覇者《2》
――あの二人は、いったい、どうなっているのか。
イルジオンを操りながら、アルヴァンは胸中で、そんなことを思っていた。
張られる水の障壁。
かと思いきや、それがそのまま大津波となって襲い来り、回避しようとしたその先に待つ暴風。
一時でも気を抜けば、その瞬間に冥府行きが決定してしまうであろう、死神がすぐ傍で鎌を研いで待っている戦闘が続いている。
もはや、大嵐とでも戦っているようかのような、自然災害そのものを相手取っている気分なのだが、それでもまだ生き残れているのは――その攻撃の矛先が、こちらを向いていないからだ。
レヴィアタンが敵と認識しているのは、ユウヒとフィルネリアの二人のみ。
あの二人は迫りくる大災害を物ともせず、まるで経験があるかのように焦らずしっかりと対処し、戦闘を成立させている。
鎧袖一触にされてもおかしくない魔物を相手に、生き残っているのみならず、確実にダメージを蓄積させているのだ。
いや……自身の感覚を信じるならば、時間の経過と共に、攻撃がさらに洗練されていっているように感じる。
あの怪物との戦闘経験をリアルタイムで自らに反映し、イルジオンの動作をどんどんと最適化させているような印象を受けるのだ。
受験時の実技試験の映像を初めて見た時から、あの二人は只者ではないと思っていた。
新入生のレベルはとうに超えており、現時点で二、三年生のトップ陣に近い実力を持つ、期待のルーキーであると。
だが、それは、まだまだ低い評価であったらしい。
彼らは、入学から一か月も経たないこの段階ですでに、正規軍人と比べてもそん色ない能力を持っているのだ。
それこそ実技試験の際には、初めて触るイルジオンという機械の操作に不慣れな点も見えたが、それも現在進行形で解消され、上達し続けている。
この戦いが終わった時、いったい彼らは、どこまで成長していることだろうか。
残りの一年二人に関しては、優秀ではあるものの、まだ「新入生の中では」という但し書きが付く。
しかし、同級生が異次元の戦いをしているのを見て、やはり思うところがあるのだろう。
足手まといにはならないと、必死に食らい付き、出来る限りの力で援護を行っている。
あれだけの根性があるのならば、今後の成長にも期待出来るだろう。
――最初は、自身が、四人を守らねばと思っていた。
上級生である自身が盾となって、四人を逃がさねばと、死の覚悟すら胸中に上っていた。
甘かったのは、恐らく、こちらなのだろう。
それはつまり、逃げの姿勢だ。
殺しに来ている相手に、腰が引けている状態では、戦えるものも戦えなくなってしまう。
ユウヒとフィルネリアは、そのことをよく理解しているからこそ、前へ前へと踏み出し、普通ならば戦闘のせの字も頭に思い浮かばない怪物を相手に、戦っているのだろう。
ことここに至っては、残されている選択肢はアレを撃退するか、こちらが全滅するかの二択であるという訳だ。
――劇薬のような新入生がやって来たものだ。
きっとこれからの一年は、荒れるに違いない。
そして台風の目には、常にあの二人がいるのだ。
だがそれも、この局面を乗り切ってから。
新入生達があれだけ踏ん張っているのに、三年である自身が何も出来ないなど、不甲斐ないにも程がある。
愛機である『アルクス』のスラスターの唸りが、いったいお前は何をしているのだと、叱咤しているように聞こえる。
根性を見せるならば、今ここだ。
生き残り、ヤツの死骸に向かって「ウナギ野郎」と中指を立ててやるのだ。
アルヴァン=ロードレスの中で、確かな闘志が、静かに燃え上がった。
* * *
――全く、これだから大型種は。
間髪入れずに発動する、大規模魔法。
天候を変えるのはもはや当たり前で、少し離れれば快晴が広がっているのに、俺達の場所だけずっと豪雨に暴風の、大嵐となっている。
視界も悪く、その視界不良の中で雨が突然氷の槍になり、降ってくるのも性質が悪い。
直撃こそ避けているものの、何度か掠ってしまい、魔力障壁がそれなりに削られてしまっている。
幾つもの竜巻も周囲に発生しており、アレに飲み込まれてしまえば前後左右がわからなくなり、そのまま墜落するか、粉微塵になるだろうな。
