其は如何にして怪人となったか《3》
「日々弱っていく彼らを前に、私は胸の内にドロドロとした感情を抱きながらも、常に笑顔を張り付け、毎日『きっと良くなる』なんて嘘を言い続けた。だが、延命措置を打ち切られている以上当然良くなる訳もなく、一人が死に、二人が死に……最後の夜のことは、今でも夢に見る」
ローリア女史は、今もなお口に微笑を浮かべている。
だが……きっとそれは、仮面なのだろう。
彼女が怪人として被っていた仮面と、同じものなのだ。
「生後一年、身体能力、思考能力的に見て九歳程の少女。書類上の名前は『イレブン』、私は『エルヴ』と呼んでいた子だ。他の子達はすでに全員死んでしまい、残ったのはその子だけになっていた。きっと、私を恨んでいるだろうと思っていた。この苦しみを生み出した当人だからな。……だが、違った」
それはそうだろう。
そのホムンクルスの子供達にとって、この人は本当に母親同然だ。
恨めるはずがないのだ。
「熱にうなされ、意識が朦朧としながらも、エルブは笑顔で言ったよ。『私達を、生み出してくれてありがとう』、と。……彼女の死亡を看取った後、自宅に帰った私は、そのまま自殺しようと思った。まあ、こうして愚かにも、まだ生き延びている訳だが」
彼女は自虐的に笑い、肩を竦める。
「……会社の悪行を、暴くためか」
「そうだ。せめて、闇に葬られたあの子達を日の当たるところに埋葬してあげたかった。誰にも知られず死んでいった子供達を、皆に知ってもらいたかった。私が今回、人骨装置に彼らのものを使ったのも、理由としてはそこにある」
……ホムンクルスは、禁術だ。
故に、それで生み出された子供達の骨もまた、真っ当な墓地には入れられなかったのだろう。
ゴミのように砕かれ、捨てられた可能性も高い。
それでも残っていた骨は、つまり今回使われた骨は、この人がどうにか隠していたのだと思われる。
「……通報は」
「したさ。無駄だったがな」
そうだろうとは思っていたが、案の定彼女は頷く。
オルド刑事が話していたことを思い出す。
この人は以前に会社を通報し、だがその時は何も証拠が出て来ず、そのまま捜査が終了した、と。
「『マギ・エレメント』は大企業だ。それも歴史のある、な。そういうことの対処の仕方も心得ているし、証拠の消し方も上手い。もしかすると、私の知らないところで賄賂のやり取りがあった可能性もある」
「……通報をして、口封じはされなかったのか?」
「自分で言うのもアレだが、私はこれでもそれなりに有能でね。しかも、愚かだ。解雇するなり、殺すなりしてしまっては、金の卵がもう生まれないと彼らは考えたのだろう。代わりに会社は、私に『金が足りないのか』と聞いてきた。……まあ、彼らにしてみれば、計画を主導した私が突然そんなことを言い始めたのだ。怪訝にも思うだろうさ」
……なるほど。
それで、『マギ・エレメント』に対し本格的な殺意を覚えたのか。
「自分勝手な話だろう? 納得して研究を始めたのにもかかわらず、偽善的に胸を痛め、勝手に会社に対し恨みを抱いたのだから」
「……オルド刑事を、アンタの舞台に引き込んだのは?」
怪人は、まず最初に彼の前に現れた。
劇場でも、彼のことに拘っていた。
「君は知らないかもしれないが、あの刑事さんは本当に優秀なのだ。柔軟な思考に、高い能力。正義感も強い。だから、『正義の味方』とするなら彼にしたかった。きっと、私が犯した全ての犯罪を暴いてくれるだろうと思ったのだ」
「そうか……今朝、俺達の整備部の発表会で人骨装置をばら撒いたのも、おっさんを引き込むためだな?」
「あぁ、本気にさせたかった。私を尾行していることはわかっていたからね。君達の発表会の邪魔をして、特にレツカ君の邪魔をして、本当に悪かった。君から彼女に謝っておいてくれないか」
「そんくらい、自分で謝ってくれ。場を作るからよ」
「それは無理だ。私は、今日で死ぬだろうからな」
ローリア女史は、何やら紋様が彫られた、骨製らしいナイフを懐から引き抜き――させねぇ!
会話を続けながらも警戒を続けていた俺は、刹那の間に距離を詰め、ナイフを掴んだその右腕を蹴り飛ばす。
ヒット。
握りが甘かったらしく、骨ナイフは彼女の手からすっぽ抜け――だが、ナイフを俺に見せたのは、どうやらわざとだったらしい。
液体が舞った。
温かく、粘り気のある液体が、俺の顔に降りかかる。
それは、血。
俺の血では、ない。
いつの間にかローリア女史は、左手にも同じ形状のナイフを握り、自身の腹部を引き裂いていた。
ゴフ、と血の塊を吐き出しながら、だがそれでも微笑みは崩さず、彼女は途切れ途切れの言葉で俺に言う。
「さあ、怪人ファントムの、最後の舞台、だ。禁術に指定、されているもの、の内、私はホムンクルス、洗脳魔法と使用、した。ならば、この際もう一つ、くらい行こうじゃない、か」
ガクリと彼女は膝を突き、次の瞬間、ズゥン、とビルが揺れる。
土埃。
見ると、眼下にあった倉庫の一つが崩れ落ち、その中から何か、デカいものが姿を現し始めていた。
――それは、怪物。
デカい、骨の怪物。
『ガアアあぁアアアあアぁッ!!』
不快で、気色の悪い、魂が不安になるような咆哮。
「あれは、ホムンクルス実験を、利用した生物兵器の、失敗作、だ。『スケルトン・キマイラ』といったところ、だな。悪いが、私の罪に、もう少しだけ付き合って、くれ。だが、危ない、と思ったら、すぐに逃げ、て、ほしい。君には死んで、ほしくない」
「死霊術か……!!」
骨の形状を見ればわかるが、恐らく一種類の生物だけではなく、数多の生物――魔物の特色がその姿に見られる。
恐らく、様々な生物の長所を併せ持った新生物を、ホムンクルス実験によって培われた技術でマギ・エレメントは生み出そうとし、だが失敗したのだろう。
彼女は、その残骸を死霊術で無理やり操っているのだ。
死霊術は、何かを引き換えに発動するものが多い。
自分自身を斬り裂いたのは、あのデカブツを操るための供物か。
「チッ……フィル、説得に失敗した! 俺んところにローリアさんが重傷で倒れてる、人を寄越してくれ!」
『ッ、了解!』
仕込んでいた無線で連絡すると、すぐに彼女がそう言葉を返してくる。
「フフ、君は、説得要員、か。すまないね、迷惑を掛け、て」
「それ以上喋んなッ! アンタは死なせねぇ、生きて牢屋でその罪を償わせてやるッ!」
――ふざけやがって。
これだけ俺達に迷惑を掛けたんだ、アンタの好きなようには終わらせねぇ。
俺は、ワガママなのだ。
今度は、全てを俺の思い通りに終わらせてやる。
ここまで持って行くのに時間が掛かった……。