死した者達へ《3》
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「フィル!」
俺が向かった先に止まっていたのは、一台のトラック。
イルジオンの、移動用整備トラックである。
「ユウヒ、敵は大型のスケルトンだね? 種類は?」
俺に気付いたフィルが、すぐにそう問い掛けてくる。
彼女はすでに『デュラル』へと乗り込んでおり、準備は万端であるようだ。
「キマイラだ、特定の種族のみじゃなく、色んなのが組み合わさってやがる」
「能力は」
「今のところ確認出来たのは、再生能力だけだ。それのみしか持っていないのか、それとも他に隠しているものがあるのかは正直わかんねぇ。ただ、その再生能力だけでも相当厄介だ」
と、次に、同じようにイルジオンに乗っているシオルがトラックから降り、口を開く。
「脅威度としては、どれくらい?」
「『Ⅷ』だ。倒せない相手じゃないが、厄介だ。龍種よりはマシと思うしかないな」
「……ん、そうだね。この距離にいても、レヴィアタン程の圧力は感じないから、まだマシではあるね。油断したら死ぬだろうけど」
「……前々から思っていたけれど、やっぱり二人は基準がおかしいわ」
「――全くだ。本当にお前は、危険なことばかりをする」
そう、呆れた声音と共に口を開くのは、ガルグ担任。
彼もまたイルジオンに乗っていた。
専用機ではない、通常のエール型イルジオンであるようだが、幾つか見たことのない装備がある。
彼が卓越した技術を持っていることは知っているので、その戦闘能力を十全に引き出すためのものなのだろう。
この非常事態じゃなければ、詳細を確認したいところである。
「先生、助かります。協力してもらって」
「担任として、危険なことをするなと注意したいところだが、どうせお前は言っても聞かんだろうからな。ならば、せめて一人くらい大人が随伴しておかねば」
「いつもユウヒがすみません、先生」
「……あの、フィル。私、あなたもユウヒと同じくらいには問題児だと思うの」
生暖かいような目をフィルへと向けるシオルに、俺は問い掛ける。
「シオル、こっからは危険だぞ。腐っても相手は脅威度『Ⅷ』だ。それでも付いてくんだな?」
「えぇ。イツキちゃんまで戦っているのに、私だけで家でのんびり寝ていられないわ」
強い意志を感じさせる瞳。
……よし、これ以上聞くのは野暮だな。
全く、俺の知り合いの女性陣は、格好良過ぎるぞ。
俺はコクリと頷くと、トラックの中へと入る。
そこにいるのは、デナ先輩とレツカ先輩の二人。
彼女らは俺の姿を見ると、余計な挨拶を抜きに、すぐに説明を始める。
「ユウヒ君、君のカエンの整備は終わっているが、やれたのは操縦者抜きで行える基本的な整備だけだ。今日の君のバイタルデータとリンクさせられていない分、いつもより多少なりともパフォーマンスの低下がある」
「特に、ユウヒ君とフィルちゃんの機体は性能がピーキーだからね。ゼロコンマ数秒反応が遅れる可能性があるから、そこだけは気を付けて」
「わかりました、ありがとうございます。――デナ先輩、レツカ先輩。巻き込んじまってすみません、けど、来てくれて本当に助かりました」
礼を言いながら禍焔へと乗り込むと、自動的に起動プロセスが開始する。
発生した魔力障壁が俺の身体の輪郭に沿って展開され、機体が俺の肉体の一部と化していく。
「フフ、君は私の後輩だからね。先輩として、後輩の手伝いくらいはするわよ」
「安心してくれ。その分の埋め合わせには期待させてもらうからな。具体的には、私もメイド仮面が見たい」
「あ、私も見たい! なんか結構、人気らしいじゃない。それの披露、お願いね」
「えっ、い、いや、えっと……」
思わず俺が顔面を強張らせると、二人はニヤニヤしながら言葉を続ける。
「何、聞いてくれないのー? 私達、学区祭の疲れを押して手伝ってるんだけどなー」
「フゥ、君のイルジオンの整備は神経を使うんだがな。明日も……いや、すでに今日だな。今日も朝から忙しいのに、徹夜で協力して、こんな危険地帯までやって来ているのだが……」
「……わ、わかりました、やりますよ、メイド仮面。どうせ明日も接客があるし」
二人は、パシンと小さくハイタッチした。
