理事長
今後出てくる貨幣の単位に関しては、全部そのまま『円』に置き換えて読んでもらって大丈夫です。
――海上飛行訓練から、数日が経ったある日。
「失礼します」
俺は、ガルグ担任に呼ばれ、理事長室へとやって来ていた。
部屋の中にいるのは、俺の担任と、そしてセイリシア魔装学園の総責任者である、理事長――ファーガス=リトリディア。
白髪頭の、顔に刻まれたシワが生きた年月を感じさせる老いた男だが、その両目の眼光は鋭く、研いだ剣を思わせる威圧感を放っている。
俺の姿を見ると、理事長はしわがれた、だが覇気のある声で口を開いた。
「ユウヒ=レイベークだな。掛けたまえ」
俺は、理事長の執務机の対面に置かれていたソファに、大人しく座る。
「あー……戦闘で危険を冒したことに関しての話ですか?」
ここのところは、散々っぱらにそれで叱られていたので、今回もその話かと思ったのだが――しかし彼は、否定を口にする。
「いや、もっと実務的な話だ。脅威度『Ⅹ』の魔物討伐に関する報酬に関して、今日来てもらった」
……そうか、少し前に軽く聞いてはいたが、そっちの話か。
レヴィアタンの死骸は、俺達を救援に来た空母が、そのまま引きずって軍港まで持って行ったと聞いている。
素材として、活用するためだ。
脅威度『Ⅹ』の魔物の死骸だ、それはもう、希少で有用性の高い素材となることだろう。
そして、俺達は奴の討伐者であるため、その分の金が入ってくるという訳だ。
「この国において、討伐した魔物の所有権は討伐者にある。だが、今回は突発的に発生した事象であり、その運搬も管理も政府が行っている。故に、その買取も政府が行うことで、全ての補填とする予定だ。悪いがこれに関しては決定事項であり、諸君らに拒否権はない」
「それはわかりましたが、何故、俺一人なんで?」
「順番というだけだ。その貢献度からして、最初に君を呼んだだけで、この後に他の四人それぞれとも同じ話をする。一つ先に言っておくと、今回の件については政府から私に一任されている。何か言いたいことがある場合は、この場で言うといい」
ほう、やるじゃねーか、このじーさん。
この威圧感だ、普通の生徒だったら、一対一だと飲まれて何にも言えなくなることだろう。
まず間違いなく、自らが放つ威圧感の強さを理解しているやり口だ。
ちなみに、ガルグ担任は何も言わず、休めの姿勢で壁際に立っている。
担任だから立ち会っているだけで、口を挟むつもりはないらしい。
「では、話を進めよう。全部位の合計で、一人当たり三千万ゴルド。これはすでに、諸々の経費を引いた後の額だ。どうかね?」
三千万ゴルドか。
田舎だったら家が買える額だな。
貴族家であっても、そうやすやすと稼げる額ではないのだが……。
――これは、チャンスか。
俺は、少しの間黙って考えてから、口を開いた。
「足りませんね」
「ほう? 額が少ないと?」
「脅威度『Ⅹ』の魔物の素材です。オークションにでも出した場合は、倍以上の値段が付くでしょう。国が買い取るというのなら、そこは考慮していただきたい。そんな危険を、イルジオンを一機壊しただけで排除出来た、という点もです」
「君達が自らで引き入れた危険だったという意見もあるが」
「元々近海にはいた以上、遅かれ早かれ誰かが遭遇したことは間違いないでしょう。それで軍が討伐に動いた場合、もっと被害も出たのでは?」
死に物狂いで戦いはしたが、結局、俺以外の皆は大したケガを負うこともなく生還することが出来た。
俺のケガも、あのウナギ野郎に食らわせられたものじゃなく、自傷したものだしな。
ただ、それは小回りの利くイルジオンで戦っていたからこその話であり、そして俺とフィルという、ヒトの身でありながらヒトの身を超える攻撃力を有していたから倒すことが出来たのだ。
