入学式《2》
「全く……どこ行っちゃったんだか」
セイリシア魔装学園に存在する、大講堂。
扇状に広がった席に座る新入生達が、大人しく壇上の理事長の話を聞いている中で、フィルはポツリとそう呟いた。
――「散歩行ってくるー」「すぐ入学式始まるし、あんまり遠くへ行っちゃダメだよー」「へーい」という会話を交わして、早一時間。
とっくに入学式が始まっているのにもかかわらず、彼はまだ大講堂に来ていなかった。
こっそり魔力感知を行ってみても、彼の魔力の反応は感じられないので、中に入ったのを見逃した、という訳でもなさそうだ。
ユウヒには、放浪癖というか、フラフラと好奇心が赴くままにどこかへ行こうとする面がある。
そういうところ、彼の妹のリュニと本当にそっくりで、やっぱり兄妹なんだなと思うばかりである。
恐らく、そうして歩き回っている内に迷子になり、「どうせもう間に合わないし」とでも考えて、今頃好き勝手ウロウロしているのではないだろうか。
彼の分の入学に関する資料は一応貰ってあり、後から入って来たらそれを渡せるようにと一番後ろの席に座っているのだが……考えてみると、自分はこんなに気にしているのに、彼だけ吞気に散歩しているというのは、微妙に、いや大分釈然としないものがある。
別に頼まれてやっている訳ではないので、理不尽だと言われればその通りなのだが、こっちに来たら笑顔で文句を言ってやろう――と、そんなことを思っていた時。
後ろの席に座っていたため、出入口近くの壁際に立っていた教師達の会話が、ふと耳に入ってくる。
「……何? 新入生が、出撃した?」
「えぇ。確か、一人いませんでしたよね? 恐らくその新入生かと……」
その会話が聞こえた時、フィルは確信していた。
――あ、絶対ユウヒだ、と。
* * *
――海上。
「おぉっ、このイルジオン、すげー動かしやすいな!」
空を裂いて大空を駆け抜けながら、思わず歓声をあげる。
俺がイルジオンに乗るのはまだこれで二度目だが、それでも入学試験の際に乗った機体とは、操作性において大きな差があるのがわかる。
以前よりも、身体にしっくり来る感じがあるのだ。
『その機体はエール型の通常機だが、デナが一から調整した機体だ。専用機程、とは流石に言えないが、それに近しい性能はしていると思うぞ』
繋げられている通信から、近くを飛んでいるアルヴァン先輩の声が聞こえてくる。
『エール型』とは、セイローン王国において広く使用されているイルジオンのことだ。
王国軍でも正式採用されており、学園にある機体のほとんども、払い下げされた型番が古めのエール型イルジオンである。
機体のタイプによってガワや装備など幾つか差異が存在するものの、内部の構造自体はほぼ同一であり、セイローン王国で通常機と言えばほとんどがエール型を指す訳だが――この通常機という言葉には、対比する言葉が存在する。
それは、『専用機』と呼ばれるイルジオンである。
イルジオンという機械は、人が身に纏って操るものであるため、個々人のための調整が非常に重要になってくる。
一番わかりやすいもので言えば、身長か。
手足を動かしたりするのに、イルジオンと自身の身長が合っていないと動きに齟齬が発生するため、ミリ単位で肉体とフィットさせる必要がある訳だ。
それと同じことが魔力の通しやすさや術式構築の際の負荷率などにも言え、故にそれらを上手く調整出来る優秀な整備士は、一目置かれることになる。
実際、この学園に来た回数が通算二回である俺ですら、「あぁ……ここのボスはデナ先輩なんだな」ってことがわかるくらいだしな。
試験の時もデナ先輩にイルジオンの調整をしてもらったが、あれは彼女が手掛けた機体ではなかったのだということが、今のこの機体と比べればすぐに理解出来る。
そして、そういう個人調整が必要な機械であるため、誰にでも扱える通常機だけではなく、ただ一個人のためだけに製作された機体である専用機が存在する訳だ。
今で言うと、俺とカーナ先輩、そして共に出撃した二人の二年生は通常機で、アルヴァン先輩の機体のみが専用機だ。
彼の専用機の機体名は、確か、『アルクス』。
灰色の、如何にも戦闘機といった色合いをしている通常機と違って、基調がオレンジでカラーリングされており、空を飛ぶための重要な機構である可変式ウィングが一回り大きく、通常機よりもスラスターの数を増やしているのだろうことが窺える。
全体的なフォルムも、どことなくスマートだ。
恐らく、より強く加減速を行うための、スピードを意識した造りをしているのだろう。
内部構造も、結構差異があるのではないだろうか。
こんな感じで、専用機は通常機と比べるとべらぼうに金が掛かっているため、総じて性能が良い。
この学園では、成績優秀者のみにそれが与えられるという話なので、彼は相当デキるのだろう。
専用機……いいね、俺も欲しいところだ。
ちなみに、カーナ先輩以外の二年生は二人とも女子生徒で、先程軽く自己紹介し合った。
それぞれエイナ=ベイリー、クラーラ=グルーヴァーと名乗っていた。
俺が新入生だとわかると、大丈夫なのかといった顔をしていたのだが、アルヴァン先輩の「ほら、例の動画の」という言葉で納得の顔を見せていた。
マジで見られてんのな、入学試験のフィルとの勝負。
と、カーナ先輩がしみじみとした口調で口を開く。
『デナ先輩の調整した機体に乗っちゃうと、ちょっと他の機に乗る気が無くなりますよねぇ……』
『そういう意味で言えば、災難だったな、ユウヒ。新入生に割り当てられるのは、しばらく型の古い通常機だろうし――と思ったが、お前は実力あるようだし、案外パパっと専用機を貰って、デナに見てもらえるかもしれんな』
『いいなぁ、私達も早くそう言われるくらいになりたいですよ』
『中堅どころもいい成績だもんね、私ら……』
アルヴァン先輩の言葉に続き、ため息混じりの口調でそう言うエイナ先輩とクラーラ先輩。
それにしても、みんな結構余裕があるな。
緊張は感じられるが、心に余裕のある気の張り方だ。
それなりに、場慣れしている証だろう。
『はは、上へ行く意志さえ持っていれば、成長は出来るさ。――さ、そろそろだ。ユウヒ、映像でお前が戦っている様子は見たが、一応聞いておくぞ。お前が得意なのはバリバリの近接戦闘だな?』
「そうっす。魔法はそれなりに使うものの、基本戦闘は剣と思ってもらえると。ちなみに射撃は人並みなんで、援護射撃の類はあんまり期待しないでもらえるとありがたいっすね」
『わかった。なら、今回は俺とユウヒが前衛だ。二年生トリオは中距離からの攻撃を。敵は数が多い、状況がマズくなったらすぐに引いて、後続か軍が到着するまでの遅滞戦闘に移る。いいな?』
アルヴァン先輩の指示に、俺達は揃って了解の声をあげた。