千生《2》
――セイリシア魔装学園にある、訓練室の一つ。
その広さと生徒数故に、学園には幾つもの訓練室が設置されているのだが、その中でもここは、特に秘匿性の高い魔法などが訓練可能なように外部から遮断されており、事前申請する必要はあるが他者の目を気にしないで使える場所として用意されている。
やはり、自らの手の内を晒したくないと考える者は多いのだろう。
まあ、もっと単純に、人の目があると集中出来ないとかって理由もあるかもしれないがな。
「フッ――!」
そんな、隠しごとには打って付けの場所で俺は、千生の試し斬りを行っていた。
生身で彼女程の大きさの剣を振るうのは難しいが、ただ前世では一生生身で大剣を振るっていたのだ。
身体強化魔法を発動してもなお重いものの、そのコツは身体でよく覚えているため、重さに振り回されることなく真っ直ぐに刃を振り下ろし――すると、『疑似生体』と呼ばれる、魔法で生み出された生物型の的が二つに両断される。
背後の壁と床に、深い斬り込みを入れ。
「うおっ!?」
刃は、接触していない。
にもかかわらず、こうして斬り込みが入ったということは……レヴィアタンとの戦闘でも使用した、『魔力刃』が勝手に放たれたのか?
……俺は魔力制御を行ってその攻撃を放つ訳だが、千生の場合は刀身が持つ濃密な魔力が理由で、振るえば自然とそうなってしまう、ということか。
今の感じからして、俺のは遠距離攻撃で、彼女のはどちらかと言うと刀身の延長といった違いがあるようだが、これは早いところ、千生の使い勝手に俺が慣れないとマズそうだ。
事故があってはいけないので、訓練室はかなり頑丈に造られているはずなのに、これである。
いたずらに振ろうものなら、余計な被害を出してしまいかねない。
「千生、今飛んでいったの、出ないようにって出来るか?」
『……?』
流れ込んでくる、よくわかってなさそうな念。
あー……これは、こっちで制御しないといけないか。
一つ苦笑を溢した後、俺はフゥ、と息を吐き出し、集中しろ。
千生の刀身の内部は、渦巻く魔力が濃密過ぎて、俺には手が出せない。
だから、干渉するならば、その外側だ。
俺は、彼女の刀身に魔力を這わせていき、薄く、だが粗の無いよう念入りに、丁寧に全面をコーティングする。
それが終了したところで、俺は再度彼女を振るい――。
「よし」
目論見は上手くいったようで、今度は魔力刃が発動せず、的だけを斬り裂くに留まったようだ。
最初の一撃と違い、どこにも無駄な斬撃の跡がない。
それから数度同じことを試すことで、俺は大体の感覚を把握する。
どうやら斬れ味も、俺がコーティングすることで落ちているようだな。
流し込む魔力の量を変えれば、上手く調整出来そうだ。
彼女程の力がある剣を使う以上、威力を増す措置より、むしろ威力を落とす措置の方が必要なものだろう。
……やっぱり、鞘も作るべきか。
レヴィアタンをぶっ殺した金が入ったら、少し考えるとしよう。
――彼女は今後、俺の主武器として使用する予定だ。
重さも良く、刀身の長さも良い。
有する力の強さなど、言わずもがな。
まさしく俺の求めた、理想の大剣であると言えるだろう。
大剣っつーか、大太刀だけどな。
ただ、実は最初は、幼女の姿を見ていたので彼女を武器として使用するのは抵抗感があったのだが……無口でも感情は豊かである俺の妹とは違い、本当に希薄な感情しか見せない千生が、強く示した意思が一つある。
――それは、武器として振るわれたいという意思。
一振りの刀として振るわれ、自らの存在意義を果たしたい、と。
これからどうしたい、と聞いた時、まだ覚えたての少ない言葉で、だが彼女ははっきりとそう口にした。
姿が幼女でも、千生はやはり、刀なのだ。
だから、彼女を武器として使うことに、もう躊躇はない。
むしろ、そうしては失礼に当たるだろう。
……故に俺は、早いところ手加減の術を覚えるべきなのだ。
千生を、心置きなく十全に振るってやるために。
「……凄まじいわね」
そうして一通り彼女の使用感を確かめ終わったところで、そうポツリと呟くのは――生徒会長、レーネ=エリアル。
「見ているだけでわかるわよ、その剣の隔絶された力が。漏れ出る魔力だけで当てられそうだわ」
