入学式《3》
『見えた!』
――五キロ程先に、点の大群。
近付いていき、やがて視界に映るのは、恐竜のような見た目をした鳥ども。
まだ距離があるせいでサイズ感が上手く掴めないが……恐らく、一体一体が人間と同じくらいのデカさを有しているだろう。
翼を合わせると、もっとあるかもしれない。
数は、全部で六十から七十近く。
かなり飛ぶスピードが速く、ここからでも何だか慌ただしいような印象を受ける。
あの様子では、スタミナ切れで海に落ちる個体も出るのではないだろうか。
アイツら、何をそんなに興奮しているんだ……?
『ツァルノドン……そうか、渡りの季節か』
そう、ポツリと呟くアルヴァン先輩。
「渡りってことは、これ、毎年のことなんで?」
『いや、学園の方に来たのは初だが、この季節は例年、どこかでこの魔物達と戦闘があるというのは聞いてる。どうも、正常な様子には見えないが……原因を考えるのは後だな』
アルヴァン先輩は、すぐに俺達へと指示を出す。
『やるぞ、ユウヒ! あの数がバラけると面倒だ、お前は十時方向から圧力を掛けて奴らの進路を限定させろ! 他三人は、漏れは気にしなくていいから、射線を集中させて数を減らすことを優先で頼む! ――戦闘開始!!』
彼の合図の後、全員が即座に行動を開始する。
俺もまた、ウィングで一気に加速。
魔力障壁のおかげである程度は軽減されているが、それでも抑え切れない程の風圧が、全身を包み込む。
そのまま一切スピードを落とさず、正面から左側に流れるようにして斬り込むと、俺を避けて進路を微妙にずらす鳥ども。
だが、それを見越して動き、次にそのずれた進路の方向へと斬り込みを仕掛けるのは――アルヴァン先輩。
彼は俺と同じく近接戦闘を得意としているようで、抜き放った二本の双剣でいなすように攻撃を加えながら、絶妙な機体操作で一切の漏れを出さず、的確に群れ全体を誘導している。
「大したもんだな……」
思わず、ポツリとそう呟く。
俺の方も彼の動きは見ているが、基本的にこっちは、好き勝手魔物達を翻弄するだけ。
対して向こうは、俺の動きに合わせながら、流動的に逃げようとする奴らの行動を読んで、俺達に有利な方向へと誘導していく訳だ。
あれだけしっかり動きを読んでもらえると、非常にやりやすい。
鳥どもも鳥どもで、俺達に体当たりや爪、クチバシでの攻撃をしてはいるが、一体一体は大して強くないらしい。
余裕を持って回避し、通り過ぎザマに大剣をぶち込むことで、次々に真っ二つに斬り裂いていく。
俺も反対側にいるアルヴァン先輩も無理に撃破することにはこだわらず、そうして休ませることなく鳥どもを動かし続けることで、薄く広がるように展開していた奴らを一塊に密集させていき――そこに殺到する、二年の少女達の銃弾。
鳥どもは自分達の群れが枷となって逃げ場がなくなり、面白いくらいに削れて大海原へと落下していく。
やっていることは、ほぼ追い込み漁な訳だが……本当に、全員レベルが高い。
あの三年生は言わずもがな、後ろの二年生女子組も当たり前のように銃弾を命中させ、付かず離れずの距離を取って危なげなく攻撃を続けている。
親父が、イルジオンに乗りたいのならここを受けろと言ったのも、頷ける話だな。
『いいぞ! このまま殲滅――とはいかないかッ!!』
『アルヴァン先輩!?』
カーナ先輩の悲鳴。
風魔法か何かを食らったらしいアルヴァン先輩が、結構な勢いで吹き飛んでいくが……見ている限りだと、全く姿勢制御が崩れていない。
あの様子ならば、何も問題ないだろう。
多分、回避が間に合わないと見て、攻撃に合わせ自分から後ろに飛んだのだと思われる。
むしろ、気にしなければならないのは――こっちかッ!
ウィングを噴かし、横にスライド移動することで、飛んできた風の塊を回避。
続けてこちらに何発か放たれるが、遅い遅い。
俺の妹の駆けっこよりも遅い。
いや、流石にそれは嘘だが。
幾ら撃っても攻撃が当たらないことを理解したのか、ソイツは魔法を放つのをやめると、睨み付けるように俺のことを見据える。
「よう、何アホ面でこっち見てやがんだ、クソ鳥」
『ゲギャアッ!! ゲギャァッ!!』
その挑発が聞こえたのかどうかは知らないが、返事をするかのように耳障りな鳴き声をあげるのは――周囲の奴らに比べ、一回りは身体のデカい魔物。
ツァルノドンの範疇ではあるのだろうが、見た目からして他の奴よりもゴツく、纏う魔力の量が違う。
まず間違いなく、この群れのボスだろう。
見えてはいたので、その存在自体はずっと把握していたのだが、常に群れの中心にいることで仲間の身体を盾代わりにし、こちらの射線を切っていた頭の回る個体だ。
今までは逃げることに終始していたようだが、もはやそれは叶わないと見て、反撃に移ったのだろう。
「けど、残念だが、出てくるのが遅過ぎたな。お前がのんびりしている間に、俺の準備が整っちまったよ」
この大剣にまだ馴染んでいないせいでちょっと時間が掛かってしまったが、しかしここまでの戦闘で積極的な攻撃をせずに済んでいたため、すでに魔力の充填は十分である。
「先輩方ッ、離れてくれッ!!」
そう皆に通信を入れ、俺は、大剣に溜め続けていた魔力を一気に魔法へと昇華させる。
――それは、雷。
広域殲滅魔法、『鳴神』。
全てを貫く裁きの光が、刀身に纏わりつくようにしてバチバチと走り始める。
魔力の高まりを感じ取ったのか、アルヴァン先輩の慌てる声が通信に流れる。
『! それはマズい、急げお前達、ユウヒから距離を取れ!!』
そして、彼らが十分に離れたのを見て取った俺は、真っ直ぐに。
大剣を、振り抜いた。
「フッ――!!」
刹那、閃光。
空間に轟く、鼓膜に叩き付けられる音の嵐。
空を白一色に染め上げた光は、鳥どもの間を瞬く間に駆け抜け――そして今度は、一瞬の内に全てを黒に染め上げる。
ボスも手下も関係なく全てが炭に変貌し、命を失った奴らが、重力に従って母なる大海原へと落ちていく。
後に残るのは、大空と、そして俺達のみ。
『『『『…………』』』』
「うし、掃討完了。さ、帰りましょうか!」
『……そうだな。帰ろうか』
『いや、アルヴァン先輩! 流さないでください!』
そんなやり取りが、通信から聞こえてきた。




