覇者《3》
それから俺達は、どれだけの間戦っていたのだろうか。
数分か、それとも数十分か。
知覚が研ぎ覚まされ続け、一秒一秒がどんどんと遅く長くなっていき、そのせいで時間感覚がまともに働いていないのだ。
『アルヴァン隊の皆さん、軍の艦隊がすでに出港し、学園からも教師陣を中心とした援護の部隊が向かっています! もう少しだけ、もう少しだけ頑張ってください!』
『聞いたな、お前達! 援軍が来るまでに、このデカいのをさらにのたうち回らせてやるとしよう!』
「よし来たッ! ――フィル、そろそろ終わらせるぞッ!」
ここまでの戦闘で、大体の攻撃のクセは覚えた。
もう少しで助けが来るというのならば、そろそろここらが、仕掛け時だ。
準備は整った。
『了解っ!』
俺の言葉に、フィルが少し距離を取り、マキナブレードへと念入りに魔力を注ぎ込み始める。
アレは……完成まで少し掛かるか。
「先輩、俺と正面をッ! ラル、ネイア、援護を頼むッ! もう弾も矢も撃ち切っちまっていいぞッ!」
『あぁ、任せろ!』
『ったく、人使いが荒いぜ!』
『これが終わったら、何か奢ってほしいところね!』
『ハハハ、ならば学園に戻ったら、年長者として俺が奢るとしよう! 海鮮の店でも行くか!』
「いやいや、今回は巻き込んじまった詫びに、俺が奢りますよ! 先輩、いい店教えてもらえますか!」
『先輩、ユウヒ、盛り上がってるところで悪いが、魚はしばらく見たくねーんすけど!』
『ありがたいけれど、素直に喜べないわね!』
うむ、まだまだ元気そうだ。
これなら大丈夫だな。
『グルルルルルゥ……』
レヴィアタンもまた、決戦の気配を感じ取ったのだろう。
唸り声と共に、幾本もの水柱が発生したかと思えば、それが瞬く間に姿を変え、海水で構成された数体の龍へと変貌する。
……自立行動するタイプの魔法か。
数は、全部で八。
込められている魔力量も今までのものとは桁違いで、一体一体が脅威度『Ⅶ』はある魔物と考えるべきだろう。
「その魔法、使い勝手が良さそうだなッ! 是非とも俺にも教えてくれよッ!」
いいぜと返事をしてくれたようで、俺に向かって嗾けられる、五匹の水龍達。
残り三匹は本体の護衛らしく、ウナギ野郎の周囲に留まっている。
フィルが一歩引いた今、最も脅威であるのが俺だと、奴は判断したのだろう。
『舐められたものだな! 貴様にとって、俺は脅威ではないということか! その判断、後悔させてやろう!!』
そう啖呵を切った先輩が、真っ直ぐ本体へと突っ込んでいき、護衛の水龍三匹が放つ水のブレスを避けながら、ちょっかいを掛け続ける。
フィルが一撃を放つための時間稼ぎを、全身全霊で行ってくれているのだろう。
俺もまた、嗾けられた水龍どもが俺以外の皆の方へ行かないように、ターゲットを取り続ける。
どうもコイツら、身体の内部の水が超高速で流れているらしく、そこに氷の粒を混ぜているようで、恐らく取り込まれれば最後、肉体も装甲も、何も関係なくグチャグチャに引き裂かれることだろう。
魔力障壁があれば、幾らかは持つかもしれないが……どちらにしろ、試すのはやめておいた方が良さそうだ。
俺はイルジオンを駆って五匹の噛み付き、水のブレスを連続で回避し、そして何もない海面へと向かう。
見ていてわかったが、この魔法、海を通して魔力の共有をしているらしく、レヴィアタンと水龍との間に繋がりが見える。
それも、制御しやすくするためか、途中までは一本の魔力の繋がりで、途中から五つに枝分かれしているようなのだ。
ならば狙うのは、その枝分かれしている前の部分。
海中の深くに隠して安心しているようだが、これなら、まだ届く。
「オラァッ!!」
魔力を大剣に乗せ、降り抜くと同時に、魔力の刃――『魔力刃』と呼ばれる剣で行える遠距離攻撃を真下の海へと放つ。
同時、叩き割られた海面が水飛沫を上げ、奥深くまで海中を斬り裂き、そして狙い通り魔力の繋がりがブツリと切れるのが見える。
