ってこたぁねーだろ。魔力切れた後のネイアとか守ってたし、頑張ってくれてたじゃねーか」
実際、あの戦いを生き残れただけで、大したものなのだ。
確かに攻撃にはほとんど参加していなかったが、守りの技術はかなり手堅いもので、盾役の仕事はしっかりしていたと言えるだろう。
「おめーらの活躍を見た後じゃあ、口が裂けても頑張ったとは言えねーよ。やっぱ俺も、もっと攻撃魔法を覚えるべきか……」
「んー、攻撃手段が豊富なのに越したことはないが、ラルの場合は、今の方向性のままでいいんじゃねーか? もっと、シールドの範囲を広げられるようにして、硬度を上げれば、活躍の機会は増えると思うぞ」
「防御力上げて、敵を倒せんのかよ?」
「倒せるさ。でっけぇ盾で押し潰しゃあいい。それに、そもそもお前は、パーティで活躍するタイプだろ。何もない空で身を隠せる盾が存在するのはかなりのメリットだ。お前は味方を守って、んで味方はその後ろで安心して攻撃準備をする訳だ。壊れない盾程、心強いものはないぞ」
「……なるほど」
と、そんな感じでラルと話していると、チャイムが鳴り、教室に担任であるガルグ教師が入ってくる。
連絡事項などを伝えるために、毎朝ホームルームの時間が取られているので、これはいつも通りのこと――なのだが、今日は一つ、いつもと違った点がった。
「おはよう。連絡事項は幾つかあるが、今日はまず、諸君らに留学生を紹介する」
そう話すガルグ担任の隣に立っているのは、見知らぬ制服を着た、見知らぬ少女。
銀色の肩程までの髪に、半分閉じているかのような眠たげな瞳。
顔立ちも、誰が見ても美少女と言うくらいには整ったもので、恐らく男連中からは人気が出ることだろう。
フィルと同じ銀色の髪だが、ただ俺の幼馴染と違うところは、彼女の方は少し赤が入っていて、場所によっては銀髪には見えないことだろう。
桃色、に近い感じだろうか。
このクラスに来た以上タメであるはずだが、かなり小柄な体格をしており、何も知らなった場合一つか二つは年下と思っていたかもしれない。
ただ、それらの身体的な特徴を置いて、彼女を最も印象付けているのは――額から真っ直ぐに生えた、二本の角だろう。
――鬼族か。
鬼と言えば、『オーガ』のイメージが先行して大柄な種族に思われることが多いのだが、実際はそういう訳でもなく、ヒト種と同じ体躯の者も多い。
ただ、他の種族よりも圧倒的に個体数の少ない少数種族であるため、比較的知れ渡っているオーガのイメージが強いのだ。
オーガ、強ぇしな。
魔族に分類されるヒト種ではあるんだが、前世でも今世でも変わらずガッチガチの戦闘民族で、大体皆傭兵だったり軍隊に入っており好き勝手暴れ回っているため、奴らの印象が自然と強くなる訳だ。
とは言っても、その中でも彼女は、取り分け小柄な方だろうが。
――留学生、ね。
何ともまあ、変な時期に来たものである。
二学期とかならばわかるが、一年の一学期、その一ヶ月経過という時期である。
今留学に来るというのは、かなり珍しいんじゃないだろうか。
俺と同じことを同級生達も思ったようで、少しざわつく教室内。
「静かに。――では、自己紹介を」
ガルグ担任に促され、彼女は平坦な声で口を開いた。
「シオル=マイゼインです。よろしくお願いします」
――随分と、冷えた瞳だ。
挨拶する彼女を見て、俺はそう思った。
周囲を観察し、冷静に戦力を分析している、というか。
少なくとも、新たな環境にドキドキ、といった学生らしい感情は見られない。
おかしな留学生が来たものである。
「彼女は、『ルシアニア連邦』から来た。一学期だけの短い期間であるが、このクラスで共に授業を受けることになる。仲良くするように」
……なるほど。
現在、セイローン王国然り、大体どこの国も立憲君主制か、はたまた共和制の国家となっているのだが、『ルシアニア』という国はガチガチの帝政を敷いていて、いわゆる帝国主義的な価値観を有し、常に周辺各国とバチバチ喧嘩しているような国として有名、だった。
だった、というのは、つい十年程前に市民革命が起きたことで体制が崩壊し、その後周辺各国と同じ共和制国家へと移行しているからである。
それに合わせ、国名も『ルシアニア帝国』から『ルシアニア連邦』へ。
そうして新たに生まれたルシアニア連邦は、よく争っていた分軍事だけはかなり発展していたのだが、そのせいで他産業が他国と比べ一歩も二歩も遅れており、故に他国に追いつこうと様々な面で交流を図り始めたらしい。
彼女がやって来たのも、もしかするとその一環なのかもしれない。
それにしては、あまり、社交的な人柄の生徒じゃあなさそうだが。
――ん?
