セイリシア魔装学園《1》
「――今日から本格的な授業に入るが、その前に一人、まだ自己紹介を終えていない生徒がいるため、自己紹介をしてもらう。レイベーク」
筋肉隆々の大男、ガルグ教師がそう言ってこちらを促す。
「どうも。迷子になって結局入学式をすっぽかした、ユウヒ=レイベークっす。よろしく」
両手をヒラヒラさせながら自己紹介をすると、苦笑混じりの笑いが周囲から聞こえてくる。
こうして見ると、やはり人間の方が多いが、他種族もそれなりにいるようだ。
人間、獣人族、亜人族、魔族をひっくるめて『ヒト種』と呼び、一応この国はその中でも人間が主体となっている国なのだが、規模がデカいので人間以外も多く住んでいるのだ。
もしかすると留学生である可能性もあるが、多分普通にこの国に国籍があるのだろう。
少し、感慨深いものがある。
今世で、この光景を見られるとは。
と、強面の担任は一つコクリと頷くと、言葉を続ける。
「お前の席はあそこだ。目が悪いなどがあれば配慮するが」
「いや、大丈夫っす」
そうして自らの席に座ると、隣の席の男子生徒がこちらに顔を向け、声を掛けてくる。
「よう。俺はラル=ヴェリオス。実技試験の時の戦い、控室のモニターで見てたぜ。すごかったな」
かなり日焼けした肌に、彫りの深い、濃い顔立ち。
少し威圧感のある相貌だが、ただ不思議と嫌いになれないような、愛嬌も同時に感じられる。
気さくな口調と、口元の笑みがそう思わせるのだろうか。
座っているからわかりにくいものの、恐らく身長は俺と同じくらいだろう。
「ラルか、よろしく。ついさっき自己紹介したが、ユウヒ=レイベークだ。――あれは負け試合なんだ、人にそう言ってもらえるのは嬉しいんだが、ちょっと複雑なのが本音だな」
「あぁ、聞いてるぜ。ユウヒと戦ってたもう一人の子……フィルネリアさんだったか? その子が実技で一位なんだってな。いやー、すげーもんだぜ。自分が典型的な井の中の蛙だと思い知らされたわ」
何やら感じ入った様子を見せる男子生徒――ラルに、俺は苦笑混じりに言葉を返す。
「ま、お互いまだ一年生だ。俺が言うのも変な話だが、これから頑張りゃあ――」
「――友好を深めるのは結構だが、今はまだ私の話の途中だ。後にしろ」
「「痛っ!」」
バシンバシン、とそれぞれ出席簿で頭を軽く叩かれ、マヌケな声を漏らす俺達に、教室から笑い声があがった。
* * *
セイリシア魔装学園のカリキュラムは、午前は一般教養と魔法に関する座学となっている。
ある程度個々人で選択する科目もあるが、その内容は基本的に他の学校と変わりはないと思われる。
特殊なものがあるとすれば――午後のほとんどが、実技の授業として割り当てられていることだろう。
「まずは、イルジオンに慣れること。これが、一年である諸君らが何にも増して取り組まねばならん課題だ。試験の際に乗って自覚していると思うが、簡易機体と正式機体ではその操作難度が大きく違う。重量と消費魔力の差がその最大の理由だ」
腕を組み、訓練場全体に響くよく通る声で説明する、ガルグ教師。
この担任、全く以て教師っぽくない見た目だとは最初に会った時から思っていたが、話を聞くに、やはりイルジオン乗りの元軍人だったらしく、担当するのも実技の授業であるらしい。
予想通りというか、何と言うか。
「もう一度言うが、まず正式機体の操作性に慣れねば、他に何も出来ん! 故に、出来るだけ長く乗り、感覚を身体に叩き込め。諸君の先輩らは、イルジオンに乗り、空中戦闘機動を行い、魔法を発動しながら射撃及び近接戦闘を熟す。頭で理解しているだけでは、決してそこへは辿り着けんぞ!」
そう叱咤する彼の周りでは、イルジオンに乗ったウチのクラスの生徒達が、真剣な顔で簡単な体操を行っている。
