死した者達へ《2》
振り回されるデカい尻尾。
「オラァッ!!」
躱した後、両手にあらん限りの力を込め、千生を振り抜く。
彼女の刃が斬れぬものは、この世に存在しない。
腕に伝わる抵抗。
刹那、それが軽くなる。
奴自身の動きを利用し、タイミングを合わせて千生の刃を当てることで、尻尾の半ばから先を泣き別れさせてやる。
切り離された尻尾は、そのまま遠心力で飛んでいき、倉庫の一つをぶち壊して止まった。
『ギイいイいぃイいイッッ!!』
苛立ったような叫び。
痛みは感じていないようだが、それでも自身の身体を斬られるのは精神的に苦痛であるらしい。
やはり、屍であっても生前の本能が残っているようだ。
ただ、おかげで奴の意識が、完全に俺へと向いた。
そのままデカブツは、突進を開始。
当たれば俺はぐちゃぐちゃの挽き肉に転生するであろうが、しかしその巨体故、攻撃が大雑把だ。
むしろこちらから突っ込んでその懐に入り込み、通り抜けざまに前脚の一本を斬り裂く。
四足歩行であるため、脚の一本を失いズゥンと態勢を崩して倒れ――同時、生え直した尻尾が、再度俺へと攻撃を放つ。
まるでレイピアのように鋭い一撃を、千生でいなして回避。
これだ。
この、再生能力。
俺が攻撃しても、瞬く間に骨が再生を始め、刹那の間に元の姿に戻ってしまうのである。
こういう能力は大体、魔力を消費して行われるものだが……この巨体だ。
全身に魔力が満ち満ちていることはすでにわかっており、故に完全に魔力を枯らすには、数日掛かる可能性すらあり得るだろう。
奴の再生よりも速く斬り刻めばあるいは、とは思うが、それは生身では無理だ。
俺のイルジオン、『禍焔』がいる。
「ったく、本当に、ローリアさんも面倒なモンを持ってきてくれたな……ッ!!」
……まあ、ただ、彼女が最後にこれを用意した理由はわからなくもない。
恐らくマギ・エレメントが造ったのであろうこの生物兵器は、誰がどう見てもまともじゃない怪物だ。
犯罪性があることは一目瞭然であり、これが衆目の前に晒された以上、会社に対する追及は免れ得ないだろう。
彼女の目的であった会社の悪行を暴くという目的は果たされ、基になった技術であろうホムンクルス実験の子供達のこともまた、公になる訳だ。
「それでも流石に、こんなデケェのを持って来られても困るぞッ!!」
数度の斬り合いで、コイツの正確な脅威度はわかった。
強さとしては、『Ⅷ』の魔物相当のものを有している。
倒せない相手じゃないが、気を抜けばこっちが死んじまうような手合いであることは間違いない。
他に、どんなビックリ能力が隠されていることか。
『――少年、こちらも今から攻撃を開始する、気を付けてくれッ!!』
そうしてデカブツと殴り合いのような戦闘を続けていると、無線機から聞こえてくるオルド刑事の声。
これは、事前に彼と取り決めていた周波数からだ。
「! 警察の特殊部隊かッ!」
見上げると、十機程のイルジオンが上空を飛んでおり、その中にはオルド刑事の姿も見える。
あのおっさん、イルジオンも乗れたのか。
ここまで警察はイルジオンを使っていなかったが、あれは外で乗る兵器だ。
室内では動きが大幅に制限されるため、今までは出せなかったのだろう。
『作戦開始ッ!!』
あの部隊の隊長なのだろう男の号令が掛かると同時、彼らは一斉に攻撃を開始し――が、ダメだ。
『チッ、硬いな……ッ!!』
『任せろ、的はデカくてノロいッ!! 何でも当てられるさッ!!』
一人が、追尾式ロケットランチャーを肩に構え、撃つ。
放たれたロケット弾は、動きが大雑把なスケルトン・キマイラへと着弾し、爆発。
爆音の後、離れた俺のところまで届く熱。
立ち上る煙。
少しして、その煙の中から現れたデカブツは――しかし、多少表面が黒く煤けただけだった。
部位欠損などはしておらず、多少欠けた骨も数秒もしない間に回復し、修復が完了する。
『なっ……今のでこれか!?』
無線から漏れ聞こえてくる、驚愕の声。
本職だけあって、彼らは皆良い動きをしているが、ぶっちゃけ全くダメージを与えられていない。
