死した者達へ《1》
ユウヒと別行動を取っていたフィルは、最悪を想定して行動していた。
次が最後と宣言した怪人の犯行である、劇場での惨事以上のものになる可能性は重々にあり、故に何があっても対応出来るようにと、装備――イルジオンの用意を進めていた。
「フゥ、本当に……二人と知り合ってからは、刺激的なことが多いわ」
「この半年程で、自身の常識が著しく変化した感じがするよ、デナ先輩」
急ピッチでイルジオンの整備を行うのは、デナとレツカ。
「すみません、デナ先輩、レツカ先輩。巻き込んでしまって……」
申し訳なさそうにするフィルに対し、二人の先輩はニヤリと笑みを浮かべて言葉を返す。
「ま、この分の埋め合わせは、無茶ぶりをしてきたユウヒ君にしてもらおうかしら。学区祭で疲れてるところを叩き起こして、連れて来たんだもの」
「そうだな、デナ先輩。きっとその埋め合わせでは、さぞ私達を楽しませてくれるに違いない」
「……あ、あの、彼も必死に頑張ってるはずなので、手加減してあげてもらえると……」
と、ちょっと案じた様子でそう言うのは、シオル。
彼女の言葉に、二人は顔を見合わせ、それからクスリと笑い合う。
「フフ、ごめんごめん、わかってるわ。私達の手を借りるくらいだもの、本当に大変な事態なのでしょう。……それに、正直彼に頼ってもらえるのは、悪い気分じゃないしね」
「先輩の言うこともわかるよ。彼に頼られると、実力を認めてもらえているようで、悪くない」
「……そ、そうですか」
ユウヒを特別視していることがわかる二人の言葉に、それはそれでちょっと思うところがあるシオル。
そんな彼女の内心がよくわかり、デナとレツカ、そしてフィルもまた、微笑ましさから思わずニヤニヤと笑っていた。
――彼女らが現在乗っているのは、トラック。
イルジオンの運搬等に使用される、移動型整備トラックである。
そう、フィルは現在、学園の者達と行動を共にしていた。
シオル、先輩であるデナとレツカ、そしてトラックの運転を行っている担任のガルグである。
移動用整備トラックに積み込まれているのは、ユウヒ、フィル、シオル、ガルグの四人分のイルジオン。
皆への連絡を取ったのは、生徒会長のレーネだ。
ユウヒから連絡をもらい、彼女はすぐにその人脈を生かし、動いてくれたのだ。
全員が、二人から『非常事態』という言葉を聞き、事情を深く聞かないまますぐに行動を開始し、学区祭の疲れを押して協力してくれていた。
ユウヒとフィルは、なるべく彼女らを巻き込みたくはなかったが、もうそんなことを言っていられる段階ではない。
何も起きなければ、ただ皆に騒がしてしまって申し訳ないと謝り、その分の埋め合わせをすれば終わる話だったが――残念ながら、事は起きてしまっていた。
『ガアアあぁアアアあアぁッ!!』
揺れ。
刹那遅れて聞こえてくるのは、魂が揺さぶられるような、気色の悪い咆哮。
「! 始まっちゃったか……!」
ユウヒから、話は聞いてる。
明らかに普通ではないこの咆哮が聞こえてきたということは、つまり彼がローリア女史の説得を失敗してしまったということだ。
元々、勝算の低い賭けではあった。
怪人が重い覚悟を胸に秘めていることは最初からわかっていたし、もう何も持っていない者にとって、他者からの言葉など紙屑のようなものである。
だからこそ、こうして自身は彼と別行動し、備えていたのだ。
『チッ……フィル、説得に失敗した! 俺んところにローリアさんが重傷で倒れてる、人を寄越してくれ!』
その時、用意していた無線機から、聞き慣れた彼の声が聞こえてくる。
「ッ、了解! ――オルド刑事、ローリアさんはやはり『クロ』でした! 重傷を負っています、今から送る座標に救護要員の派遣を!」
『嫌な予想ってのは当たるもんだな……! オーケー、それは任せろ! ただお嬢ちゃん、厄介なモンが現れやがったぜ!』
無線の周波数を変え、連携していたオルド刑事へと連絡を取ると、すぐにそう返事が返ってくる。
「まだこちらからは見えていませんが、すぐに向かいます! ――すみませんガルグ先生、無茶を言いますが、スピードを上げてもらえますか……!」
「了解した。少し運転が荒くなる、怪我しないよう気を付けてくれ」
運転席から返ってくる、ガルグの声。
そうして、急いでトラックを走らせていた時、ふとシオルがフィルへと問い掛ける。
「……ね、フィル。こんな時に聞くのもどうかと思うけれど……どうして二人は、そこまで出来るのかしら?」
「どうして、と言うと?」
「二人は、どんな時でもブレないわ。決して悪を許さず、行動する。まるで、物語の英雄のようだけれど……どうして、そこまで出来るの?」
真摯な瞳。
少し考えてから、フィルは答えた。
「……正確に言うとね、僕は違うんだ。僕は、ただの偽物。本物は彼だけなんだよ」
「……偽物?」
「うん。『英雄』は、ユウヒだけなんだ」
英雄。
王。
自ら変革を望み、世界へと挑んだ者。
自分は、ただ力があったからその流れに飲み込まれただけだが、彼は自ら流れを起こしたのだ。
前世にて、全てを巻き込み発生した世界大戦は、まさしく彼を中心に回っていた。