やはりこれが生命線だったようで、五匹の水龍はグズグズと崩れ海水へと戻り――だが、ウナギ野郎も、ただやられるばかりではないらしい。
『ガアアアアアアッ!!』
奴が咆哮をあげると同時、海面が盛り上がっていき、そして再度同じ水龍どもが形成される。
今度の数は、七。
アルヴァン先輩が相手している数を含めると、全部で十だ。
しかも、今度は魔力の繋がりを複数本に分けてやがり、今の攻撃の対策をしてやがるらしい。
……いいぜ、幾らでも出してこいよ。
片っ端から海に還して、全て無駄な魔力にしてやる。
『ラルっ、ちょっとの間でいい、アタシを守りなさい!』
『おう!』
そうして水龍どもを引っ掻き回したり、アルヴァン先輩と共に本体に嫌がらせしたりしていると、通信から二人の声が聞こえてくる。
見ると、ラルが腕のシールドに魔力を流し込むことでそのサイズを倍以上の大きさにし、背後にいるネイアを守っており、そして猫獣人の少女が弓に矢を番え、そこに魔力が収束しているのを感じる。
数十秒後、『離れてっ!!』と叫ぶネイアの声を聞き、即座にラルが下にズレて射線が通ると、彼女は番えた矢を放ち――同時、矢に乗った魔力が魔法へと昇華する。
それは、火の鳥だった。
距離のあるここでも感じる、熱量。
あの火の鳥の周囲の豪雨が、ジュウッと全て蒸発しているのが見える。
羽ばたき、ネイアの弓から飛び立った火の鳥は、迎撃に放たれる水龍どもの水のブレス、本体が放つ氷の槍マシンガンをグルングルンと回転して自らで避け、そして数瞬後にウナギ野郎に着弾。
刹那、爆発。
黒煙が上がり、数秒の後に、その中から忌々しそうに唸っている火傷を負ったウナギ野郎が現れる。
やるじゃねーか、いいダメージだ。
相手がこのデカブツじゃなかったら、普通に焼け死んでいることだろう。
『今のでアタシ、魔力切れ! 飛ぶので精一杯!』
「了解! ラル、そのままネイアを守ってやって――ッ!! やべぇ、逃げろッ!!」
突如、ウナギ野郎がガパリと口を開き、そこに空間が歪んで見える程の、膨大な魔力が集まり始める。
――アレは、マズい。
きっと今、俺とアルヴァン先輩は、同じことを思ったのだろう。
俺達は同時にイルジオンを駆ると、一息にその顎下に飛び込む。
「生臭ぇ口をこっちに向けてんじゃねぇッ!!」
『その攻撃はさせんよッ!!』
俺は大剣の一撃を、先輩は双剣の連撃を叩き込むことでウナギ野郎の顎をかち上げ、その魔法の発射台となる口が真上を向き――カッ、と、空が戦慄いた。
放たれる、光線。
掠りでもすれば、塵も残さず存在が丸ごと消滅するであろうその一撃は、だが空に軌道を逸らされたことで、無駄撃ちに終わる。
その光線は、数キロ程先までをも薙ぎ払った後、空中に溶け込むようにして、消えた。
――『龍の咆哮』。
龍種のみが放つことの出来る、最大最強の攻撃である。
今のは、要塞なんかでも余裕で貫通し、全てを破壊するだけの威力を有していた。
前世の最盛期の俺でも、防御出来たかどうか、微妙なところだろう。
流石に、やべぇ攻撃を持ってやがるが――今、特大の一撃を外したことで、奴に隙が生じる。
『ユウヒ、先輩、離れてっ!!』
ずっと集中を続けていたフィルの方へチラリと視線を向けると、彼女の持つ剣から拡張され、何倍にも何倍にも伸びる、光の刃。
恐らくアレも、フィルが使える『聖剣化』の魔法の一種なのだろう。
その通信が入ると同時、俺達は彼女の射線上に入らないよう、空に散らばって逃げる。
『フッ――!!』
それを見て取ったフィルは、一閃。
横薙ぎに振るわれる、空間すら切断してしまいそうなその一太刀は、周囲の水龍達を構成する魔法ごと斬り裂いて海水に戻し、レヴィアタンへと到達し――しかし、浅い。
『ギイイヤアアアアアアアッ!!』
悲鳴のような咆哮。