そして、それらの魔法をどうにかいなしたかと思えば、さらに新たな魔法が展開されており、こちらを狙っているのだ。
奴の体内魔力が乱れているので、確実に本調子ではないはずなのだが、それでもこれである。
こういうデカブツとは、実は何度か前世で戦ったことがあり、その頃の経験を基に動いているのだが、一瞬でも気を抜いてしまえばあの世行きだろう。
ただ、前世の俺と比べて魔力はようやく半分戻ったかどうか、といったレベルなのだが、今はイルジオンがあるおかげで、むしろ楽に戦えているかもしれない。
やはり、機動力があるというのは、良い。
生身では回避不能な攻撃でも、見てから逃げることが出来ている。
コイツは脅威度『Ⅹ』の魔物であり、都市にでも上陸しようものなら、一夜の内に辺り一帯が灰燼に帰してもおかしくない破壊力を有している。
だが、その巨体故に、周囲を飛び回る俺達が上手く捕捉出来ていないのだ。
だからこそ攻撃の一つ一つが範囲攻撃の大振りなものとなり、隙を残している。
デナ先輩が調整してくれたこの機体は、俺のこうしたいという動きをよく汲み取ってくれるので、まだ余裕を持って回避出来るのだ。
本当に、直前になってこれを用意してもらえて助かった。
いつもの通常機では、すでに魔導演算回路がショートしていた可能性すらあるだろう。
次に会ったら、愛でも囁きたい気分だ。やらないけど。
あとは……やはりフィルが味方にいることが大きいか。
恐らく彼女にも、同じように大型種と戦った経験があるはずだ。
お互い手の内を知り尽くしているので、次にアイツがどう動くのかが見なくても理解出来るし、今どこにいるのかが視界に入っておらずとも感覚でわかる。
今俺の幼馴染は、幻術の魔法を発動して自身の分身を幾つも生み出し、ウナギ野郎を煩わせることに徹底している。
俺が、大剣でドタマをぶん殴ってやるために、気を引いてくれているのだ。
それで斬撃を食らわせ、次に奴の攻撃目標が俺の方に移った時には、今度は裏でフィルが特大の一撃を用意し、といった感じで適宜役割をスイッチし続ける。
今のところは上手く回っており、微々たるものでも確実にダメージを蓄積させることが出来ている――が、長時間戦闘は、俺達にとって不利か。
問題は、魔力だ。
俺達とは数十倍もサイズに差があるコイツとは、総魔力量の面でも、言葉で表せられない程の差がある。
どちらが先に切れるかと言えば、まず間違いなく俺達なのである。
このまま徐々に体力を削っていくような戦いは、ジリ貧だ。
どこかで勝負に出なければならないだろう。
ラルとネイアの方も、心配だ。
あの二人も、射撃で援護を行い、よく付いて来てくれているし、むしろ同年代であれだけ戦えるのは他にいないと言えるだろうが、今は相当に無理をしている状態だ。
いつ綻びが生まれるかわからず、そのツケを二人の命で贖うことになるのは絶対にごめんである。
そもそも、半ば事故だとはいえ、俺のせいで目を付けられたようなものなのだ。
フィルとアルヴァン先輩は、まあ恐らく死なないから、後でこの埋め合わせをすることも出来るが、あの二人のことは常に意識を配っておかなければならないだろう。
そう、アルヴァン先輩は、やはり先輩だけあって機敏に動いてくれている。
……というか、何だか動きに火が点いている感じだな。
先程までと違い、闘志が漲っており、彼は彼で大した戦闘技能を発揮している。
本当に、頼りになる先輩である。
「――っ、ラル!! 左だッ!!」
『ッ――!!』
俺の声に反応し、ラルが即座にシールドで身体を守ると同時、氷の槍がそのシールドにぶち当たり、砕け散る。
衝撃で、彼が機体ごと後ろへスライド移動するのが見える。
『いっ痛ー……助かった、ユウヒ! これ、お前らがいなかったら、とっくに死んでたな! ライフルの弾、ダメージが入ってる気もしねーしよ!』
「気ぃ散らしてくれてるだけでいい、うぜぇと思わせられればそれで勝ちだ! 自分が死なねー程度に嫌がらせしてくれ!」
勝てる見込みは、十分に、ある。
スタミナ以上に、ジリジリと集中力が削がれていく戦いだが……状況さえ整えられれば、どんな力ある魔物であろうが倒すことは出来る。
あとは耐え、奴の行動を読み、そこまで持って行くだけ。
――ウナギ野郎、俺達と、根性比べと行こうか。
次回で決着!