セイリシア魔装学園《5》
「――魔物の異常行動が見られる?」
その報告に、生徒会長であるレーネ=エリアルは少し険しい表情を浮かべる。
「はい。少し前に、ツァルノドンの群れを学園の生徒が討伐したのは、生徒会長もご存じかと思います」
「例の新入生が活躍した件ね」
格納庫で顔を合わせた、少年の姿を脳裏に思い描きながら、報告をしてくれている生徒会役員の一人に言葉を返す。
不思議な子だった。
まだ一度しか会っていないため、掴めたのは雰囲気だけだが……最も強く感じたのは、光の強さだ。
彼には、光があった。
輝く、剣のような光だ。
恐らく、纏う魔力の質が歴戦の戦士を思わせるような、鋭く澄んだものであるからこそ、そんな印象を受けるのだろう。
美しく、力強い武器は、時に芸術品として人の目を惹き付ける。
本人に言ったら否定されそうだが、友人であるデナが、彼に目を掛ける理由もわかろうものだ。
「会長に言われて調べてみたのですが……渡りの季節にツァルノドンが群れを率いるのは、毎年起こっていることです。故に、軍の方でもその動向を把握し、到達するであろう地点に迎撃部隊を展開していたそうですね」
「……その割には、ウチに連絡が来なかったわね」
あの日、学園全てが入学式のための準備に動いており、待機要員など最小限の人数しかいなかった。
元々、近海の魔物討伐は訓練の一環として行われているものだ。
仕事でやっている訳ではなく、まだまだ学生の身である以上、大切な行事がある場合当然ながらそちらが優先される。
そして、ツァルノドンは一体一体は大した強さを有していないものの、群れとなると一気に脅威度が上昇する。
その予想到達地点が学園であったのならば、いつもならば確実に連絡が入っていただろう。
さらに言えば、生徒会長である自身は公爵家の血筋。
そのような重要な情報が知らされないということは、あり得ない事態であった。
「はい。どうも突如魔物達が進路を変更し、行方を見失っていたそうです。それで、大慌てで捜索を開始したところ、すでに生徒達が倒した後であったと」
「なるほど……学園方面に来たのは、偶然なのかしらね?」
「わかりません。ですが、どうやら普段見慣れない魔物が海域に出現することが、ここのところ多発しているようです。何か、原因があるとは思いますが……」
「…………」
少し考える素振りを見せてから、レーネは口を開いた。
「……まだ、情報が足りないわね。わかったわ、とりあえず先生方と相談して、海方面の警戒を増やしましょう。引き続きお願い」
「了解しました」
* * *
放課後。
「この時期で、もう海上飛行訓練に参加するのか。流石だな」
「本格的に対抗戦の準備に入ったのかしらね、ガルグ先生」
「……一年生はまだ、イルジオンの操作を覚える訓練の途中のはずですよね……?」
自然と足が向かうようになった格納庫にて、俺の話にアルヴァン先輩、デナ先輩、カーナ先輩が口々に言葉を返す。
「あぁ、そのはずだが、ユウヒを含めたその四人の実力を早いところ確かめておきたいのだろう」
「けど、海上飛行訓練って、そんなに実力出ます? 今回俺達、海を飛ぶだけっすよね?」
どうやら上級生の誰かと共に海に出るようなので、戦闘も滅多なことがなければしないって話だしな。
「あー、お前は魔力量がずば抜けているからわからんかもしれんが、長距離飛行は魔力消費や、単純にスタミナ面が理由で辛いんだぞ。飛び方にまだ慣れていない一年ならば、一時間もせずにへばって落ちてもおかしくない。イルジオンに慣れていないと、無駄に消耗してしまうからな。この前お前が出撃するのに悩んだのだって、戦闘面以外にもそういう理由がある」
「一緒に飛んだ時に思ったけれど、ユウヒ君、魔力お化けだもんねぇ……」
しみじみとした顔で、そう言うカーナ先輩。
……そうか。考えてみれば、単純な行軍でも新兵は疲労するものだ。
力の抜き方がわからないから、一日中変に緊張してしまい、身体的にも精神的にも無駄に消耗してしまうのだ。
魔力に関して言えば、俺も無駄に消費している面はあるだろう。
その量が多いおかげで、気にする必要がないというだけで。
