セイリシア魔装学園《3》
入学から、数日が経過した。
どことなく緊張感の感じられた新入生も、学園での生活に多少慣れ始め、お祭り染みた雰囲気のあった校内もすでに落ち着き始めた頃。
「ユウヒくーん、そのレンチ取ってー」
「へーい」
――結局俺は、興味を惹かれるままに、整備部に入部していた。
入学試験の映像を見たらしく、実は他のところからも幾つか勧誘されたのだが、整備部よりも面白そうなところはなかったので、そっちは全部断ってしまった。
部員は、俺を合わせて五人と小規模であり、学年は三年が二人と二年が二人。
デナ先輩の他に、アルヴァン先輩とカーナ先輩がいることは知っているので、つまり俺が会っていないのは残り一人だ。
機工科の二年生で、かなりの自由人らしく、その内会うだろうとのこと。
ちなみにフィルの方は、裁縫部と料理研究部とかってクラブの二つに入ったようで、「僕、家庭的な女になるから」とか言っていた。
多分、少し前に家庭的なのは評価高いとかって話をしたのを受けてそう言ったのだろう。
結構可愛いところあるよな、アイツ。
整備部もちょっと悩んでいたようだが、機体弄りの方はそこまで興味がなかったようである。
「……それにしてもユウヒ君、覚えが早いね。今やってるその作業、機工科の生徒が入学から三か月後くらいに覚えることなんだけど……」
デナ先輩の言葉に、俺は笑って答える。
「そりゃ、デナ先輩の教えが良いからっすよ。わかりやすいからすぐ覚えられるし」
今まで散々関連書籍を読んでいたというのはあるが、普通にわかりやすい。
自分の中にあった知識が、彼女の教えでしっかり形になっていくのがわかる。
「……まだまだ付き合い短いけれど、ちょっとわかってきた。ユウヒ君、人たらしなのね」
「え? そんなことないと思うっすけど……」
むしろ、人からはあんまり好かれないタチだと思うが。
悪ガキと呼ばれ続けてきた俺だし。
「フフ、本人はわからないんだろうね。――それより、何かジッと見てたようだけど、気になるものでもあった?」
「これ、開発した技術者は天才だと思って」
俺のところに、ひょいとデナ先輩が顔を覗かせる。
「あぁ……『魔導演算回路』か。確かにそれ、すごいよね。そこだけはもう、何にも手が加えられないわ」
――イルジオンの頭脳に当たる、機構を動かすための術式の全てが記述された、魔導演算回路。
これがなければイルジオンは動かず、ただの鉄クズになり果てるのだが……一体全体、何がどうなっているのかさっぱりわからない。
いや、恐らく『飛行術式』、『慣性制御術式』、『加速術式』、『術式制御術式』辺りの魔術回路が刻まれているのだろうことは朧気ながら理解出来るものの、それだけだ。
どこがどのように繋がって、どのように作用しているのかは皆目見当も付かず、だがそれでも、これがとことん合理性を追求したシロモノなのだということだけは一目で理解出来る。
前世でフィルが使っていた聖剣を思い出すような――いや、流石にそれは言い過ぎだろうが、それでもアレを想起させる程の非常に高度な魔術回路群が、ここには刻まれているのだ。
少なくとも、前世の戦艦の制御機構よりも上等なものであることは間違いないだろう。
こういうところで、世界の差を感じるものである。
こっちの魔法工学に関する技術が相当高いということは知っていたが、こんなものが一般にも出回っているとは、すげーもんだ。
と、見れば見る程楽しくなってくるイルジオンにワクワクしていると、ふと背後から会話が聞こえてくる。
「――へぇ、その子がデナのお気に入りって子?」
「バカ、そんなんじゃないわよ」
振り返ると、いつの間にかデナ先輩の隣に立っている、一人の小柄な女性。
整った顔立ちをしており、背は低めだがそんなにロリっぽい印象は受けず、大人な雰囲気がある。
ストレートの綺麗な髪に、女性らしい肢体をしていることが、そう思わせるのだろうか。
うむ、何とは言及しないが、フィルよりはある――危険な思考なので、ここでやめておこう。
「こんにちは。私は生徒会長のレーネ=エリアル。君はユウヒ君ね? お話は聞いているわ、初日に入学式をすっぽかして、イルジオンで出撃したって子でしょ?」
そう言って彼女は、ニコッと笑う。
ほう、生徒会長とな。
デナ先輩を「デナ」と呼んでいることからして、三年生か。
そして、エリアルというと――公爵家、だな。
俺は一般人と変わらないような貴族だが、公爵家ともなると未だその影響力は大きく、様々なところで国家行事に携わっており……まあ、本人が自分から名乗らない限り、こういうのは深く聞かないのが礼儀だろう。
「どもっす。ユウヒ=レイベークです。……一つ聞きたいんすけど、入学式の時の話も、そんなに知られてるんすかね?」
入学試験の方の映像が見られているというのは、聞いているが……。
「私はほら、生徒会長だから。一年生の話はよく聞くようにしてるの。それに、デナが面白い子が入ってくれたって、すごい自慢げに言ってくるのよ」
「ちょ、ちょっと! レーネ!」
