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覇者《1》



『ごめん、みんな、助かったっ!』


「いや、(わり)ぃ、さっきの俺の索敵で、目ぇ付けられたかもしんねぇ!」


『こんなんほぼ事故だろ、しゃーねーよ!』


 こんな巨体の反応は流石に見逃さないので、先程の索敵範囲内には確実にいなかったはずだが、恐らく向こうの察知能力の方が俺よりも上だったのだろう。


 もっと広域を索敵していれば……いや、もう言っても仕方がないか。


『アルヴァン、どうしました!?』


 途中でアルヴァン先輩の言葉が切れたため、心配したらしい学園から通信が返ってくる。 


『くっ……ッ! 恐らく脅威度Ⅹと思われる魔物と遭遇、戦闘に入った!』


『きょ、脅威度Ⅹ……!?』


『そうだ、レヴィアタンだ! 至急、軍に連絡を頼む!!』


 無線で怒鳴るように助けを求めた後、その返事もロクに聞かず、彼は強い焦りを感じさせる声音で俺達へと指示を出す。


『お前達、完全に目を付けられたようだ! 逃げるにしても一戦交える必要があるだろう! ラル、ネイア、二人は距離を取って援護射撃! ユウヒ、フィルネリア、我々は一人にターゲットが向かないよう、攪乱を目的に動くぞ! 隙を見たら、すぐに逃げる!』


 もしもの時のため、予め決めておいた撤退用の陣形。


 その判断は、常ならば(・・・・・)、正しいだろう。


 コイツは、学生がどうこう出来るようなレベルを遥かに超越しており、軍が相手をしても勝てるかどうかわからないレベルの強さを有している。


 だが、だからこそ、もう逃げられないと見るべきだ。


 恐らく、すでに俺達の魔力の波長は覚えられた。

 どうやら相当に苛立っているらしく、『グウウウウ……』と唸り、魔物だというのにその感情が読めてしまう程の怒りが顔に出ている。


 そして――弱ってるな(・・・・・)、アイツ。

 

 何故かはわからないのだが、体内魔力に著しい乱れが見られる。

 怒りの理由は、まず間違いなくそれだろう。


 俺達に八つ当たりするなと言いたいところなのだが、故に仮に逃げたとしても、どこまでも追って来て、そのまま学園にまで連れ帰ってしまう可能性は重々に考えられる。


 それは、論外である。


 高空に待機してやり過ごす、というのも無理だろう。

 何故なら、コイツの攻撃は空高くまで行っても、余裕で届くからだ。


 もう俺達は、その攻撃可能圏内に捉えられてしまったのである。


 故に存在する選択肢は――俺達が全滅するか、コイツをぶち殺すか(・・・・・・・・・)の二つに一つ。


 相手が途方もなく強いからこそ、軍が到着するまで時間稼ぎを徹底する、といったような後ろ向きの戦い方ではダメなのだ。


 呑まれたら、それで終わりだ。


 チラリとフィルに視線を送ると、彼女はコクリとこちらに頷きを返す。


『か、確認が取れました! 近くにパトロール中の部隊がいるそうで、急行していただけると! 海軍基地も、三隻程出航準備に入ったそうです!』


『そうか、ならば時間を稼げば――ユウヒ!?』


「呼び込んじまった身で悪いが先輩ッ! こういう手合い相手に逃げ腰だと、一瞬で持ってかれるぜッ!!」


 俺は、ウィングにしこたま魔力を注ぎ込み、突撃を開始。


 と、奴は迎撃に魔法を発動したらしく、突如海から浮き上がった幾つもの水球が、鋭い槍のような形状に変化したかと思うと、全てが一瞬で凍り付く。


 そして、一斉に射出。


 まるでガトリングでも向けられているかのような無数の弾幕は、しかし、俺には当たらない。

 一切の減速をせず、機動力を活かして避け、どうしても当たってしまう軌道のものは大剣の腹で後ろへと受け流す。


 瞬く間に消滅する、彼我の距離。


 海中に逃げようとするレヴィアタンの頭部目掛け、上段から真っ直ぐ大剣を振り下ろす。


 踏み込み、力を込めるための大地はここには存在しない。

 だが、その代わり俺には、無限に広がる大空があり、イルジオンという翼があるのだ。


 加速が乗り、刃筋の立った今度の一撃は――確かな手応えを、俺に返した。


『ガアアアアアアッッ!!』


 舞う血飛沫。


 圧倒的格下だと思っていた相手からダメージを与えられたことに驚いたのか、驚愕混じりの咆哮をあげるレヴィアタン。


 ただの吠え声だというのに、まるで質量を伴った攻撃であるかのように空気が震え、一瞬だが三半規管が狂わされる。


「だああああッ、うるせぇんだよウナギ野郎ッ!! テメェ蒲焼にしてやっからなッ!! さぞかし美味ぇんだろうよッ!!」


『魔力たっぷりだからね、倒したら食べてみよっかっ!』


 と、いつの間にか近くまで来ていたフィルが無線でそう叫ぶと同時、勇者時代から変わらない、いやむしろイルジオンが合わさることで、さらに洗練されているのではないかと思わんばかりの剣技で、刹那の間に無数の斬撃を放つ。