俺が苦笑を溢すと同時、起動プロセスが完全に終了し、いつでも動ける状態になる。
――さあ、禍焔。
お前の敵が待ってるぞ。
食っちまえ。
まるで喜んでいるかのように、スラスターが嘶く。
「んじゃ、行ってきます! 外は危ないんで、先輩達はトラックの中で待機しててください」
「了解、頑張ってね!」
「無事に戻って来るんだぞ」
俺は二人にサムズアップし、トラックから出ると、一気に空へと飛び上がった。
イルジオンに乗り込んでいた三人もまた、俺に続いて空へと上がる。
「フィル、お前は本職だったな、死霊術の解析を! シオル、お前は狙撃での援護を頼む!」
『ん、任せて!』
『本職? ……えぇ、わかったわ!』
「先生は――」
『私がお前達に合わせるから、こちらは気にしないでいい。私の動きを、お前達は知らないだろうからな』
「了解、頼んます!」
* * *
「――チィ、こんなバケモン相手に、よく戦闘を成立させられていたな、少年は……ッ!!」
魔導ライフルを連射しながら、オルドは思わず悪態を吐く。
彼らの攻撃は全くダメージが入らず、逆にスケルトン・キマイラの攻撃は、一撃でも食らえば終わりであることが、その暴れっぷりから一目で理解出来る。
少年が戦っていた時は、彼を十二分に警戒し、彼を排除すべく暴れていたが、自分達は奴にとって脅威でも何でもないらしい。
全員で掛かることで、鬱陶しそうな、ハエでも潰すかのようなテキトーな攻撃を引き出すことは出来ているが、それだけだ。
奴の興味は『破壊』に向いているようで、倉庫街がどんどんムチャクチャになり、発生した火災が徐々に広がり始めている。
無駄な野次馬を集めないための情報封鎖はとっくに行っているが、それもいつまで持つことか。
明け方に近い時間帯と、倉庫街という場所が相まって人気は皆無だが、このまま長引けばどうなるかはわからない。
……一つ幸いなのは、奴が『生命』に対し、あまり興味を持っていないらしいことか。
死霊術で厄介なのは、死者が持つ生者への執着だ。
失ってしまった生命の光を取り戻そうとしているのか、蘇った屍は積極的に生きた者へと襲い掛かるのである。
この怪物には何故かその兆候が見られず、こちらへの興味が薄いため、まだちょっかいを掛け続けることに成功しているが、そうでなかったらすでに何人かは戦闘不能になっていることだろう。
『攻撃を顔に集中させろ!! 奴は未だ生前の感覚が残っている、大したダメージにならずとも嫌がるはずだ!!』
隊長の言葉に、部隊の者達はまるで一つの機械であるかのように連動して動き、一斉にスケルトン・キマイラの顔面へと射撃を集中させ始める。
隊長の目論見通り、骨の怪物は嫌がるような素振りを見せ――そして、反撃に出た。
『がアあアアあぁアアぁッ!!』
苛立ったような咆哮の後、上空の彼らへと何かが飛来する。
それは、スケルトン・キマイラの角だった。
「魔力障壁を全開にしろッ!!」
オルドは、考えるよりも先にそう無線へと叫んでいた。
マシンガンのように、次々と連続して射出される角。
どうやら、再生能力を利用することで、撃ち出した傍らからその部位を再生しているらしい。
『ぐっ……!!』
『ッ、04被弾、戦闘不能です!!』
『05、04を裏に連れて応急処置を!! それ以外は援護だ、奴の意識を引き付けろ!! ――オルド刑事!! やれるだけやるつもりだが、このままじゃジリ貧だぞ!!』
「悪いが、もうちっと頑張ってくれ!! すぐに応援が――」
その時だった。
『――待たせたな、おっさんッ!!』
声が聞こえた次の瞬間、何かが闇夜の中を駆け抜けたかと思うと、スケルトン・キマイラの脚の一本が斬り飛ばされ、体勢を崩す。
『ギいイいイヤアアあアぁアあアガ……ッ!!』
『うるさいよ、おっきいのっ!!』
怪物がその何かに気を取られたと思いきや、もう一つ何かが駆け抜けていき、反対の脚を斬り落とす。
――それは、二機のイルジオン。
『あの速さは、流石に追い付けんな……』
『二人の専用機は、性能がちょっと異常ですから』
そのさらに後ろから、新たに二機が現れ、最初の二機の横に並ぶ。
「……うし、隊長さん。反撃の時間だぜ」
オルドは、ニヤリと笑った。