生身でやれば何の障害もない体操も、イルジオンに乗って行うとそれなりに難しく、訓練の一環として成り立つ訳だ。
真剣な表情で集団が体操しているのは、それなりにシュールな絵面ではあるがな。
――イルジオンという機械は、汎用性が高いため、多くの分野で活用されている。
生身とは比較にならない力を発揮出来ることから、工事現場や港湾施設などには当たり前のように配備され、その機体の素早さを生かした競技なども盛んに行われており、一般にも広く浸透しているのだ。
だが――やはりその本質は、『歩兵空戦ユニット』という分類がされているように、兵器である。
最も多くイルジオンを使用しているのは各国の国軍であり、だからこそこの学園の入学試験では実戦が行われ、機龍士科の生徒達もまた、どこかでそういう手解きは確実に受けているはずだ。
セイリシア魔装学園は、決して軍学校ではないが、実際軍やその関係の大学校へと進む生徒が多く、その方面の教育が充実しているのである。
ただ、イルジオンの操作に関する授業は機龍士科は必修なのだが、戦闘訓練の方は必修ではなく生徒によって選択出来るようになっているので、その辺りは子供の将来を考えて色んな方向への道を残したのだろう。
将来のことなんぞ、何一つとして考えていないが……ま、なるようになるだろう。
俺は俺のやりたいことをやる。
前世でも今世でも、それは一緒だ。
「……フゥ」
一つ息を吐き出し、ずれた思考を追い払った俺もまた、周囲の同級生達と同じように体操を行い、それに加えてピョンピョンと跳ねたり回ったりしながら、動きの感覚を身体に慣れさせていく。
現在使用しているのは、二つ程型が古いため完全に訓練用として使われている機体なのだが……デナ先輩が調整したものではないためか、反応が悪い。
こちらの要求に、一コンマ遅れる感覚があるのだ。
鳥どもの迎撃へ向かう際に先輩らも言っていたが、彼女が調整を施したイルジオンに一度乗ってしまうと、ちょっと他の機体に乗る気がなくなるな。
「ユウヒ……お前、よくそんな動かせるな。なんかコツでもあんのか?」
と、隣で難しい顔をしながらイルジオンを操作していたラルが、そう聞いてくる。
「んー、コツっつわれてもなぁ。俺だって素人だし」
「お前みたいな素人は存在しねぇ」
そんなこと言われても。
こうして正式機体に乗るのも、まだ三回目だし。
「……そうだな、ラル、お前はイルジオンに乗ってる時の魔力の流れが不自然になっちまってる。多分、自分と機体とを、別々で考えてるんだろ」
「別々?」
「あぁ。イルジオンってのは、要するに五体の機能を延長するものだ。如何に自身の肉体の一部として、不自然なく魔力を循環させられるかどうかが重要だと俺は思ってる」
そう、大事なのは循環だ。
血が流れるのと同じように、肉体では常に魔力が循環し続けている。
魔法を発動する際にはこの循環し続ける魔力から必要分を取り出して使用し、魔道具なんぞを使用する際も、同じ要領で自らの魔力をそれへと流し込む。
だが、対してイルジオンには、機体自体に『魔力バッテリー』が備わっている。
ラルを見ていてわかったが、恐らくそのせいで自らと機体とが別々であると考えてしまい、ぎこちない挙動となっているようだ。
例えば、イルジオンで宙に浮くのは魔力バッテリーの魔力を消費するが、その『飛行術式』回りを起動するのは本人の魔力を使用している。
そうでなくても、急な加減速や魔力障壁の強化なんかは、フィルと入学試験で勝負した時のように、自前の魔力を使って行うものだ。
つまり、イルジオンに乗っていても操縦者の魔力は必ず消費するのである。
それを、機体の持つ魔力だけで行おうとすれば挙動がおかしくなるし、逆に自分の魔力だけで行おうとしてもダメな訳だ。