 恐らく、俺が奴のターゲットを取っている間に、距離を詰めていたのだろう。


 聖剣化、はさせていないようだが、しかし剣に何かしらの魔法を乗せていることは間違いないようで、このデカブツからすれば爪楊枝で刺されているようなものだろう攻撃であるにもかかわらず、確実にダメージを与えているのがわかる。


 元々イライラしていたようだが、さらに苛立ちが募ったらしく、その巨体を暴れさせて俺達を潰そうとしているのが、何よりの証拠だ。


 虫でも潰すつもりでいるんだろうが、それは悪手だぞ。


 サイズ差がある時の戦闘は、小さい方が機動性を生かして戦うと相場が決まっているのだ。

 そんな乱雑な攻撃など、俺達が食らうはずもない。


『全く……お前達といると、寿命が縮まりそうだッ!』


 と、アルヴァン先輩が、先程よりも肝の据わった声音で攻撃に参加する。


 彼もまた、覚悟が決まったのだろう。


『あの二人、極まってるとは初めて会った頃から思ってたけどよッ! アレに喧嘩を売る程だったとはな……ッ!』


『本当に、一緒にいると退屈しないわねっ!』


「悪いなお前らッ! 俺達、蒲焼が食いたくなっちまったんだッ! ちゃんと分けてやるから、安心してくれていいぜッ!」


『ユウヒ、そんな心配は俺ら全然してねぇって、気付いてほしいんだがッ!』


 ――そして俺達は、軍が総力を挙げて動く程の魔物を相手に、『逃げる』ための戦闘ではなく、『倒す』ための戦闘を開始した。



   *   *   *



 その通信がアルヴァン隊からもたらされた時、情報の統制を一括で行っていた学園のコントロールルームは、凍り付いた。


 ――脅威度『Ⅹ』の魔物の、出現。


 只人では決して抗えない、生態系の頂点に君臨する生物。


 過去には、たった一匹で都市を壊滅させ、討伐が完了するまでに万を超える死者を出したという記録も残っており、まさに存在そのものが生きた災厄として伝わっている。


 情報科の生徒達の仕事は出撃する仲間を情報で守り、導くことであり、直接戦闘はしない分イルジオンに乗っている者達より冷静に、そして迅速に事柄に対応することが求められる。


 だが、その時もたらされた報告は、彼らの思考を停止させてしまう程、大きかったのだ。


「――何をしているの!? すぐに軍に連絡、他の海上飛行訓練に参加している生徒達には帰投するよう通信を!」


 瞬間、部屋に響き渡る、生徒会長レーネの一喝。


 万が一があった際、指揮を執れる者としてその場にいた彼女の声に、時の止まったコントロールルームは動き出し、それぞれが対処を開始する。


「ぐ、軍からの返答来ました! パトロール中の近隣の部隊が、およそ三十分程で到着すると! 海軍基地からも、巡洋艦二隻、空母一隻がすでに出港準備に入ったとのことです!」


「最短で三十分……」


 軍からの返答に、険しい表情を浮かべるレーネ。


 きっと、それでも最大限に急いでくれているのだろう。


 だが、脅威度『Ⅹ』の魔物の相手など、五分も戦闘を保たせれば良い方なのだ。


 時間が、圧倒的に足りない。

 彼らを生かすための、時間が。


 何故そんな魔物の存在を軍は感知出来なかったのか、何故異変が起こっていることを知っていながら自分は今回の訓練を中止させられなかったのか、胸中に様々な思いが浮かび上がるが、今は悔いている場合じゃないと、感情をグッと抑え込む。


「学園からも応援を出そう。私が行く」


 と、緊急事態と聞いて駆け付けてきた教師ガルグが、厳めしい顔付きをさらに厳しいものにして、そうレーネへと声を掛ける。

 

「……ガルグ先生、お願いします」


「うむ、すぐに出る。先生方と協力して対応を頼む」


 そのまま彼は、駆け足でコントロールルームを出て行った。


「……ユウヒ君、みんな、どうか生き残って……」


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