死した者達へ《4》
――コイツ……ちょっと見ない間に、なんか攻撃手段増えてやがんだが。
命名するならば、骨マシンガン、だろうか。
禍焔があるおかげで、ばら撒くだけの攻撃なんざ当たりゃあしないし、数十発くらいならば魔力障壁も耐えられるが、如何せん数が多い。
というか、単純に被害が増えるからやめろ。
『ユウヒ、聞いてた感じと、ちょっと違うんだけど!!』
「文句はコイツに言ってくれ!! んで、どうだ!?」
スケルトン・キマイラと正面から殴り合いを繰り広げながら、そう我が幼馴染へと問い掛けると、彼女は少し考えるような間を取ってから、言葉を返してくる。
『ん……スケルトン・キマイラの中に、ローリアさんの気が見えるね。あの怪物が大して人に興味を示していないのは、それが理由だと思う!』
「……なるほど、未だ生前の頃の本能が残っているのは、それが理由か」
ローリア女史は、自身の腹部を切り裂き、この怪物を起動させた。
つまりは、生命を供物として捧げた訳だ。
そうして彼女が捧げた分の『生気』が、あの骨ナイフを通してこの怪物の中へと入っているため、アンデッドよりも普通の生物に近い動きをコイツはしているのだろう。
ローリアさん一人分の生気でコイツを動かすのは、圧倒的に生気が足りないように思うが、何か増幅術式でも組み込んでいるのだろうか。
「対処は!」
『……状態は、今のままの方がいいね。となると、死霊術の制御術式は触らないで、根本部分のみを壊す必要があるけど、構造の解析に時間が――』
と、そこでオルド刑事からの通信が入る。
『少年、嬢ちゃん、術式の解析がある程度だが終わったっつー通信が入った!! 何か知りたい情報はあるか!?』
その声に、すぐにフィルが反応を示す。
『術式の基本構造を教えてください!! 上から新たに魔法を掛けて、ただの骨に戻します!!』
……よし、コイツを無効化するのは、フィルに任せて大丈夫そうだな。
「シオル、先生、俺と一緒に時間稼ぎを!!」
『わかったわ! 飛んでくる骨は私に任せて!』
『ふむ、ではレイベーク。私がまず一撃入れる。その後を頼む』
そう言うと同時、ガルグ教師はスケルトン・キマイラの背後へと向かって飛んでいく。
彼に迎撃の骨マシンガンが放たれるが、しかしそれが当たることはない。
全てを、シオルが撃ち落としているからだ。
……すげーな、任せろと言っていたが、こんな神業が出来るの、アイツくらいだろう。
そうして彼女の援護を受け、スケルトン・キマイラの尻尾付近まで辿り着いたガルグ教師は、何故か地上に降り――。
『ぬぅんッ……!!』
――全身でむんずと尻尾を掴むと、グオンとその巨体を投げ飛ばした。
『ギぃいイぃィイイイッ!!』
コンクリートという凶器に叩き付けられ、悲鳴をあげるスケルトン・キマイラ。
ロケランでもヒビの入らなかった幾つかの部位が砕け、数秒して修復が開始する。
……見ると、ガルグ教師のイルジオンの脚部装甲から飛び出した、アンカーボルトのようなものが地面に突き刺さっており、その脚を中心に全身の装甲がガッチリと隙間なく固められ、その膂力が百パーセント敵へと伝わるような機構が機体に組み込まれているようだ。
いや、まあ、それでもおかしいものは、おかしいのだが。うん。
というか、どんだけの勢いで叩き付けたんだ、あの人。
『……少年、ムチャクチャだな、君んところの学園は』
ぶっちゃけ、俺もそう思う。
我らが教師の頼もしさに苦笑を溢してから、俺は我が愛刀へと声を掛ける。
「よし、千生、俺達も一発どデカいのをやろう! 『魔力刃』だ!」
『ん……っ!!』
千生は、最近俺が教えている魔力制御を解き、次の瞬間グ、と押し付けられるかのような、非常に重い圧力が放たれ始める。
その荒れ狂うような莫大な力を、俺は上から魔力で整えていく。
やがて出来上がるのは、およそ斬れぬものなどこの世に存在しないであろう、圧倒的な力で構成された一振りの刃。
「フッ……!!」
俺は上段に構えた千生を、暴れ悶えているスケルトン・キマイラへと向かって、振り抜く。
刀身から放たれた魔力刃は、空中を走って奴の肩口に到達すると、そのまま腰骨の辺りまでを一気に両断する。
渾身の千生と俺の攻撃は、しかしそこで止まらない。
スケルトン・キマイラを一刀両断しても止まらない魔力刃は、奴の背後にあった鉄塔を斬り裂き、埠頭のコンクリートに深い斬れ込みを入れ、最後に海へと到達してようやく消えていった。
