スーパーにて
話が短いので今日だけ三回更新。
帰り道の途中にあるスーパーの中を、フィルと並んで歩く。
「ユウヒ、晩ごはんどうしよっか。何か食べたいものとかある?」
「ビーフシチュー」
「えっ、ビーフシチュー? うーん……準備に時間掛かりそうだし、それは学園が休みの時にしようよ。他は?」
「豚の角煮」
「……ユウヒ、わざと時間の掛かる料理を言ってるね?」
ジトッとした目を送ってくるフィルに、俺は「冗談だ」と肩を竦めて笑う。
「まあ、無難に野菜炒めとか食いたいかな。簡単だし、美味いし」
「ん、わかった。そうしよっか。――それと、ユウヒ」
「あん?」
「君がお肉好きなのは知ってるけど、これは高いからダメ。別のにして」
「え? 肉ってこれくらいが相場じゃなかったっけ?」
「……そう言えば君ん家、貴族家だったね」
「いや、お前ん家も貴族家だろ」
そう答えながら、俺は肉を元の場所に戻す。
これ、色合いも脂の乗り方も美味そうだったんだが……そう言われると、確かに少し、高めだったかもしれん。
「僕の方は貴族と言っても末席の末席だし、一般人とほぼ変わらないから。君とは違います」
「お、お前……それ、おっさんには言うなよ」
フィルの親父、自分の腕一本でのし上がって騎士爵を得た、結構すげー人なんだから……。
「お父さんには言わないよ。――とりあえず、君の頭の中の相場は忘れるように。こういう高いのは何かお祝いごとがある日とかにしよ」
せやな。
金は仕送りしてもらっているとはいえ、ガキでもあるまいし、無駄遣いは避けるべきだろう。
「ん、わかった。ちなみにフィルさん、一つお聞きしたいんですが」
「何?」
「いつの間にかカゴに、チョコケーキのようなものが入っているのですが、これは?」
「……チョコケーキです」
ス、と俺から視線を逸らすフィル。
「それは見ればわかります。そうではなく、何故それをカゴに入れたのか、という話を私はしているのです」
「僕、貴族だし、多少の贅沢はしてもいいと思うんだ」
「さっきと言っていることが真逆ですねぇ……」
ジト目を送っていると、彼女は慌てたように言葉を続ける。
「ほ、ほら、お菓子は人生を満喫するために必要なものだから! だから、これは必需品なのです」
「お前、そう言って一昨日も買ってたじゃねぇか。たまに買うくらいなら俺だって何も言わねぇけど、マジで太るぞ」
「ふ、太らないもん! 毎日しっかり運動してるし!」
もんって、お前。
「ダメだ。せめて週一にしろ」
そう言って俺は、カゴから元の場所にチョコケーキを戻す。
「そ、そんなぁ……」
「……ほら、こっちの小さめの奴だったらいいからさ」
「え、ホント? やったぁ!」
あんまり悲しそうな顔をするので、そう代替案を口にすると、俺が思っていた以上に喜ぶフィル。
全く……人に高い肉はダメとか言っておきながら、ちゃっかり自分の好きなものは確保しやがって。
普段は大人びているクセに、変なところで子供っぽい奴である。
コイツのこういう面が、前世で『勇者』の名に抑圧され続けた反動であることは俺もわかっているが、もうちょっと抑制してほしいところである。
「――と、そうだ、フィル。俺、一つ決めたことがあるんだけどよ」
「ん? 好きなケーキを?」
「いや、菓子から思考を切り離せや。――そうじゃなくて。俺、対抗戦の出場目指すわ。だから、お前も目指せ」
そう言うと、フィルは緩み気味だった表情を引き締め、スッと口端を吊り上げる。
「……ん、そうだね。どうせだから、そういうところを目指してみよっか。それに……考えてみれば、最終的な成績で差が出たとはいえ、入学式の時の決着は、まだ付いてなかったもんね」
「そういうことだ。せっかく、命を賭けずともお前と勝負が出来るようになったんだ。だったら俺は、お前と張り合いたい。お前と勝負してる時が、いっちゃん楽しいからな」
「……フフ、うん。僕も、ユウヒとの勝負が、一番心が躍る時だよ。いいよ、次はその大舞台で勝負だね。あと、ユウヒ」
「おう」
「良いことを言ってくれたとは僕も思うけれど、とりあえずその握ったままの右手のキャベツ、カゴに入れなよ」
「…………」
俺は、何とも言えない表情で、手に持っていたことを忘れていたキャベツをカゴに入れたのだった。
締まらねぇ……。