そんな、若干失礼なことを思っていた時、ふと、留学生と目が合った気がした。
いや、確実に俺を見ている。
彼女は数秒程こちらを見た後、ス、と視線を逸らし、ガルグ担任に示された席に座った。
何だったんだ……?
* * *
午前の授業が終わり、昼。
いつものメンツと共に、学食にて昼飯を食う。
「それにしても、この時期に留学生ね……何でなのかしらね?」
ネイアの言葉に、ラルが反応する。
「な。なんか、国の事情でもあったんかね。あそこ、まだ混乱が続いてるんだろ?」
「ニュースとか聞く限りだと、そんな感じだよね。落ち着くのに、あと何年掛かるかわからないって」
十年が経ったとはいえ、体制が百八十度変わっているのである。
そう簡単に混乱が収まる訳もなく、未だルシアニア連邦は制度固めを続けているという話だ。
確かに、お国の事情という面はありそうか。
「あと、聞いた限りの話じゃあ、あの留学生。向こうの学園の、対抗戦の選手なのが確定してるっぽいぞ」
ラルの言葉に、俺は怪訝な思いで口を開く。
「へぇ……? そりゃすごいが、なおさらよくわかんねーな」
学園魔導対抗戦は、非常に規模の大きい、学生にとっては大切な大会だ。
行われるのは夏の中頃で、それに出場する生徒もほとんどが決まっており、残りの選手も今日明日には全て確定するため、誰が選ばれるのかと学園全体でソワソワしている感じがある。
だが、学園魔導対抗戦の選手であるらしい彼女は、今朝のガルグ担任の話からすると、一学期の間こっちに在籍するという。
つまり彼女は、大切な練習期間であるはずの今を留学生として過ごし、たった一人で練習することになる訳である。
もしかすると、この学園の練習に混ざるのかもしれないが……わざわざそんな面倒を負ってまで、彼女が留学生になる必要があったのか?
こっちの選手の情報収集、なんてことも少し思ったが、それにしては随分と露骨にスパイを送ってきたものである。
何を思って向こうの学園が彼女を送り出したのかわからないし、何を思ってセイリシア魔装学園が彼女を受け入れたのかもよくわからない。
あの厄介な理事長のジジィのことだ、何も考えていないとは思えないが……。
――と、そうして、おかしな留学生の話を皆としている時だった。
視界の端に映る、こちらに近付く人影。
その人物は、俺達の座るテーブルまで来ると、平坦な声で口を開いた。
「あなたが、ユウヒ=レイベーク?」
――それは、ちょうど今しがた話していた、留学生だった。
「え? あ、あぁ、そうだ。えぇっと……シオル、だったな。これからよろしく」
どうやら用があるのは俺らしいので、とりあえず無難に挨拶を返したのだが――彼女はその俺の言葉をほぼ無視する形で、言った。
「私は、あなたに興味がある。あなたのことが知りたい」
ブッ、とラルとネイアが料理を噴きかけ、隣のフィルが硬直した。
大体ロシアみたいなもんです。