閑話:記憶
――彼とは、前世では敵対関係にあった。
数多の戦場で彼と遭遇し、斬り結び、時には負け、時には勝ち、何度も何度も戦った。
互いが総軍の戦力のトップであるため、互いの相手が出来るのは互いのみと、彼が現れた戦場には勇者である自分が出撃し、逆に自分が戦場に出た時には彼が迎撃に向かって来ることが、どれだけあったことだろう。
ただ、それだけの殺し合いをしていても、決して『敵』という一言で表せるような、単純な関係ではなかったこともまた、確かである。
何度も戦ったからこそ、彼とは様々な言葉を交わし、様々な場面を共にし、そして様々な感情を共有してきたのだ。
一番しっくりと来る言葉は――恐らく、戦友、だろう。
まず間違いなく、勇者である自分のことを最も理解してくれていたのは、仲間達ではなく彼であり、そして彼に関して最も理解していたのは、やはり自分だっただろう。
そう、断言出来てしまう程の濃密な時間を、彼とは歩んできたのだ。
――今でも、思うことがある。
それは、あの最後の戦いで負けたのが自分だったら、世界は平和になったのではないか、ということだ。
勇者であるこの身が勝ったことで戦争に勝利した人間達は、次に自分達同士で争いを始め、結局平和が訪れることはなかった。
自らも、そして仲間達も、人生の何もかもを賭して平和のために戦ったはずなのに、その全てが権力者による茶番となり果てた時の、深い失望と喪失感は今でもよく覚えている。
だが、そんな人間達に対して、彼の率いた魔王軍には団結力があった。
身内を大事にし、仲間を尊重し、上に立つ者は下の者をしっかりと守る。
高潔、と言うには少々粗野であり、血の気の多い者達だったが、一つ確かであることは、彼らは人間よりもよっぽど人情味に溢れていた、ということである。
彼が世界の支配者となっていれば、もっと違う結末が訪れたのではないか、と思うのだ。
無論、これらは全て仮定に過ぎず、もしかしたら彼が勝った場合でも戦争が続いたかもしれないが……どちらにしろ、彼の命を奪ったのは紛れもない自分。
その事実は決して覆らず、この身が一生背負わなければならない業なのだ。
そんな思いを抱いたまま、結局平和にならなかった世界で、味方だと思っていた者達に暗殺され――気が付いた時、何故か自分は、二度目の生を歩んでいた。
そして、何の因果なのか。
もう一度会って話をすることが出来たら。あわよくば、今度は敵ではなく友人になれたら、なんて思っていた彼が、ただの幼馴染として、隣にいたのだ。
すぐ側に、彼がいたのだ。
自らの意識が確立した時、それが、どれだけ嬉しかったことか。
ただひたすらに『悪』と断じられていた魔王は、非常に面倒見が良く、家族愛に溢れ、優しかった。
共にいると楽しく、心地良く――そして、心が温まる感覚があった。
前世を思い出してみても、これだけ毎日笑えている日々は、記憶にない。
……前世の一生を男性として振る舞わなければならなかったこともあり、自身があまり女性らしくないことは自覚している。
性格も、彼の妹のように可愛げがある方じゃないだろう。
それでも――。
「……前から思ってたんだけどさ。ユウヒって赤眼なのもあって、朝起きてから一時間くらい、こう……乙女の血をよこせとか言い出しそうな顔だよね」
「誰が吸血鬼面やねん。悪かったな、人相悪くて」
学園への道すがら、くあ、と大きな欠伸をする彼に、小さく笑いを溢す。
「フフ、いいんじゃない? それはそれで可愛いところだと思うし」
「可愛いって何だよ。せめてカッコいいと言え」
「かっこいい……うん、ユウヒはかっこいいよ」
「どうやら心にも思っていないようですねぇ……」
一緒にいるだけで、ただじんわりと温かくなる胸中を隠しながら、今日もまた彼の隣を歩く。