必要なのは、機体を自らの肉体であると見なし、一つの流れとして魔力を循環させること。
それが、イルジオンを手足のように動かすために重要なのだろうと、俺は考えている。
どうも、機体の魔力の流れも、人体と似せて作られているようだしな。
まず間違いなく、操縦者に一体感を感じさせるための措置だ。
ただ、この辺りはやはり慣れの問題だろう。
感覚さえ掴めてしまえば、小難しく考える必要もなく動かせるようになるはずだ。
ちなみにデナ先輩の調整機が最高なのは、魔力の循環の中に機体を組み込む際に、ほとんど抵抗がないからだ。
今の機体は、流れの中に『節』が感じられて少々突っ掛かるものがあるのだが、彼女が手を加えた機体にはそれがほぼ存在しなかった。
使用者に魔力運用における違和感を感じさせないのは、腕の良い技術者の特徴だ。前世もそうだった。
「五体の延長か……」
しばしの間、指をグーパーさせた後、ラルはイルジオンを動かし始める。
軽いジャンプに体操、戦闘の型。
「お! いいじゃねーか。良くなったぜ、動き」
先程までのぎこちない挙動に比べ、多少硬さが残っていても格段に良くなっている。
一言二言アドバイスしただけで、これだけ良い動きをするようになるとは……大したもんだな。
俺が言うのも何だが、やっぱりこの学園に受かっている時点で、優秀であることは間違いないのだろう。
それとも、この男子生徒がとりわけ優秀なのか。
「おぉ……なるほど、そうか、この感覚か。ハハハ、これだけ動かせると楽しいな。サンキュー、ユウヒ!」
「おうよ。あとは慣れろ。これ以上は俺も何も教えらんねーぞ」
自分自身、とてもじゃないがイルジオンという機械に慣熟したとは言えない。
これから使うのは今のこの機体のような通常機が多くなるのだろうし、多少の使い辛さも苦にならないようにせねば。
……いや待て、もっと俺の方の魔力を流し込んだら、もう少しくらい動きやすくなるか?
魔力の圧力で無理やり節をこじ開けてしまえば、多少なりとも使いやすくなるかもしれない。
試してみるか。
――目を閉じ、集中する。
先程ラルに説明した、機体と自分を一つの魔力の循環に組み込むということを、もっと意識的に、備に行う。
機体の内部に走る『魔導線』と呼ばれる導線の一本一本から、機構の全てに浸透させるように、大量の魔力を流し込んでいく。
丁寧に、じっくりと。
すると、反応の悪さを感じていた機体が徐々に馴染んでいく感覚があり、まるで自らの肉体が拡張されるかのような――って、あれ、何でだ、今度はさっきよりも反応が悪くなってきたぞ。
「あー……ユウヒ、なんか煙出てんぞ」
「えっ」
ラルの言葉に、慌てて目を開いて自身の機体を確認すると――装甲の隙間から立ち昇る、白煙。
どことなく、焦げ臭い。
「おわっ、マジか!?」
すぐに正面装甲を開いて機体を降りると、こちらの異常を察したらしく、ガルグ担任が声を掛けてくる。
「む、どうした、レイベーク」
「い、いや、機体が煙吹き始めて……」
「……少し待て」
そう言うと、彼は慣れた手付きで俺の機体の状況を確認し始め、数分も経たずに症状に見当が付いたらしく、口を開く。
「これは……内部の回路が焼き切れているな」
「……回路って、そんな簡単に焼き切れるモンなんすか?」
「いいや、普通はない。どうやら機体の状態が古かったようだが、それでも問題があるレベルではないな。恐らく、お前が流し込む魔力の負荷に耐えられなかったのだろう。……とりあえずレイベーク。こちらで何かしら対策はするが、それまでイルジオンに乗るな。また壊されても敵わん」
「……マジすかぁ……」
その死刑宣告に、俺はがっくりと項垂れた。
視界の端に、フィルがこちらを見て笑っている様子が映った。
そう言えば、今更ですがこの作品、中世ではないよ。