自分で言うのもアレだが、俺達は例外の存在なのだ。
逆に、一個艦隊などで戦闘に入った場合、軍艦の一隻や二隻、落とされていた可能性は高いだろう。
「ふむ……いいだろう。では、追加の条件を聞こうか」
「専用機を四機。レヴィアタンの素材で造ってください。つまり、今回戦った一年生の分の機体です。アルヴァン先輩の分は、彼自身と相談して何か埋め合わせしてもらいたいですね」
「……わかった、用意しよう」
よっしゃあ! と内心でガッツポーズする俺だったが、しかし理事長は、そこで言葉を止めなかった。
「だが、二機だ」
「は? 何で――」
「ユウヒ=レイベーク、フィルネリア=エルメールは専用機を持つに値する実力がある。だが、ラル=ヴェリオス、ネイア=グリアはその実力に至っていない。教育上、実力無き者に専用機は渡せん。代わりに何かしらの報酬は用意しよう。あぁ、元々専用機を持っているアルヴァン=ロードレスの分もな」
……そうか、教育上の理由か。
それは……俺は何も言えねーな。
「……わかりました。では、こっちからは以上です」
そう言ってソファを立ち上がろうとした俺に、理事長は言葉を続ける。
「待て。話は、もう一つある。――今回の騒動の原因について、隠していることがあるな?」
ス、と自身の視線が鋭くなるのを感じる。
コイツ……初めからこっちが本題か。
「……さあ、何の話かわかりませんね」
「理解しているのか? それで何か危険が起きた場合、その責は全てレイベークが取ることに――」
「危険なんて起きませんよ。俺は何も隠してませんから。よしんば隠しごとがあったとしても、それに関して何か問題があった場合は、こっちでどうにかします」
食い気味に、言葉を返す。
「ほう、随分と自信があるようだ。それを、若造が粋がっているだけではないと、どうして信じられる?」
「俺は自分で出来ないことを出来ると言い放つようなバカじゃない。そもそもの話、それを信じてもらう必要すらないでしょう。俺がしているらしい隠しごとが、理事長に何の関係があるんです?」
「……私には関係がない、と。では、こちらはこちらで手を打っても、レイベークとは関係がないということだな」
挑発気味に放たれるその言葉に。
俺は、ニィ、と笑って答えた。
「その時は――戦争するか、ジジィ」
ブワリと、魔力を放つ。
ピキリと何かが軋む音がし、傍らに控えていたガルグ担任が、ほぼ反射的な動きで迎撃のための魔力を練り上げ――だが眼前のジジィだけは、一切眉根を動かさず、感情を窺わせない変わらぬ仏頂面で押し黙り、ジッと俺を見据える。
しばしの、沈黙。
やがて理事長は、今までの取り繕った口調をやめ、口を開いた。
「……フン、いいだろう、小僧。隠されたことなど、何もなかった。だが、忘れるな。貴様が大事に思うものがあるように、俺にも大事に思うものがある。それを脅かされるとあっては、こちらも黙ってはいられん」
「肝に銘じておきますよ。まあ、何も問題なんて起きないので、そちらの杞憂に終わると思いますが」
そして俺は、今度こそソファを立ち上がり――。
「――あぁ、そうだ、忘れてました。追加で一つ、お願いが」
「……まだ何か?」
「レヴィアタンを保存しているのなら、まだ腐っていないでしょう? 奴の切り身、用意してもらえませんか?」
「……切り身?」
「蒲焼にして食うって決めてるんで」
「…………わかった、用意しよう」
最後に毒気を抜かれたような顔をするジジィを見て、俺はニヤリと笑みを浮かべ、至って慇懃に「失礼しました」と礼をし、部屋を後にしたのだった。
ここからは一日一回更新になります。
毎秒更新ニキネキは、許せ、サスケ……。




