レクイエム《4》
――観客席を蹴って跳び上がり、突進を回避。
引っ掻きとも突きとも取れぬ、伸ばされた腕をパシッと払い、背後からの噛み付きを蹴り飛ばして迎撃。
受け流し、避ける。
なるべく無用な攻撃はせず、防御に徹する。
「ったく……よくもまあ、これだけの数を揃えたもんだ!!」
「全くだ、病的に備えがいい!! きっと怪人は神経質なんだろうよ!!」
俺の軽口に、刑事さんはフンと鼻を鳴らしてそんなことを言う。
この人、堅物かと思ったが、意外とノリが良い。
どうやら、オルド刑事と組んで事件に当たることが多いそうだが、流石と言うべきか。
――敵は、洗脳体が六体。
怪人モドキ程ではないが、しかし『マギ・アスレチック・ガンファイト』の際に遭遇した奴のように、通常の洗脳個体よりも一段階動きが良い。
それはもう豪快に暴れてやがり、壊れた楽器が散乱し、照明が天井から落ちて床を割っている。
先程の爆発音によるものか、火災も発生しており、酷い状況だ。
さっさと対処しないと、劇場全体が火に包まれることだろう。
幸いなことに、コンサートホール内にいた者達はほぼ全員逃げ出せたようで、死人や怪我人も見つからない――怪我人がいない?
これだけ暴れていて、怪我人がいない?
それは果たして、偶然が為した奇跡なのか?
いや、それよりは――。
「少年!! ボーっとするな!!」
「っとと」
洗脳個体の一人の攻撃を回避し、後ろに跳んで距離を取る。
「少年、もう下がっていろとは言わないから、せめて集中してほしいね!! 私一人じゃあ、この数は無理がある!!」
そう、圧倒的に手が足りない。
コイツらは洗脳の強度が強いため、解呪に手間暇が必要になる。
だが、一人の相手に集中したくとも、すぐに別の個体が攻撃を仕掛けてくるせいで、全くそんなことをしている暇がないのだ。
二人同時なら、まだ余裕がある。
三人同時は、毛程も余裕がない。
位置取りを工夫することで、上手く俺と刑事さんがそれぞれ三人ずつ相手する形に持っていくことは出来ているが、殺さずに防御するだけで手一杯だ。
せめて、もう一人いれば――なんてことを思った時だった。
「――ユウヒ!」
「! フィル!」
「アンドレ、怪人は!?」
「先輩! すみません、逃げられました……!!」
コンサートホール内へと現れたのは、フィルとオルド刑事の二人だった。
……そうか、俺達と同じことを考え、彼らも二手に分かれていたんだな。
そして、もう片方の候補だった教会で、一緒になったのだろう。
四人もいれば――フィルがいるならば、取れる手は一気に増える。
「フィル、俺の二体を持ってってくれ!!」
「了解っ!!」
俺の意思を完璧に汲み、即座に動き出す我が幼馴染。
「んじゃあアンドレ、俺達はこっちをやるか!! おじさん、若い者には苦労を知ってほしいから、洗脳体の気を引く役目はお前に任せようか!!」
「何でもいいから早くしてください、結構ギリギリなんですよ!!」
――二人が来てくれてからは、早かった。
各々が役割の下に動き、一人ずつ順番に洗脳を解いていく。
複数人の相手をすることこそ面倒だったが、しかし今日一日何度も同じことを行っているため解呪の作業にも大分慣れ、十分程で全員の対処が終了していた。
「フゥ……よく間に合ったな。正直、来てくれて助かった」
俺の言葉に、フィルはコクリと頷いて答える。
「向こうで、刑事さんと一緒になったんだ。だから、運が良かったね」
二人でそんなことを話しながら、刑事二人組の方へと顔を向ける。
「ほら、お前は俺を怒ったが、俺の言った通りだったろ? あの二人は子供とか、学生とか、そういう枠で見るだけ無駄だぜ」
「それでも、子供には変わりありません! 能力があるからと言って、危険に巻き込むのは大人の怠慢です! 全く、そういう型破りなことをするから、先輩は上から睨まれるんですよ」
「おっと、誤魔化せなかったか。――んじゃあ後輩、こっちは俺達でやるから、お前は洗脳装置の方を見てきてくれ」
「……了解です。ですが、後程しっかり話はさせてもらいますからね」
そうして後輩刑事さんが去って行った後、オルド刑事は肩を竦めてみせながら口を開く。
「よし、俺達は早く火の対処をしよう。二人のことだ、それも大丈夫だろう?」
「了解。フィル、俺こっちな」
「じゃあ、僕こっちね」
風魔法で空気を固定し、酸素を供給させないことで発生していた火災を鎮火していき――というところで、ようやく他の警察が到着し始める。
先程までとは、また別の喧騒が辺りを包み始め、にわかに慌ただしくなっていく。
俺達に対し怪訝な視線も幾つか集まったが、上手くオルド刑事が誤魔化してくれたらしく、特に声を掛けられることもなく、もたらされる報告をしれっと一緒に聞く。
俺が怪訝に思った怪我人の件だが、どうやらコンサートホール内にいた者達の中に、避難誘導を促した女性がいたらしい。
事が起こった瞬間、その女性が「避難を!!」と叫び、その声で皆が弾かれたようにすぐに逃げ始めたそうだ。
まあ、怪我人がいなかった理由は、恐らくそれだけではないだろうが――お?