敵も味方も、誰もが彼の動向に注視し、次にどうするかを決めていたのである。
彼だけが本当の英雄なのであり、はっきり言ってそれ以外の者達など、ただの脇役でしかない。
彼を殺した自身もまた例外ではなく、組織の中に存在した一つの歯車でしかないのである。
「だから僕の場合は、彼がそう動くからっていうのが理由かな。彼の方は……同じことを聞いたら、きっと『俺のため』って答えるよ」
「自分のため?」
「うん。彼を取り巻く世界が、彼の望む世界であるため。人助けも何でも、全ては自分自身が『そうあってほしい』と思って行動することだから、それで『俺のため』って、ユウヒは言うんだよ。彼こそが、本物なんだ」
フィルの言葉に、シオルは彼女のことをまじまじと見詰め、口を開く。
「……私には、本物も偽物も区別がつかないわ。二人とも、本当にすごいもの。強くて、格好良くて。ご飯も美味しく作れるし」
「う、うーん……そこにご飯のことを並べられると、ちょっと僕も複雑なんだけど」
フィルは苦笑を溢し、だが次にニコッと笑う。
「フフ、でも、そっか。そう言ってくれると、嬉しいかな。偽物でも、本物であろうとしたことは、確かだったからね」
「……ん、私もフィルを見習うわ。そうね、やっぱり、そうあろうとする姿勢が大事なのでしょうね」
彼女らがそう話していると、次にレツカが、額の汗を拭いながら口を開く。
「――よし! 整備は完了した。ただ、急ピッチ故、詳細な設定までは出来ていない。今から多少の調整を行うが、完全な状態ではない。気を付けてくれ」
レツカの言葉に、デナが続く。
「フィルちゃんの『デュラル』なんかは、特に繊細だからね。演算能力に多少マイナスが掛かっているかもしれないから、悪いけど、そこだけは意識しておいて」
「了解です。こんな短い時間で、本当に助かります」
「シオルちゃんの方も、一応カルーシ型イルジオンも触ったことがあるから、多分大丈夫だとは思うけれど、正直整備に慣れていないことは否めないわ。いつもの使用感と多少違うかもしれない。あなたの方も、そのことは理解しておいて」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
フィルとシオルは、自分たちの機体の調子を確認し始める。
揺れる車内で、残された時間は少ないが、出来る限りの調整を進めていく。
そんな中で、ふとフィルは、ユウヒの愛機である禍焔へと顔を向けた。
――ユウヒ。
君は絶対無茶してるだろうし、それが君の生き方だから、危ないことをするなとは言えない。
だから、君の隣に、すぐに行くからね。
待ってて、ユウヒ。
* * *
「アンタ、絶対動くなよ!! 死んだら許さねぇ、絶対に生きてもらう!!」
ほぼ意識を失い掛け、朦朧としているローリア女史にそう言い残し、俺はビルの屋上から一気に飛び降りる。
風邪を切り裂き、落下していく最中、腕に付けていたブレスレットを起動し、中から彼女を取り出す。
俺の、愛刀。
「千生ッ!! こんな時間にごめんな、お前の力を貸してくれッ!!」
『ん、まかせて。ゆー、まもる』
返ってくるのは、ちょっとぼんやりしている普段の千生とは違う、確固たる剣としての意思。
風魔法を用いて風のクッションを生み出し、衝撃を和らげて着地すると同時、一気に怪物へと向かって駆け出す。
今、フィルがこちらに俺のイルジオン、禍焔を持ってきてくれているはずだが、それを待っている余裕は存在しない。
――暴れ始めた、あの骨の怪物。
基本となっている胴体の骨格は、恐らくサラマンダーに近いタイプの魔物。
そこから生えている翼は龍種に近いが、そこまでの魔力の圧力を感じないため、龍種より一段階劣る亜龍系のものだろう。
尻尾は……相当キモい。
骨というよりは、干からびたミイラのようなものがウネウネ動いているのだ。
形状からして、ワーム辺りだろうか。
頭部に関しては、最もよくわからず、ツギハギだらけで原型が何の生物なのか想像も付かない。
わかるのは、口が耳近くまで裂けており、生えている何本もの牙が、かなりの魔力を有していることくらいだろうか。
あれ、多分コンクリートでも噛み砕けるだろうな。
まさに、怪物。
ちぐはぐで、歪な魔力の質をしており、生物を冒涜しているとしか思えない姿をしているが……強いな。
一戦交えておらずともわかる。
脅威度で言えば、まず間違いなく『Ⅶ』以上だ。『Ⅹ』はないと思いたいところだ。
――と、その時、非生物的な動きでグルンと首が回り、仄暗い眼窩がこちらを向いた。
生前の名残か、それとも本能の残滓が未だ残っているのか。
脳味噌すら持っていないクセに、恐らく奴は感じ取ったのだ。
近付いてくる、圧倒的な『力』に。
千生に。
『ギイいイィぃアあアぁアあァアあアアッッ!!』
咆哮。
屍のくせに、一丁前に威嚇しやがって。
つーか、喉すらないだろうが、テメェは。どこから声出してんだ。
わざわざ、魔法で咆哮でもしてんのか。
「気色悪ぃんだよテメェの吠え声はよッ!! けど安心しろッ!! 哀れなテメェは、しっかり俺がただの屍に戻してやるッ!!」
そして俺は、生身のまま怪物へと斬りかかった。