新たな家
「あーあー……どうやったらこうなるんだか」
ユウヒが格納庫から去った後、彼の操縦していたイルジオンの点検をしながら、デナはそう呟いた。
外側にも内側にも焦げ跡が走っている、アーム装甲。
イルジオンの心臓である、『魔導演算回路』回りは問題ないようだが、しかし各部の機構にも、外ではなく中からダメージが入っているのが窺える。
いったいどういう扱い方をすれば、一度の出撃で機体がこんな損傷をするのだろうか。
「あぁ、腕のはユウヒが放った魔法の跡だ。やはり、武器だけじゃなく機体の方にもダメージが入っていたか」
戦闘服から制服に着替えたアルヴァンが、戦闘詳報を纏めながら口を挟む。
「魔導線が全体的に消耗してるわね。張り替えたばかりのはずなんだけど……」
「その大剣と一緒だな。ユウヒが流し込む魔力の出力が高過ぎるんだ。いやー、凄かったぞ。アイツの魔法で、魔物達が一瞬で炭に変わるサマは。巻き込まれたら俺達も一発で落ちていただろうな」
「……やっぱりユウヒ君、強かったんだ」
黒髪に赤目の、歳下の少年。
現在では少なくなった貴族家の跡取りであるそうだが、正直なところ貴族っぽさは全くない。
冗談を言って屈託なく笑っている様子は歳相応な感じなのだが、どことなく大人びた雰囲気も感じられる、不思議な少年である。
だが、彼に対して抱いている最も強いイメージは――動画で見た、あの圧倒的な力だ。
他の新入生と一線を画すどころか、二、三年生を含めた中でも、彼程戦える生徒は半分にも満たないだろう。
あれが、初めてイルジオンに乗っての動きだというのだから、末恐ろしい限りである。
彼の相手をしていた少女もまた、ずば抜けて高い実力を有していたが……二人のための機体を造るとしたら、果たしてどれだけのスペックがあれば事足りるだろうか。
「イルジオンの操作技能、単純な戦闘技能、魔力量、魔法技能、どれを取っても一級品だ。射撃は人並みと言っていたが、あれだけ近接戦闘が出来るのなら何も問題はないな。……ユウヒと同じ条件で戦った場合、ただで負けるつもりはないが、勝敗がどうなるかはわからん」
「……そんなに?」
「少なくとも、新入生の技能でないことだけは確かだな」
デナの言葉に、アルヴァンは肩を竦める。
彼は、この学園においてトップ争いが出来る程の実力者だ。
専用機持ち自体、生徒数が非常に多いこの学園でも二十人程度しかおらず、そんな彼と同等の実力となると、あの少年はすでにこの学園のトップ層に食い込んでいるということになる。
アルヴァンは人当たりが良いが、イルジオンに関して言えば厳しい面がある。
謙遜して言っているという訳ではないだろう。
「ガルグ先生、『対抗戦』って、一年生も出せたはずですね? 新人戦ではなく、本戦の方に」
アルヴァンの問い掛けに、ガルグは少し思い出す素振りを見せてから答える。
「問題ないだろう。そう多くはないが、一年が本戦選手に選ばれた例も幾らかあったはずだ。お前は本戦にレイベークを出したいと?」
「はい、ウチの学園が良い成績を残すには、そうするのが最も良いかと。あと先生、早いところユウヒに、専用機を渡した方がいいです。デナの調整した機体でこれだ、他の通常機なんかに乗ろうものなら、幾つ壊すかわかったものじゃないですね」
「ふむ……あまり一人の生徒を優遇する訳にはいかんが、頭に入れておこう」
* * *
――学園からの、帰り道。
「もう……全然来ないから、どうしちゃったのかと思ったよ」
「悪い悪い、道に迷っちまったんだ。この学園、すげー広いぞ。下手したら、半日くらいは迷ってたかもしれん」
「自信満々に言わないでよ。しかも、なかなか戻って来ないと思いきや、いつの間にかイルジオンに乗って出撃したって言うし。何があったらそんなことになるんだか」
「楽しかったぜ。やっぱいいな、空を飛べるってのは。この学園に来た甲斐があるってもんだ」
笑ってそう答えると、我が幼馴染は呆れたように一つため息を吐く。
「僕は君の、そういう能天気な面が羨ましいよ」
「おう、ありがとう」
「褒めてないから」
と、そんな会話を交わしながら帰路を歩いていると、前方に一軒のアパートが見えてくる。
セイリシア魔装学園より、一区画隣の住宅街。
そこに、この大都市セイリシアでの俺達の家があった。
年季は入っているが、小綺麗な外見をした大きめのアパートで、セキュリティもしっかりしており、学生が住むには十分な物件だろう。
実家からこっちまで通う場合だと、片道で三時間くらい掛かってしまうため、アパートを借りたのだ。
