セイリシア魔装学園《2》
――放課後。
「あははは、初日の授業から機体を壊すって……もう、流石って感じだね」
「……笑い過ぎだぞ、フィル」
本当に愉快そうに笑うフィルに、俺は憮然とした思いで言葉を返す。
全く……こっちはイルジオン使用禁止を言い渡され、萎えてるっつーのに。
どうやら、魔力の循環量が大きくなり過ぎて、機体がパンクしてしまったらしい。
無論、使用禁止と言っても割と仕方ないというか、別に俺が悪い訳じゃないことはわかってもらえているので、どうやら俺の魔力を制限する何かしらのアイテムを用意してくれるらしく、それ待ちということなのだが……。
「というか、お前だって結構な魔力量してるし、他人事じゃねーんじゃねーのか」
「僕はそんな、イルジオンの回路を焼き切る程のおかしな魔力量はしてないし。少ない魔力をやりくりするのは得意だけど」
「言っておくが、お前の魔力は決して少なくないからな」
確かに俺の方が総魔力量は高いが、それで少ないとか言ってたら嫌味だぞ。
と、そんなことをフィルと話しながら帰り支度を整えていると、ラルが声を掛けてくる。
「お、何だ、二人は知り合いだったのか?」
「おう、同郷でな」
「ええっと……ラル=ヴェリオス君だよね? よろしくね、僕はフィルネリア=エルメール」
「よろしく、俺のことはラルでいいぞ。ユウヒにも言ったんだが、受験の時の二人の戦いを観てたぜ。すげー興奮したよ」
「ありがとう。でも、僕はほら……ユウヒと長いから。この人色々ぶっ飛んでるし、一緒にいると大なり小なり影響を受けると言うか」
「あぁ……なるほど」
どういう訳か、我が幼馴染の言葉に納得顔を見せるラル。
「フィルさん、ブーメランって知ってますかね」
「知ってるよ。投擲武器だね」
「知ってるなら話は早いな。今あなたの頭に刺さってますよ」
「そう? ちょっとわかんないかな」
「あー……とりあえず仲が良いんだな。ま、これからよろしくな、お二人さんよ」
苦笑を溢し、ラルはそう言った。
* * *
帰り支度を整えた俺達は、教室を出た後にラルと別れ、玄関に向かって校舎内部を歩く。
「それにしても……学校ってのは、こういうもんなのか?」
「僕も学校に通うのは、こっちの世界での経験しかないからわかんない。でも、初等部にも中等部にも似たようなのはなかった?」
「そうだっけ?」
この学園には、生徒達が朝や放課後に集って何かしらの活動をする、クラブなるものがあるらしい。
内容は様々だ。
スポーツ関係のクラブだったり、魔法関連のクラブだったり、もっと限定的な分野でのクラブだったり。
そして、新たに入学してきた新入生に入部してもらうべく、どこのクラブも張り切って勧誘に勤しんでおり、このクソ広い学園のあちこちで声を張り上げる先輩方の姿が窺える。
なかなか、盛況なようだ。
「クラブね……フィルは入りたいとことか、あったりすんのか?」
「うーん、今のところは……裁縫部とか、ちょっと興味あるけど」
「裁縫部?」
「うん。服編んだりとか、お人形作ったりとかするクラブらしい」
「ふーん……」
「……今、少女趣味って思ったでしょ」
何故バレた。
「いいでしょ、別に。少女趣味でも。そりゃあ、僕には似合わないかもしれないけど、前世じゃそういうことを全然したことなかったから……」
恥ずかしそうに顔を赤くし、ぶすっと唇を尖らせながらそんなことを言うフィルに、俺は苦笑を浮かべて言葉を返す。
「いや、待て待て、似合ってないとは言ってないだろ。確かに女子っぽいとは思ったが、別にそれがどうのとは思ってねーよ。いいんじゃねーか、家庭的なのは男から評価高いぞ」
「……ホントに?」
「あぁ。男は大体、甲斐甲斐しく世話してくれる女にはグッと来るもんだ」
