其は如何にして怪人となったか《2》
ハガレンすこ。
ホムンクルス。
ヒトの手によって生み出された、ヒト。
禁術中の、禁術である。
「洗脳装置に使った、子供の人骨。これ、全部ホムンクルスなんだろ。『マギ・エレメント』の会社で、アンタはホムンクルスの子供達を造り出し、だが何故かは知らないが、それを酷く後悔した。今回の犯行は、その会社の犯罪を知らしめるために行ったものだ。大仰な怪人の素振りは、注目を集めるため、だろ?」
派手な恰好。
禁術に指定されている洗脳魔法の使用。
犯行予告。
怪人が病的な目立ちたがりでないのならば、それらの行動には、確実に意味があるのだ。
「……ホムンクルス、か。どこでそう思ったのかを聞いても?」
「最初は、今朝のアンタとオルド刑事との会話だ。こっそり聞かせてもらっていたんだが、アンタが書いたという論文の中に、『人工生命体による魔法器官生成理論』っつーものがあったな。読ませてもらったところ、アンタにはホムンクルス製造に関する、一通りの知識があることがわかった。勿論、実際に造られないよう、ある程度は情報が伏せられていたがな」
論文は、学園の図書室のデータベースにも存在していた。
学園自体は、すでにとっくに閉まっている時間だが、レーネ生徒会長に連絡し、無理を言って開けてもらったのだ。
その内容は、要約すると『人工生命体に魔法能力は宿るのか』という内容のもの。
「大きなポイントとなるのは、人骨装置だ。使われているのは子供の骨だけで、そしてアンタはこの骨を随分と、本当に丁重に扱っていたらしいな。となると、元々知り合い、それも親しい間柄だったんじゃないか?」
「…………」
俺の話を、否定も肯定もせず、彼女は黙って聞き続ける。
「ただ、ここで一つ、疑問に思うことがある。いったい、アンタがその子供達と、どこで出会ったのか、っつー疑問だ。オルド刑事に話を聞いたが、アンタは教員免許こそ持っているそうだが、今まで教育機関等に所属したことはなく、ここ八年はずっと同じ会社、つまり『マギ・エレメント』に所属しているそうだな」
「単純にプライベートで出会ったのかもしれないぞ」
「いや、一人二人ならともかく、それ以上の数となると、その可能性は考え難い。しかも、それが全員死んでいるなんて、異常過ぎる。アンタのプライベートでそんなことがあったのならば、オルド刑事が掴んでいない訳がない。となると、その子供達の死は表沙汰になっていないと考えられる」
そう、怪人が使った人骨装置の数を考えると、二桁数の子供が死んでいることになるのだ。
そんな事件がこの人のプライベートで起こっていて、それをオルド刑事が掴んでいないなんて、あまりにも無能過ぎる話だろう。
「そして、アンタが標的にした研究者達だ。俺は、そういう方面に関して詳しくないが……アンタと一緒にホムンクルスを造ったと仮定して考えれば、関係性がない訳じゃない。動機も幾らでも出て来そうな感じだ。――つまり、そこを前提としておけば、色々腑に落ちるんだよ」
「フフ、先程よりも探偵らしい物言いだな」
彼女は、微笑を口に浮かべたまま、言った。
「――あぁ、正解だ。私は、あの子達を……ホムンクルスを、造った」
「……わからないのは、何故、こんな回りくどい真似をしたのか、ということだ。何が理由で、アンタは怪人を生み出すに至ったんだ」
何故、こんなことをしなくちゃならなかったんだ。
俺の言葉に、とても、本当にとても疲れたような表情を浮かべるローリア女史。
「愚かな研究者が、あまりにも愚かだっただけさ。長い話になるが……まあいい、この際だ。全て話そうじゃないか。私の罪を」
* * *
「そうだな……始まりは、四年前だ。当時私は、研究というものに取り憑かれていた。知識の探求が全ての中心に存在し、それ以外はどうでも良かった。そしてある時、こう疑問に思ったのだ。『魔法能力は、いつヒトに生まれるのか』、と」