俺は、見たことのある姿が、ホール内にあることに気が付く。
「ローリアさん?」
「あぁ、君もいたのか。……あんまり、子供が危ないことをするんじゃないぞ」
「いやぁ、運が悪かったですよ。ローリアさんの方は……」
俺の疑問には、フィルが答える。
「オルド刑事さんが呼んだんだって。どうやら、ローリアさんの所属する会社が、今回のことに関係があるらしいからって」
「そういうことだ、少年。――どうです、ローリアさん。この被害者の方達……見覚えはありますか?」
オルド刑事の言葉に、ローリア女史はコクリと頷く。
「……あぁ。察しは付いているかもしれないが、全員マギ・エレメントの社員だな」
「……やはり、ですか」
――その時、一つ、俺は思ったことがあった。
「ローリアさん、この人達が何の研究を専門にしているか、わかりますか?」
「ん? あぁ、『魔法人体科学』、『人間工学』、『生物学』を専門とする者達だな。今まで怪人ファントムに洗脳された者達も、その三つのどれかを専門としていたはずだ。まあ、マギ・エレメント自体、そういう方面の会社であるから、当然と言えば当然なのだが」
その答えに、俺ではなくオルド刑事が反応する。
「……多少、その辺りの分野について調べてはみましたが、共通点はなさそうですね。と言っても、同じ研究所に属している以上、何かしら関係はあるのかもしれませんが」
俺も、そういう方面には、詳しくはない。
だが――共通点がない訳では、ないだろう。
俺が思っている『ソレ』に、何が必要になるのかは知らないが、多分、皆関係があるのだ。
と、先程この場を離れた後輩刑事さんが、戻ってくる。
「先輩、置かれていた洗脳装置の横に、犯行予告の手紙が置いてありました。……次が、最後の犯行だそうです」
「時刻は?」
「明日、午前五時二十分。場所の指定はありませんでしたが、今回も地図が置かれていました。多分、その中から特定しろってことでしょうね」
彼らの言葉を聞きながら、俺は思考する。
――ここまでの怪人の動向、そして言動。
今まで聞いた話が、頭の中で整理されていき、まるでパズルのピースのように一つ一つが繋がっていく。
一つの図柄が、出来上がっていく。
これは、推理じゃない。
何故なら俺は、確たる証拠などただ一つも持っておらず、不確かな情報を基に思考しているからだ。
俺が警察関係者でも何でもない以上、出来ることには限りがあり、証拠集めなんてことは不可能である。
しかし……それでも、推測は出来る。
こうじゃないか、という推測は、俺でも可能なのだ。
俺が考える横で、ローリア女史が口を開く。
「刑事さん、怪我人はいるのか? 私は回復魔法も少し齧っているから、治療を手伝えるぞ」
「助かります。ただ、報告を聞く限りだと、転んで打った怪我や、擦り傷を負った方が数人いるだけみたいなので、到着した救急隊員に任せて大丈夫かと。重傷者がいなかったのは、不幸中の幸いですな」
「そうか……ならば良かったよ。……本当に」
ローリア女史はホッとした様子を見せ、一つ息を吐き出して腕を組む。
「…………」
「……ユウヒ?」
こちらを見上げるフィルに、俺は誰にも聞かれないよう耳打ちする。
「フィル。追跡用の魔法、使えるな?」
「……うん。誰に付ける?」
「それは――」
いつも感想、ありがとうありがとう。