戦うということ
「――被害、は?」
目が覚めた怪人――ローリア=エンタリアがまず問い掛けたのは、それだった。
寝かされているベッドから視界を下に向けると、ベッドのパイプと自身の両腕が、手錠で繋がれているのがわかる。
――そうか、ここは警察病院か。
「死人は出てませんよ。協力してもらった特殊部隊員に怪我人は出ましたが、ま、ローリアさんよりはマシな怪我ですね」
そう答えるのは、刑事、オルド。
どうやら近くの控室でこちらが起きるのを待っていたらしく、医者に幾つかの処置をされた後、すぐに彼がやって来た。
「……今の、時刻は?」
「学区祭三日目の夜ですよ。ローリアさんが倒れてから、およそ十四時間後ですね」
はて、と少し疑問に思う。
死ぬつもりで、腹を裂いたのだ。
確実に致命傷であったはずだが……それにしては、目覚めが早い気がする。
「私は、思っていた以上に、軽傷だったのか?」
「いえ、重いものではあったようですよ。ですが、初期対応が良かったおかげで、手術もそう難しくないものだったと担当医から聞きました。多分、少年があなたに回復魔法を掛けてくれたのでしょう」
「ユウヒ君か……」
そう言えば……ほぼ意識が朦朧としていたのであんまり覚えていないのだが、彼がこちらに駆け寄り、必死に何かをしていたのは覚えている。
「……本当に、彼は学生なのか?」
回復魔法と一口に言うが、それは専門知識を必要とする、非常に高度な魔法である。
血管の繋がり方、血の流れ方、魔力の流れ方、筋肉の構造、内臓の構造、傷の癒着の仕方。
それらを間違えてしまえば回復魔法はおかしな作用をしてしまい、治すどころか悪化する可能性の方が高い。
というか、その辺りの知識がなければ、そもそも発動すらしないだろう。
「ははは、ま、少年が学生離れしているのは同感ですね。今回、全面的に彼にも協力してもらっていましたが、おかげでこんな短時間で、あなたの犯罪を暴くことが出来ましたから」
「全くだ。これでも、長年苦労して立てた計画だったのだがな」
「ちなみに、スケルトン・キマイラを無効化するための、反転術式を組み上げたのは、彼の幼馴染の少女ですよ」
「……フィルネリア君か。いったい、どうなっているんだ……」
「いや、本当に」
二人同時に、小さく笑みを浮かべる。
「……本当は、今すぐにでもあなたからお話を聞きたいところですが、今日はやめておきましょうかね。代わりに、彼と会ってやってください」
「…………」
――彼、か。
まず間違いなくあの子だろうな、という予想を脳内でしていると、オルド刑事が病室の外へ声を掛ける。
「少年、交代だ」
「あぁ、助かる」
そうしてオルド刑事は出て行き、入れ替わりで入って来たのは――つい今しがた話していた学生、ユウヒ=レイベーク。
「ユウヒ君……」
「無事なようで何よりだよ、ローリアさん。怪我の調子はどうなんだ?」
そう言って彼は、ベッドの横に置かれていた椅子に腰掛ける。
「あぁ、大丈夫なようだ。君には迷惑をかけたな」
「ったく、本当だぜ。アンタのせいで今日一日、寝不足になりながら女装して過ごしたんだぞ。しかもその女装のまま風紀委員の仕事として、校内の見回りとかもやって……ウッ、頭が」
何を思い出しているのかはわからないが、引き攣り気味の顔をする少年。
「フフ……そうか。女装とは、学区祭らしいな。今度写真でも見せてくれないか」
「絶対に嫌だ」
ぶすっとした表情を見せる彼に、思わず笑い声を溢し――刹那、腹部に鋭い痛みが走り、顔を顰める。
……笑ったせいで、断裂した腹筋が震えてしまったのだろう。
「おい、怪我人なんだ、気を付けろよ」
ちょっと呆れたような顔の彼の言葉を聞き、身体を脱力させる。
ベッドに横たわり、天井を眺めながら、ローリアは口を開いた。
「……結局、無様にも死に損なってしまったよ。先程オルド刑事が言っていたが、君の初期対応が良かったおかげだそうだ」
「おう、感謝してくれ。死んで逃げるなんて許さねぇからな。存分に生きて悔いてくれ」
最初会った時より、大分ぶっきらぼうになった彼の物言いに、苦笑を溢す。
「生きて悔いろ、か……君はなかなか、辛いことを言うね」
「当たり前だ。いいか、ローリアさん。ガキが何言ってんだって思うかもしんないがな、『自死』ってのはただの逃げだ。逃げて死ぬなら、生きて戦え。戦って死ね。じゃねーと、何にも残らねぇ。アンタの苦悩も、ここまでの戦いも、全てが無駄になる。やるんだったら、最後まで戦うべきだ」
「…………」
――この少年は、いったいどういう人生を送ってきたのだろうか。
彼の言う通り、大人ならば「子供が何様だ」と言いたくなるような、偉そうな物言いだ。
だが、そこに、軽薄さは一切存在しない。
この少年が話すことには、『重み』があるのだ。
重厚な、確かな経験を感じさせる、不思議と心に染み渡ってくる彼の言葉。
いったい、どんな人生を歩んでいれば、こんなことが言えるのだろうか。
「……君は、いったい、何なのだい?」
純粋な、心からのその疑問に、彼は肩を竦める。
「ま、ローリアさんに秘密があったように、実は俺にも人に言えない秘密があってね。――アンタは、生きるべきだ。ホムンクルスの子供達のために。怪人なんてものを生み出してまで、守りたかったものを守るために」
「……私は、自分勝手に暴れただけだ」
その言葉を、だが彼は否定する。
「違うだろ。アンタが事件を起こしたのは、子供達の生きた証を守るためだ。色んなことを間違え、失敗し、けどそれだけは絶対に守ろうと思ったからこそ、こうして現実を相手に戦ったんだ。今投げ出すのは、中途半端だぜ」
彼の言葉に、不覚にも、グッと胸が熱くなる。
「……もう、十分、戦ったつもりだったのだがな」
「何言ってんだ、まだまだ足りねぇ。『怪人ファントム』は死んだかもしんねぇが、『ローリア=エンタリア』は死ぬまで生きるんだ。だったら、最後まで矜持を胸に戦え」
「君は、本当に厳しいな」
厳しく、そして温かい彼の言葉。
この少年は、本当に、優しいのだ。
「ユウヒ君も……そうやって戦っているのか?」
「……そうだな。俺は、『ユウヒ=レイベークの世界』を守る。そのためなら何でもするし、命を懸けて戦う。それが、生きるってことだろ?」
自らの世界。
それを守るために、戦う。
……そうなのかもしれない。
皆、そうやって日々を戦っているのだ。
戦って、生きているのだ。
――自死は、逃げ、か。
自分は、また、間違えたのだろうか。
一人、思考の海に入り込んでいると、彼は座っていた椅子を立ち上がる。
「……ま、とにかく無事なら良かった。あんまり長くいても身体に悪いだろうし、つか面会を許されてる時間もぶっちゃけ過ぎてるし、俺はもう行くよ。またその内、様子を見に来てもいいか?」
「あぁ、勿論構わない。来てくれて嬉しかったよ。――なあ、ユウヒ君」
「おう」
「ありがとう」
「……おう」
彼は、病室を後にした。
これにて今章終了!