「…………」
その問いに、俺は沈黙する。
普通ならば、きっと『生まれた瞬間から』と答えるのだろう。
だが――多分、それは違う。
魔法能力とは、恐らく魂に根付いている力だ。
魂なんて言葉を言うと、ヒトは半信半疑になるだろうが、俺とフィルだけは、それが実在していると知っているのだ。
「普通は、生まれたその時、魔法能力も授かると答えるのだろう。では、生命の誕生の瞬間とはどこだ? 受胎した瞬間か? それとも胎内にて脳が形成され始めた時か? 私は、それを疑問に思い、君が口にした論文を書いた。すると、それを読んだ会社は私に言ったのだ。『この論文を実際に試し、神秘を解き明かしてみないか』、とね。……愚かな私は、二つ返事で頷いたよ」
……そして、ホムンクルスの子供達が生み出された、と。
「君の言う通り、私が人骨装置で自我を奪った者達は、全員ホムンクルス実験の関係者だ。カプセルで生まれ、『ナンバーズ』と呼称されたホムンクルス達は、薬品投与などを行うことで、通常のヒトの十倍近い速さで成長していった。……正直に言うが、実験は本当に有意義なものだったよ。一からヒトを造り出し、その能力の発達具合を記録していくのは、まさに神の所業を垣間見るような思いだった」
「だが、アンタはその有意義な研究を後悔した。こんな事件を起こす程に」
「……フッ、まあ、単純な話さ。私は、実験動物に情が湧いてしまったのだ」
わざと偽悪的に、『実験動物』なんて言葉を使い、そう言うローリア女史。
「最初は、ただ仕事として、義務的にあの子達に物事を教えていた。成長具合を見るための実験であるため、教育は必要不可欠でね。しかし、共に過ごす日々が増えていくにつれ、その時間は私にとって、仕事というだけではなくなっていった」
「……他の研究者は、アンタのようには思わなかったのか?」
「同僚達はデータを取るだけで、あの子達に関わろうとはしなかったからね。多分、自身の中の倫理観が咎める部分があったのだろう。それでも好奇心を優先したからこそ、研究をやめることはなかったが」
……知っている。
俺も元は王であり、戦争に勝つための研究等はやらせていた。
だから、知っている。
技術の進歩のための研究と、『禁忌』というものは紙一重だ。
そして、研究者というのものは良くも悪くも純粋であり、知識を追い求めて前へと踏み込む者達である。
それが……彼女らの場合は、悪い方向へと進んだのだろう。
「充実した研究と、子供達と過ごす日々。今思い出しても、至福の時間だ。本当に楽しかった。――だが、その後に愚かさの代償が跳ね返ってきた。急激に、子供達の体調が不安定になり始めたのだ」
「…………」
「熱を出し、数日寝込む子が続出してね。恐らく、ヒトの受胎を完全に再現出来ていなかったから、どこかで遺伝子に劣化があったのだと考えている。投薬で、ある程度体調を安定させることは可能だったが、それも限度があった。……不完全な生まれのせいで、彼らは初めから短命であることが運命づけられていたのだ」
俺が何度か見ている、骨。
頭蓋骨。
その先の運命を、俺はもう知っている。
「彼らを自らの子供のように思っていた私は、それはもう必死に延命措置を行ったよ。薬を見直し、機器を見直し、家には帰らずずっと彼らと共にいた。しかし、ある日のことだ。会社は言ったのだ。――『もう十分だ』、と。会社はもう、十分な利益を得ていた。これ以上、この研究に金を出すつもりがなくなっていたのだ」
「それは……」
「そうだ。その日を境に、会社は延命措置を打ち切った。金が無駄だからな。……いや、元よりそういう計画だった。私もまた、最初からそれを理解した上で、研究を行っていたはずなのだ」
彼女は、言った。
「わかるか。結局、最も愚かなのは、私だったのだ。私自身が、諸悪の根源なのだ。怪人の恰好ではなく、道化師の恰好の方がお似合いだったかもしれないな」