ズゥン、と地響きを鳴らして倒れた鉄塔がスケルトン・キマイラの上に落ち、木霊する奴の悲鳴と共に土埃が立ち上る。
『……やっぱ、少年もとんでもないな。あと、あんまり建物、壊さないでほしいんだが』
「……すんません!!」
わ、わざとじゃないんで……。
* * *
集中する。
『基本は回復系魔法の反転を利用した死霊術だ。だが、その反転に接続する形で、生命変換の術式が組み合わさっている。怪人のアレンジが随所にあるから、気を付けてくれ。全身を制御する機構は――』
オルド刑事が繋いでくれた通信から聞こえてくる、確かアンドレという名の刑事の声。
彼の解説と共に、フィル自身もまた、元勇者として培われた観察眼でスケルトン・キマイラを解析していくが……相当、複雑な術式であることがわかる。
よくもまあ、これだけのものを造り出し、一つの魔法として成立させられているものである。
一切遊びの無い、呆れる程の緻密さをしており、それでいて魔法の強度が非常に高い。
魔法における強度とは、他から受ける干渉の度合いを示す。
つまりこのスケルトン・キマイラを動かしている死霊術は、ちょっとやそっとの干渉では破壊出来ないということだ。
――そう言えば、ローリアさんは魔眼持ちだったね。
研究者であり、そして魔法の構造を視覚で捉えることが出来る彼女であるからこそ、これだけのものを造り出すことが出来たのだろう。
だが……この魔法には、一つ欠点がある。
術式に、トラップが仕掛けられていないのだ。
こういう魔法は、解読されれば一気に不利になってしまうため、ところどころにわざと無駄な記述を増やし、相手に誤読させるような措置を必ず行うものなのだが、このスケルトン・キマイラに掛けられている死霊術には一切それがない。
この規模の魔法を造れる者であるならば、きっと数十近くのトラップすら術式に搭載させられたことだろう。
……スケルトン・キマイラを暴れさせたいが、しかし無力化もしてほしい。
そういう屈折した感情が、この魔法を作り上げる術式からは読み取れるのだ。
「……もう、大丈夫ですよ、ローリアさん」
どれだけ悲しみ、どれだけ絶望したのか。
あなたの思いは、十分に伝わりました。
私が――そしてユウヒが、全てを終わらせますから。
もう、そんなに、苦しまないでください。
「……フゥ」
フィルは自らの頭脳を以て、高速で術式を組み上げていく。
本来ならば、専用の演算装置を用いなければならないような、非常に複雑で莫大な情報を、全て脳内で処理していく。
通常の者ならば、もはやパンクして倒れてしまうであろうその作業を――だが、一度もミスせず、彼女はやり遂げる。
数分し、一つの魔法を脳内で完成させたフィルは、通信でユウヒを呼んだ。
「ユウヒ、手伝って!!」
『りょ、うかいッ!! シオル、先生、おっさん、ちょっと頼むぞ!!』
魔力刃を数発スケルトン・キマイラへと叩き込み、その身体を斬り刻んで行動を鈍らせた後、すぐに彼女の下へと飛んでくる幼馴染。
「フィル、どうすりゃあいい!?」
「スケルトン・キマイラを縛ってる死霊術は、魔法の強度がちょっと僕じゃ手が出ないくらいに高いんだ。だから、千生ちゃんに手伝ってほしい」
『ん、まかせて!』
いつもよりもはっきりとしている彼女の強い意志に、フィルはコクリと頷き、言葉を続ける。
「千生ちゃん、今から僕が、君に『対死霊魔法』を埋め込むから、それをユウヒの合図で放ってほしい。ユウヒ、あの怪物の中心は、頭部だよ。千生ちゃんを突き刺して、仕込んだ対死霊魔法を流し込んで」
「オーケー、お前謹製の魔法なら、きっと気持ち良く昇天してくれるだろうな。こう、元勇者の慈愛的な感じで」
「バカ」
フィルは千生の黒の刀身へ指を滑らせていき、脳内で組み上げた対死霊魔法を付与していく。
ミスのないよう、慎重に、冷静に。
自身の、願いを乗せて。
そして、数十秒程でその作業が完了するのを見て取ると同時、ユウヒは禍焔を唸らせ、一気に飛び上がって行った。
――ユウヒ。あとは、お願い。
ローリアさんを縛る呪縛を、断ち切ってあげて。
次回決着!
あと、全然関係ないんだけれど、作者が書いてるもう一作、「魔王になったので、ダンジョン造って人外娘とほのぼのする」の9巻がつい最近発売しました。
興味があったらよろしくね!