「……ユウヒも?」
「そりゃあな。お前が料理してる姿とかは好きだぞ」
「……ふ、ふーん……ならいいけど」
と、そこで機嫌を直してくれたようで、表面上は平静を装いながらも内心ちょっと照れていることがわかる声音でそう言うフィル。
ミッション完了。
こういう素直なところ、昔から全然変わらない奴である。
「それより! ユウヒの方こそ、何か入りたいクラブとかあるの?」
「いや、今んところ特にこれ、といったのは――」
「――あ、ユウヒ君! いたいた」
その声の方向に顔を向けると、人混みの中から現れる――デナ先輩。
「デナ先輩! こんちわっす。どうしたんすか?」
「うん、ウチの部に来ないかなって、勧誘に来たんだけど……もしかしてその子、実技試験でユウヒ君に勝ったって子?」
「ソイツです。フィル」
そう促すと、フィルが人当たりの良い笑みを浮かべて口を開く。
「フィルネリア=エルメールです。よろしくお願いします、先輩」
「フィルちゃんね。うん、よろしく、私はデナ=ロンメル。三年生よ」
軽く彼女らが自己紹介し合った後に、俺はデナ先輩へと話し掛ける。
「それで……先輩の部ですか? 何部なんです?」
「整備部」
「まんまっすね」
その俺の言葉に、彼女はフフ、と笑う。
「そうね。機械弄りが好きで、自分で装備とか作っちゃうのが揃ってるんだけど、ユウヒ君にも近いものを感じたから、どうかなって思って」
「完全にバレてるね、ユウヒ」
否定は出来ないな。
「けど俺、機龍士科ですけど、そこは大丈夫なんすかね?」
「それは何も問題ないかな。自分の機体を自分である程度見れるようになりたくて、整備部に入ってる機龍士科もいるし。というか、アルヴァンとカーナがそうだし。それにユウヒ君、どうやらとんでもない魔力量をしてるようだから、自分で状態確認が出来ればどれだけ負荷が掛かってるかもわかるように――って、どうしたの?」
言葉途中で、苦虫を噛み潰したような顔をする俺と笑いを抑え切れない様子のフィルを見て、怪訝そうな顔をするデナ先輩。
「ユウヒ、今日の授業で使ってた機体、壊しちゃったんですよ」
「えっ、もうお釈迦にしちゃったの? 確か、入学から一か月くらいは戦闘訓練じゃなくて慣熟訓練しかやらないはずだけど……」
「……機体の反応が悪かったんで、隅々まで魔力で満たせば動きが良くなるかと思ったんすよ。そしたら、中の回路が負荷に耐えられずに焼き切れちまったらしくて」
「あー……なるほど。それはまた、困った壊し方を……ユウヒ君が乗る機体は、やっぱり何か手を加えないとダメそうね」
そう言って、苦笑を溢すデナ先輩。
「ま、とりあえずそういう訳だから、声を掛けに来たの。興味があったら、例の格納庫に来てね。勿論、フィルちゃんも大歓迎だから、来てくれると嬉しい。あ、あと、運動部みたいにガチガチにやってるクラブじゃないから、兼部とかでも全然いいから」
そして彼女は、「じゃあ、またね」と言い残して去って行った。
「優しそうな先輩だったね」
「あぁ。しかもあの人、すげー腕が良いぞ。デナ先輩が調整した機体とそうじゃない機体だと、かなりの差があるからな。こう言っちゃ悪いが、先輩の調整機以外は乗りたくねぇ」
「へぇ、僕も乗ってみたいな。イルジオンで出撃した時に知り合ったの?」
「いや、最初に会ったのは受験の時だ。俺の機体の調整してくれたのがあの先輩で、んで入学式ん時にフラフラ彷徨ってたら再会してな」
「ふーん……その短い付き合いの割には、結構気を許している感じだったね?」
「え? おう。良い人だからな。……な、何だよ、その顔は」
「別に~?」
「あ、おい、待てって!」
フィルは、何を思っているのかよくわからないような口調と表情で、先を歩き始めた。