ブシュゥ、と大量の血飛沫が舞い、胴体の肉をごっそり削り取ったものの、倒すには至っていない。
フィルの一撃が、自らの命を刈り取る致命の一撃であると直感で感じ取り、身体を海に沈ませることでギリギリ致命傷を避けたようだ。
『くっ、ごめん、狩り切れなかった! 今ので僕もほぼ魔力切れ、機体魔力も四分の一!!』
悔しそうな声が、通信で聞こえてくる。
「十分だ、あとは任せろッ!!」
幼馴染がこれだけ深手を負わせてくれたのだ、ならその残りはこっちで――って。
「あっ、テメェッ!?」
深いダメージを負い、死の気配を感じ取ったらしいウナギ野郎が選んだのは――逃走だった。
俺達が距離を取っていたのをいいことに、自らの領域である海に潜り始める。
これまでも、攻撃をやり過ごしたり不意の一撃を放つために海中へと潜ることはあったが、これは違う。
ずっと俺達を睨め付けていたムカつく眼が、こちらを向いていない。
「このッ、逃がさねぇぞッ!!」
手負いの魔物は、逃がすと厄介になる。
ヒトを恨み、暴れ回るようになるのだ。
コイツを、ここで逃がす訳にはいかない。
何より――散々俺達を煩わせてくれたクセに、尻尾を巻いてトンズラここうとしていやがることに、腹が立つ。
お前とは、どちらかが死ぬまで殺し合おうと約束したはずだ。
なぁ、そうだろ?
瞬時に加速した俺は、フィルの一撃によって露出した、ウナギ野郎の肉の断面へと大剣を突き刺した。
『ユウヒっ!?』
幼馴染の驚愕の声を聞きながら、魔法で空気を口元に固定して酸素を確保したところで、ザブンと海の世界へ突入する。
俺が付いて来ていることに気付ているようで、グングンと深海へ向かう最中、こちらを引き剥がそうとメチャクチャに暴れるウナギ野郎。
魔力障壁があってなお、全身を襲う水圧。
前後左右が覚束ず、シェイクされるカクテルのような気分だ。
だが、大剣を握った手だけは、絶対に離さない。
俺はまだ魔力を残している。
一撃を放つだけの余裕はある。
フィルの攻撃で、致命傷にはならずとも大ダメージが入っていることは確実。
次で、終わらせる。
水圧に揉まれながらも、魔力を大剣に集め、魔法の発動準備を――という時だった。
脈動。
悲鳴。
ドクン、と海が波打ち、水圧なんて比べ物にならない圧力が俺の身体を駆け抜ける。
今のでシールド生成装置がお釈迦になったようで、俺を守っている魔力障壁が崩れそうになり、慌てて自分自身で発動して張り直す。
水圧により肺が潰れて圧死することは避けられたが、この一瞬でイルジオンの装甲と装置の幾つかが確実にぶっ壊れたのがわかる。
まだ動きはするものの、中破くらいは行ったかもしれない。
と、同時に――ビクリと巨体を震わせる、レヴィアタン。
海の覇者が、何かを恐れるかのように、身体を強張らせている。
――そうか。コイツは、これから逃げて……。
俺達に襲い掛かってきたのは、恐らく……いや、考えるのは後だ。
今、コイツの抵抗が弱くなったことで、俺の魔法の準備は整った。
使うのは、得意魔法の一つである、広域殲滅魔法『鳴神』。
水場ならば、使うのは雷魔法一択だ。
海中で発動した場合、自分自身にも被害が出る可能性が高いが――知らねぇ。
知らねぇ、そんなこと。
それよりも、このウナギ野郎を焼き魚にしてやるのが優先だ。
そして俺は、待機させていた『鳴神』を、発動した。
大剣を起点に、刹那の間に放たれる雷光。
視界を染め上げる、圧倒的な白。
逆流して来た光が俺の全身を走り抜け、今度こそイルジオンがお釈迦になったのがわかる。
自身で貼り直していた魔力障壁でも完全に防ぐことが出来ず、指先から肘辺りまでを火傷が走る。
だが、その甲斐は、あったらしい。
露出した肉から体内へと直接『鳴神』を流し込まれたレヴィアタンは、その接点を俺の大剣と共に炭化させ、ビクビクと痙攣し――。
――やがて、その巨体から力が抜け、ピクリとも動かなくなった。
それじゃあな。くたばれクソッタレ。