恥ずかしそうな様子で、慌ててデナ先輩が口を挟む。
「フフ、だから、君のことはちょっと知ってるの。相当強いんだってね。どう、生徒会に入ってみない? 風紀委員会とかでもいいわよ」
「? 強いのとそれが関係あるんで?」
その物言いだと、強さが理由で誘ったように聞こえるが。
「えぇ。魔法という技術は素晴らしいものだけれど……やっぱり良くも悪くも『力』なのよね。この学園は生徒数も多いから、どうしても歯止めになるものが必要なのよ」
小さくため息を吐き、そう答える生徒会長。
……なるほどな。
魔法が使えるというのは、要するに武器を常時携帯していることと同義だ。
普段は個々人のモラルによって秩序が保たれているに過ぎず、色々と未熟な学生がそれを扱う以上、それなりの配慮が必要になるのだろう。
この学園の場合、それが生徒会と風紀委員会に当たる、と。
「そうじゃなくても、魔法やイルジオンを扱う学校である以上、実験の失敗とか機器の暴発とかが割とあったりするから、その後始末にも人が必要なのよ。ね?」
そう言って、生徒会長は意味深な視線をデナ先輩へと向け、そしてデナ先輩はス、と顔を逸らす。
どうやら彼女には、心当たりがあるらしい。
二人のやり取りに笑ってから、俺は生徒会長へと言葉を返す。
「あー、誘ってもらえたのは嬉しいんすけど……すんません、そういうのはあんまり興味が。上手くやれる気もしないし」
そういう感じの役職は、フィルの分野だ。
俺の柄じゃねぇ。
逆に、生徒会と敵対する悪の生徒組織とかあったら入るかもしれないな。
そうだな……「オラオラ、道を開けろモブども!!」とかイキリ散らしているところに、颯爽と駆け付けた生徒会役員にボコられ、「ぷげぇっ!?」とか言って気絶する三下の役割をやりたい。
と、そんなアホなことを考えていると、割合本気で誘ってくれていたのか、ちょっと残念そうな表情を浮かべる生徒会長。
「そっか……残念。デナから聞いている限りだと、むしろピッタリだと思うんだけれど」
いったいデナ先輩は、俺のことを何て説明したのだろうか。
「ま、わかったわ。気が変わったらいつでも来てくれていいからね。――これからよろしくね、ユウヒ君。多分、君とはそれなりに会うことになると思うから」
そして彼女は、「じゃあね」と言い残して格納庫から去って行った。
「……何しに来てたんすかね?」
「レーネはよくこっちに来るのよ。休憩場所として。気付いたら隅っこでお茶飲んでたりとかするけど、基本的にスルーでいいから」
そ、そうなのか。
あれか、逃避場所とか、そんな感じでこの格納庫を使用しているのだろうか。
「……ま、でも、今日は多分、すでに色々と噂のある君を見に来たんだろうね。どんな子なのかって」
「俺、そんな動物園の猿みたいな役回りは嫌なんすけど」
「動物園……フフフ、確かにそうかも。半ばそんな感じね」
何が面白かったのか知らんが、ツボに入った様子で愉快そうに笑うデナ先輩。
俺は一つため息を吐くと、話題を変えるべく、以前より聞きたかったことを問いかける。
「先輩、話は変わるんすけど、専用機ってどうやったら貰えるんすかね?」
ひとしきり笑ったところで満足したらしく、彼女は笑みを引っ込めると、ちょっと悩むような顔をする。
「んー、色々条件はあるんだけれど――」
「――やはり一番は、活躍することだな」
そう、デナ先輩の言葉を継いだのは――アルヴァン先輩。
彼は整備部の一員だが、他にメインで入っているクラブがあるそうで、こちらは時折やって来て、装備のテスターなどの協力をしているという話だ。
「アルヴァン、いたんだ」
「少し身体を動かしたくてな。――ユウヒ、『学園魔導対抗戦』は知っているか?」
「確か、国単位で行われる学生のための競技大会っすよね?」
通称『対抗戦』は、魔法能力を競う学生のための大会で、近隣諸国から選ばれた数校が参加し、一週間近くにも渡って開催される非常に大規模なものだ。
その競技内容は様々であるが、やはりその中心に来るのは――イルジオンである。
故にこの学園も、毎年参加しているはずだ。
「そう、そこで良い結果を残せれば、まず間違いなく専用機乗りの候補に挙がるぞ。俺も、二年次に選手として参加し、そこで良い成果を出せたおかげで専用機を造ってもらえた。一年はなかなか与えられないが、ここで活躍すれば、可能性は大いにあり得る」
……なるほど。
「選手はどうやって選ばれるんすか?」
「先生方と生徒会が中心になって選考を行う。イルジオンに関連する授業の成績や、クラブ活動での成績などが主に見られるな。ただ、お前なら確実に声を掛けられるだろうから、そこは気にしなくてもいいだろう。ユウヒ程の実力があって選考に落とされるようでは、誰も選手になどなれん」
「……随分、買ってくれてるんすね」
「あぁ、買っているとも。俺は、お前と共に対抗戦に出たいと思った。だから、頑張って選手に選ばれてくれ」
ニヤリと男前な笑みを浮かべ、彼は、自身の愛機の方に去って行った。
……言ってくれるじゃねーか。