まあ、学園には寮も存在するのだが、実は俺が、寮は嫌だとわがままを言ってやめてもらった。
せっかく色々と出来るようになるのに、四六時中他人の目があるような状況は出来れば避けたかったのだ。
珍しく言ったわがままだった故かはわからないが、経済的には余裕があるからと、ありがたいことにすんなりと両親が聞き入れてくれ、一人暮らしを始める――ことにはならなかった。
フィルもまた、寮以外が良いと言い始めたからだ。
それなら、わざわざ無駄に金を掛けて二つ物件を借りるよりも、広い一つの物件を借りた方が良いだろうということになり、いわゆるルームシェアという形でフィルと二人暮らしをすることになった。
これに関して、何故か俺の母さんと我が妹リュニ、そしてフィルの母さんがすんごい乗り気で話を進め、親父はノーコメント、フィルの親父であるおっさんのみが反対したが、女性陣に押し切られて彼の意見は圧殺された。
出て来る時に、血涙を流さんばかりの形相で「娘に下手に手を出したら……わかっているな、ユウヒ」と言われたが……文句ならアンタの奥さん達に言ってくれ。
俺だって、なんかこう、反対するのは許さない的な無言の女性陣の圧力に押され、当事者なのに何も言えなかったんだからな。
俺達は鍵を開けて新たな我が家に帰ると、まず荷物をそれぞれの自室に置く。
中の構造は、まず中央に広いリビングがあり、そこにキッチン、浴室、トイレが併設され、そして左右に一つずつ部屋が存在し、そこを俺とフィルそれぞれの個室にしてある。
寝室兼勉強部屋は別だが、基本的な生活空間の場は共有、ということだ。
まあ、これくらいなら、別にそこまでおかしなことでもないだろう。
テキトーに荷物を放って、制服から部屋着に着替えた後、俺はリビングに戻ってキッチンに立つ。
「フィルー、コーヒー飲むかー?」
「ん、お願いー。ありがとー」
フィルの返事を聞き、俺は二人分のコーヒーを用意すると、自室から戻ってきた彼女に片方を渡してソファに座り、口を付ける。
普通のインスタントだが……うむ、美味い。
「カフェインを崇めよ」
「あはは、君、昔からコーヒー好きだよねぇ」
同じように部屋着に着替えたフィルもまた、ソファの隣に両足を抱えるように座り、両手で持ったコーヒーカップをちびちびと飲んでいる。
……ちょっとした動作が、いちいち小動物染みている奴である。
そうしてしばしの間、無言でコーヒーを味わっていると、ポツリとフィルが口を開いた。
「ね、ユウヒ……良かったの?」
「何がだ?」
そう問い掛けると、いつも明瞭に自らの意思を伝えてくるフィルにしては珍しく、彼女は少々口ごもりながら答える。
「その……君、一人暮らしがしたいって言ってたでしょ? なのに、僕が横からわがままを言ったから、こうして二人で暮らすことになっちゃって……」
「おう、随分と今更なことを言いますね、あなた」
それを聞くのは、普通引っ越し作業に入る前じゃないだろうか。
「そ、それは……ちょっとくらい強引に行かないと、逃げられちゃうって言われたから……」
「何に逃げられるって?」
「何でもない」
誤魔化すように言うフィルを不思議に思いながらも、俺はその質問に答える。
「……まあ、確かに最初は一人暮らししようと思ってたが、お前とだったら別に、今までとあんまり変わらないしな。お前がいいんなら、俺の方は特に何も」
コイツといるのは、感覚としては実家で家族と一緒にいるのとほとんど変わらないので、それなら別にいいか、というのが正直な思いである。
本当に、今更な話だ。
肩を竦めてそう言うと、最初にちょっと嬉しそうな顔をしたかと思ったら、何故か知らんがすぐに不機嫌そうな顔へと変化する我が幼馴染。
「……それって、ただ僕のことを女として見てない、ってだけじゃないの?」
「あ? そんな訳ないだろ。すげー女らしくなって綺麗になったとは思ってるけど」
するとフィルは、目を丸くして固まり、かぁっと頬を赤く染める。
「…………ばか」
「いてっ、な、何だよ」
素直に褒めてやったというのに、デコピンしてくるフィルに抗議の声をあげると、彼女はクスっと笑ってソファから立ち上がった。
「フフ……さ、晩ごはんの準備しよ。これからは僕ら二人なんだし、ちょっとずつ色んなことに慣れていかないと」
「そうだな。よし、刮目せよ、フィル。我が母から受け継いだ料理の極意、お前に見せてやるとしよう」
「……君が割かし料理出来るのは知ってるけど、料理上手な魔王ってどうなの? イメージ的に」
「知らんがな」
俺もう魔王じゃねーし。