これからの課題か。
「――それにしてもユウヒ、よくこんなのを着てイルジオンを操作出来るものだな。魔力を練るのでやっとって感じだぞ……というか、そもそもの話、よくこんなのを造って寄越したものだ」
俺の高負荷インナーを着たアルヴァン先輩が、身体を動かしながら呆れた顔でそんなことを言う。
試してみたいというので貸したのだが、キツかったらしい。
ちなみに、彼は今一枚下にシャツを着ているため、インナーの重ね着というおかしな恰好になっているのだが、他人にインナーを着られるのは嫌だろうとそういう恰好をしてくれている。
別に洗濯すりゃあいいので、そこまで気にしないのだが、対応が紳士である。
「試す用に、最初に何枚か別のも渡されたんすけど、それ以外は負荷が低くて使い物にならんかったんす。いやー、おかげでいい感じに訓練が出来るようになりましたよ」
「これを着て、『いい感じ』と言えるのはお前くらいだろうよ……」
苦笑するアルヴァン先輩に続き、興味を惹かれた様子でカーナ先輩が口を開く。
「ユウヒ君、私も試させてもらっていいですか?」
「勿論。ええっと……はい、これ、まだ着てない奴っす」
「ありがとう。――ん~っ、ホントだ、全然魔力が練れない……」
インナーを両手で掴み、その間で魔力を循環させようとしているらしく、可愛らしく唸るカーナ先輩。
うむ、気にしてるっぽいから言わないが、この人見てると和むな。
その俺達の様子を見ながら、悩み顔でデナ先輩が口を開く。
「ユウヒ君が満足に動かせる機体を造るとしたら、ってちょっと考えてみたんだけれど……アルヴァンの機体でも無理そうなのよねぇ。脅威度『Ⅶ』以上の魔物の素材だったら耐えられるか、ってとこね」
脅威度『Ⅶ』以上となると、軍が全力で討伐に動き出すレベルだ。
つまり、滅多に出現せず、滅多に素材も出回らないということである。
仮に出回っても、べらぼうな値段になるだろうことは間違いないので、ただの一学生の機体のために使われるなんてことはないだろう。
「近所にいないですかね、『Ⅶ』以上の魔物」
「いてたまるか」
へい、さーせん。
「……あと、気になってたんだけど、ユウヒ君。それ、何してるの?」
「ん? あぁ、これは、魔術回路を仕込んでるところっす。イルジオンもそうでしたけど、武器もすぐぶっ壊れちまったんで、使用に耐え得るものを自作しようかと」
実験用に選んだ、廃棄予定だったっぽい錆び錆びの長剣に、術式――『魔術回路』を埋め込む作業をしながら、言葉を返す。
あのマキナブレードの大剣がぶっ壊れたのは、俺の魔力の出力に耐えられなかったことが原因だ。
少し前に機体をぶっ壊してしまったのと同じく、オーバーヒートで、パンクしちまった訳だ。
であるならば、魔力を随時消費可能で、なおかつ高威力の攻撃を放てる魔術回路を組み込んでおけば、この前の『鳴神』程の出力がある魔法を使わずとも、あれくらいの集団は倒せるようになるのではないかと思うのだ。
「……普通に魔術回路を扱えているところからして、色々とツッコミたいところなんだけど……とりあえずユウヒ君。それだと多分、一瞬で自壊するわよ」
「えっ」
「剣のキャパに対して、魔術回路の容量が大き過ぎるわね」
慌てて一度、試しに魔力を流し込むと――。
「うわっ!?」
魔術回路が反応を示した次の瞬間、バチッ、と火花が散ったかと思いきや、長剣の柄の近くから剣先までに深いヒビが入り、うんともすんとも言わなくなる。
し、しまった、流石に詰め込み過ぎたか。
と、デナ先輩は俺が壊した長剣をまじまじと眺め、全体を確認しながら口を開く。
「完全に詰め込み過ぎね。よくこのサイズの長剣にこれだけ魔術回路を組み込めたものだけど……えっと、この回路は?」
「『硬化』っす」
「じゃあ、これは?」
「『重量倍化』」
「最後のこれは?」
「『発火』」
「……前者二つはともかく、最後のはいらなくない?」
「燃える剣って、カッコいいかと思って……」
「……ユウヒ君はアレね。天才とバカは紙一重っていう典型例ね」
「ぐ、ぐぬぬ……」
否定出来ず唸る俺の隣で、アルヴァン先輩とカーナ先輩が腹を抱えて笑っていた。