「これが、事の顛末っすね。この力を恐れて周辺生物が逃げ出し、それが理由で海が荒れていた訳っす」
彼女がここにいるのは、そういう約束を以前に交わしていたからだ。
俺が海へと一人で出撃する際、「あとで詳しく教えてね」という条件で、それ以上深くは聞かずに学園から出撃許可を取ってもらっていたのである。
「……その、ユウヒ君は大丈夫なの? そんな近くで、そうやって振るって……」
「大丈夫っすよ。千生――剣自体には、害意なんて欠片もありませんから。慣れちまえば、可愛いモンっす」
「いや、流石にそんなことを言えるのは君くらいだと思うわよ……それとユウヒ君。何だかさっきから、剣に向かって話しかけているように見えるのだけど……」
……間違ってはないんだが、その言い方だと俺、頭のおかしい奴みてぇだな。
「千生」
彼女の名を呼ぶと、突如大太刀から滲み出た数多の光が一つの形を成していき――そして数秒後には、幼女の姿が空間に現れる。
「…………え?」
その目の前の光景を見て、生徒会長は絶句し、固まった。
「千生、このおねーさんが、お前を海底から引き抜く時に手伝ってくれたんだ。お礼をしような」
「ありがと」
ペコリと可愛らしく頭を下げる千生を見て、硬直していた先輩はようやく再起動を果たし、口を開く。
「……はい、どういたしまして。えっと、お名前はイツキちゃんって言うのかしら?」
「いつきは、いつき」
「そう、私はレーネ=エリアル。よろしくね、イツキちゃん。――ユウヒ君、彼女は、『インテリジェンス・ウェポン』なの?」
「そうっすね、そう思ってもらって間違いないです」
――インテリジェンス・ウェポン。
意思ある、武器。
こちらの世界では、ほぼ御伽噺の中の存在であり、本当か嘘かもわからない伝承、英雄譚、神話などの中のみに伝わるものだ。
故に、彼女の驚きも、至極真っ当なものだろう。
「……イツキちゃんのことは、他に誰が?」
「そういう約束で出撃許可を得てもらったので、先輩には話しましたが、物が物だけに他に知っているのは俺の幼馴染だけです。本当は、一緒に出撃したみんなや、デナ先輩には教えるのが筋だと思うんすけどね」
この子の存在は、言ってしまえばレヴィアタンよりも貴重なのだ。
伝説級、と形容しても良い具合には。
信用してるしてない、というレベルの話ではなく、その存在を知らない方が安全、といったレベルの話なのである。
ま、ただ、恐らく今後長い付き合いになるであろう彼らには、その内話す機会もあることだろう。
インテリジェンス・ウェポンであることは隠すつもりだが、千生のこと自体は秘密にするつもりもないしな。
「……そうね。物が物だけに、軽々しくは話さない方が良いわね」
「えぇ、なんで今後は、対外的には俺の妹としてやっていこうかと」
実際、妹はいるので、誰かに聞かれたらそう説明するのがいいだろう。
髪の色も、俺と似てるしな。
「わかったわ。私も、この件はここだけで留めておくことにする。イツキちゃんも、君の妹として扱うわね」
「そうしてもらえると、すげー助かります。俺、今回の件で、色んな人に借りが出来っ放しっすよ。今度先輩にも、何か奢りますよ」
「フフ、いいのよ? このまま溜め続けてくれても。それでユウヒ君の首が本格的に回らなくなってきたら、色々お願いしちゃうから」
マフィアかアンタは。
「……近い内、絶対奢らせてもらうんで。何なら、この後飯でも食いに行きませんか? 高いところでも全然奢りますよ」
「お誘いは嬉しいけれど、今日は遠慮しておくわ。それに、お礼がご飯っていうのもね~? もうちょっと品のあるお礼を期待したいかなーって」
「ぐっ……な、なら、何をすればいいっすか?」
「そうねぇ、どうしよっかな~。もうちょっとユウヒ君には、私に頭が上がらない状態でいてほしい――もとい、急に言われても思いつかないしな~」
「性格悪いぞアンタ」
「あら~? そんなこと言っちゃっていいのかしら。私、ユウヒ君のためにいっぱい頑張ったのにな~」
「…………」
ニコニコと、それはもう愉快そうな笑みを浮かべる生徒会長に、何も言えず押し黙る俺。
そんな中、千生は何も言わず、ただボーっと俺の服の裾を掴んでいた。
千生、お前だけが俺の救いだ……。