武器が弱いのである。
千生程とは言わないが、せめてロケットランチャー以上の攻撃手段を持って来てくれないと、あのデカブツには通用しないだろう。
「おっさん、増援は嬉しいが、ダメージが入ってねぇぜ!!」
『チッ、想定以上だな……!! ただ、使われている死霊術の術式解読を今後輩にやらせてる!! それが終わるまでの辛抱だ!!』
「術式解読ね、フィルが来りゃあ、こんなもんどうにでもなるんだが――」
と、その時、俺の一番求めていた声が無線に入る。
『ユウヒっ!!』
「ッ、来たか、フィルッ!! ――おっさん、一旦俺は離れるぞ、ちょい時間稼ぎを頼む!!」
『そっちも何か作戦があんだな!? オーケー、その間はおじさん達が頑張ろうじゃないか!!』
俺は踵を返し、一時その場を離れた。
* * *
「――って、格好付けたはいいけどねぇ。どうしたもんか」
イルジオンに乗ったまま、オルドは一つため息を吐く。
彼ら警察が使うイルジオンは、『セイローン王国』に一般的に普及しているエール型イルジオンを基としているが、その性能は防御に寄っており、機動力が一段階低く設計されている。
それは、彼らの任務に魔物討伐が含まれていないからである。
基本的に警察が相手をするのは人であり、故に装備もまた対人用の威力が抑えられたものになっている。
警察が戦う時は市街戦になることが多く、その場合威力が高い武器なんかを使用すると、無駄な被害を出してしまう可能性が高くなるのだ。
イルジオンの性能もまた、対魔物戦を想定していないため機動力はあまり重視されておらず、そのパフォーマンス分が防御性能へと割り当てられているのである。
魔物討伐は軍の管轄であるため、あの姿を見た瞬間に応援は呼んでいるものの、それが到着するまでは自分らで相手をしなくてはならないのだが……実際のところ今のこの装備では、スケルトン・キマイラの相手は荷が重かった。
『先程いた少年、あのデカいのを相手によく戦闘を成立させられていたものだ……我々の装備が対魔物戦を想定していないことは確かだが、生身であそこまで戦えるとは』
「あぁ、彼と行動を共にしていた俺も、正直驚いたよ」
テロ対策課、特殊急襲部隊『ガルディアン』の部隊長の言葉に、ユウヒに対する呆れた笑いを溢しながらオルドはそう答える。
あの少年の実力は知っているつもりでいたが……どうやらまだまだ、認識が甘かったらしい。
今回初めて見た、彼が持っていたあの長く大きな、反りのある剣。
その濃密過ぎる、大海原を思わせるような魔力の濃さに、見ているだけでアテられてしまいそうだった。
あの武器を用いて骨の怪物と渡り合っていたようだが、そもそもあれだけ濃密な魔力を持つ剣を握っていられるという時点で、相当おかしい。
どうやら戦闘のために魔力が活性化しているらしい今のあの剣に近付こうものならば、常人であればその場で気絶することだろう。
にもかかわらず、彼はそれを主武器として振るい、戦っていたのである。
自身は疎か、ここにいるガルディアンの者達とて、アレを使いこなすなど不可能だろう。
彼が特別なものを秘めているとは思っていたが、まさかここまでとは。
「……隊長さん、指示を頼む。俺はこういうことには、慣れていないんでね」
『はは、魔導刑事の中でも荒事専門のあなたがよく言う。――あぁ、わかった。正面は我々が受け持つ。オルドさん、あなたは援護に回ってくれ』
――正直なところ、あの子供は自身よりも数倍強い。
ここにいる特殊部隊の面々とも、タメを張れることだろう。
きっと、今回この場面を治められるのは、彼なのだ。
彼が、全ての鍵を握っている。
が――子供である。
子供を戦場に立たせるのならば、たとえ自身の方が弱かろうが、大人が気張って意地を見せなければならない。
彼が一時この場を任せたということは、何かしら策があるということ。
そこまでの繋ぎくらいは、出来なければ面目が立たないだろう。
――柄じゃないが、ま、俺も大人である以上、頑張らないとねぇ。