入学式《4》
『情報科、聞こえるか。こちらアルヴァン隊、魔物の殲滅は完了した。通報はしないでいい』
『お疲れ様です。流石アルヴァンですね、この短時間で殲滅完了ですか』
アルヴァン先輩の声に、学園からの無線通信が入る。
イルジオンでの出撃は、基本的に後方のサポート要員が付く。
この機械だけでは索敵が行えないので、部隊の動きと敵の動きを把握出来る人員が必ず必要になり、セイリシア魔装学園では『情報科』の生徒達がその役目を担っている訳だ。
ちなみに、イルジオンの無線機は首近くの装甲に組み込まれており、周波数の設定とオンオフの操作のみが出来る。
確か、波の形に変換した魔力と電波を混合することで、かなり強力な通信が確立されているとかって話で、非常に小型ながら半径五~七キロ程は何も問題なく通じるようになっているらしい。
どうでもいいが、前世に欲しかったぜ、この機械。
『いや、今回に関して言えば、俺はほぼ何もしていないんだが……まあとにかく、今から帰投する。後続がすでに飛び立っているようであれば、悪いが戻るように伝えてくれ。軍にも連絡を』
『了解です』
それから二言三言会話を交わして彼は学園との通信を終わらせ、次に俺達の方へ声を掛けてくる。
『とりあえず言いたいことは色々あるが……お疲れ様だ、お前達。最後でドッと疲れた気もするが、よく戦ってくれた』
アルヴァン先輩の言葉に、俺以外の三人が何とも言えない曖昧な笑みを浮かべてこちらを見るので、俺はただ肩を竦める。
『それで、ユウヒ……お前はあんな魔法も使えたんだな。入試では使っていなかったようだが……』
「こんなん受験生に撃ったら、普通に殺しちゃいますから。それに、武器に魔力を溜めなきゃいけないんで、放つまでに時間が掛かるんすよ」
フィルを相手にしていた時は、そんな魔力を溜める暇もなかったしな。
使えたのは、せいぜい牽制用の魔法くらいだ。
『あー、なるほど。確かにノータイムであんなものを放たれてしまったら、堪ったものではないか』
いや、ぶっちゃけ武器の質次第では、数秒のインターバルで連発が可能だったりするのだが。
まあ、言っちゃ悪いが、量産品の武器にそこまで期待しては贅沢が過ぎるだろう――なんて、考えていた時だった。
「ん? ――って、うわ、やべ!」
まだ手に持っていた大剣を、装甲と一体化している背面の特殊鞘にしまおうとした瞬間、ソレが、ボロボロと自壊を始める。
大剣の刀身が焦げていたのは気付いていたのだが……どうやら、先程の魔法の出力に耐えられなかったらしい。
オイオイ、流石にあれくらいは耐えてもらわないと困るぞ。
三分の一くらいしか魔力込めてねーってのに。
「……先輩、これ、もしかして弁償っすか?」
『……いや、戦闘中や訓練中に壊れたものであれば、学園持ちだ。ただ、その大剣でそうなるんだったら、お前の魔法の出力に耐えられる武器は学園にはないぞ。専用の魔法杖でも怪しいところだ。……難しいかもしれんが、自分で用意した方がいいかもな』
む……武器か。
前世に使っていた大剣『禍罪』に匹敵するものなど、早々見つからないだろうからと、今まではずっと有り合わせの武器を使っていたのだが……確かに、そろそろ考えなきゃならないかもしれない。
イルジオンの専用機を欲するよりも、むしろそっちの方が先か。
けどなぁ……武器を欲するとなると、一つ、非常に大きな問題がある。
――俺、今世は至って普通の学生なので、金がない。
大剣は、ドが付くマイナー武器だ。ド級マイナー武器だ。
イルジオンに身体アシスト機能があるため、幾ら大剣のようなデカい剣が振るえるとは言え、主流は銃で、次点で長剣であり、市場のほとんどがその二つで占められているのである。
大剣なんて重く扱い辛い武器を製造しているところなど、ほとんど存在しないだろう。
故に、それを求めるとなると、ほぼ確実にオーダーメイドとなるだろうが……そもそも『デカい』という構造上の理由から、銃や長剣よりも高価な品なのだ、大剣は。
しかも、複雑な機構が組み込まれているマキナブレードで用意するとなると、いったいどれだけ掛ければ、満足の行くものが用意出来ることだろうか。
一応、消耗品や学園で使うものが買えるよう、ありがたいことにウチの親から自由に使える金を幾らか貰ってはいるものの、とてもじゃないがオーダーメイドなんて出来る程の額ではない。
仮に中古を探したとしても、何軒店を回れば置いているかわからないし――いや、いっそのこと学園の大剣を借りて、そこに『魔術回路』でも埋め込んで使用に耐え得るものを自作してみるか?
魔術回路とは、ヒトが脳内で行う『術式構築』を、文字や記号、陣で形にしたものだ。
魔力を流し込むことで起動し、ヒトがやるよりも正確で素早く魔法を発動することが出来るのだが、ただ予め刻み込まれたものしか使えないので、汎用性という点では一つ欠けることになる。
俺も幾つか使えそうな魔術回路は覚えているので、武器屋の中古探しをするより、ワンチャン使い物になる武器が出来上がるかもしれない。
大剣という現物は、学園には置いてある訳だしな。
……何かしら、考えておくか。
* * *
それから、行きに飛んだ空路を戻り、俺達は海から学園へと帰還した。
順次格納庫に降り立ち、それぞれイルジオンから降りると、待機していたらしい機工科の生徒達がすぐに整備に動き出し、ダメージチェックを開始する。
そして、二年生女子トリオが「君のことは覚えておくね」「またね!」「ユウヒ君、それでは」と言って更衣室へ向かったのと入れ替わりで、整備の陣頭指揮を執っていたデナ先輩がこちらにやって来る。
「おかえり。怪我人は?」
彼女の問い掛けに、機工科の生徒と何かしら話していたアルヴァン先輩が答える。
「ゼロだ。イルジオンの損害も――あー、ユウヒが武器を壊していたか」
「そう……大丈夫だった?」
彼の言葉を聞き、デナ先輩は次に俺へと顔を向ける。
「うす、おかげさまで。機体、すげー操作しやすかったっす」
「ん……なら良かった。はいこれ」
と、ポンと渡されたのは……スポーツドリンク、だろうか?
内部に魔力を感じられるので、ただのスポドリという訳ではなさそうだ。
「魔力、減ったでしょ? それで幾らか回復出来るから。一応、初出撃初帰投のお祝い」
「おぉ、マジすか? ありがとうございます!」
ありがてぇ。
回復薬の効果のあるスポドリとなると、通常のものより大分高めだったはずだ。
その心遣いが普通に嬉しかったので、笑顔で礼を言うと、彼女はちょっと照れくさそうに頬をポリポリと掻いて言葉を続ける。
「それと、君の担任の先生が来てるから。結局入学式に出られなかった訳だし、しっかり話を聞いといた方がいいわよ。――ガルグ先生、この子がユウヒ君です」
「うむ、わかった」
と、デナ先輩に返事をしたのは、ピンと背筋を伸ばして壁際に立っていた、スキンヘッドに傷だらけの顔の、筋肉隆々の背の高い男。
先輩は「先生」と呼んだが……軍人とか、傭兵とか言われた方が納得出来るような、割と凶悪な面構えである。
この綺麗な立ち姿からすると、どこぞの元将校とかの可能性もありそうだ。
「レイベーク子爵家の長男、ユウヒ=レイベークだな」
「あ、うっす」
「えっ……ユウヒ君、貴族だったの?」
「いや、貴族っつっても、先輩の後輩であることには変わりないんで。そこは今まで通り、何も気にしないでもらえると嬉しいっす」
「……ん、そっか。わかった。ユウヒ君はユウヒ君だもんね」
別に深い意味があって言った訳じゃなかったのだが、神妙そうに頷くデナ先輩。
単純に、自分が貴族であるという意識をあんまり持っていないというだけだったのだが……。
「良い心掛けだ。その者が何者であろうと、この学園の生徒である以上は差がないということを、よく覚えておくと良い。――私はガルグ=ヴァレント。レイベークのクラスであるⅠ組を受け持つ担任だ。事情は聞いている、本来ならば入学式に来なかったことを注意せねばならんところだが、今回に関しては不問にしよう」
お、良かった。
普通に迷子になった結果だったのだが、イルジオンにも乗ることが出来たし、ラッキーだったな。
「俺はⅠ組なんすか?」
「あぁ。張り出されているから、後で掲示板を確認することだ。レイベーク以外はすでに顔合わせも終わっている。初日に配る印刷物やら何やらは、お前の友人らしいフィルネリア=エルメールに渡しておいた。教室で待っているようだったから、後で行ってやることだ」
「お、彼女か?」
「……お前は話の邪魔だ。さっさと行って戦闘詳報を纏めてこい」
笑って去って行ったアルヴァン先輩を横目に、俺の担任らしいガルグ教師が話を続ける。
「残りの細かいことは、全て配った印刷物に書いてあるから自分で確認しろ。明日の授業開始は八時半から。次に遅刻した場合は躊躇なく減点する、気を付けろ」
「へい」
それから、幾つかの重要な連絡事項を伝えられた後、俺は格納庫を後にしたのだった。