レクイエム《2》
「き、君!! 何故来たんだ!?」
チラリと後ろを見る。
――この人は……ちょっと前に、オルドのおっさんと一緒にいた後輩刑事さんか。
立ってはいるものの、息は荒く、冷や汗がダラダラだ。
恐らく、深手を負っているのだろう。
魔力の乱れの位置からして、脇腹か。
……この様子じゃあ、戦力には数えられないか。
「刑事さん、回復魔法は使えるか?」
「……あぁ、使える。ただ、あんまり得意じゃない。軽くだけだ」
「だったら、今は下がって、少しでも動けるように回復しててくれ」
コイツを倒して終わり、ではないのだ。
人手があるなら、頼れるようにしておきたい。
俺の言葉を聞き、だが彼は渋面を浮かべて声を荒らげる。
「子供に任せて、休んでいられるか! 君こそ下がっていなさい!」
「高潔な精神は結構だがな、今はアンタよりも、その子供の方が戦えるぞ。意地張るのも結構だが、それなら戦えるようになってから意地を張ってくれ」
そんな会話を交わす俺達に、しかし怪人モドキは俺を警戒したまま動かず、口を開く。
『アノ時ノ子供ダナ。貴様ガ強イコトハ知ッテイル。ダガ、貴様デハ駄目ダ。貴様ハ役ニ相応シクナイ』
「悪いな、そう言われて『はいそうですか』ってお行儀良く引き下がれる程、上品には育ってねぇ、んだッ!!」
その言葉尻と共に突撃し、俺は攻撃を開始する。
――さて、実際、どうしたものか。
やりようはあると言ったものの、事実としてコイツは強敵だ。
精巧過ぎる操り人形だが、元になっているのは普通の人。
怪人が、どういう恨みを抱いてコイツらを使っているのかは知らないが、あんまりやり過ぎるとその一般人を殺してしまう可能性があり、だが怪人の戦闘技術が高いため、手加減すると普通に俺が負ける。
さらには、ただ獣的に動く敵ではなく、理性のある敵である。
俺が洗脳魔法を解除する動きをしても、回避される恐れがあるのだ。
人形に意思が灯ると、これだけ厄介だとはな。
だが――一度見ている手品である。
『フン……面倒ナ子供ダ。ヨクモマア、ソノ歳デソレダケ戦エルモノダ』
今回もまた結界が張られており、局所的な幻術も使用しているようでのらりくらりと攻撃を回避されるが……そう何度も同じ手を食らうと思うなよ。
時計塔で戦った時のように、広域殲滅魔法『サンドストーム』を使用せずとも、すでに対処は考えてある。
「面倒って言いてぇのはこっちだっつの! だが、手品のレパートリーはもっと増やすことだなッ!!」
紙一重で突きを交わし、奴の懐へと飛び込んだ俺は、その膝に向かって『魔浸透』を発動させた手刀を叩き込む。
攻撃は、透けない。
しっかりと奴の身体へとヒットする。
ただ、怪人本人は怪人モドキと痛みを共有していないため、飛び込んできた俺へと構わず攻撃しようとし――ガクンと膝から力が抜け、転ぶ。
「ハッ、やっぱナマの感覚がねぇんだろッ!! だから、何の攻撃をされたか気付けねぇんだッ!!」」
『ッ――』
――まず俺がしたのは、売店で適当に買った、腕輪の起動。
シオルと千生にあげた指輪に込めていた、精神干渉系魔法を跳ね返す魔術回路、『マインドプロテクト』をこれにも予め仕込んでおいたのである。
彼女らに渡したものは、一度しか起動しないものの、どれだけ強力な魔法でも全て解呪出来るようにしたが、俺のはそれと違い、強力な魔法は跳ね返せないものの持続して発動可能なようにしてある。
と言っても、本当に間に合わせの品であるため、効果は一分も持たないがな。
そうして奴の姿が捉えられるようになったため、次に『魔浸透』を纏った手刀を叩き込み、奴の脚の魔力循環を絶ったのである。
ただのヒトならば、それでもまだ動けるだろうが、コイツは全身を魔法で縛られた人形。
脚を巡る魔力を絶たれれば、当然使い物にはならなくなる。
今日一日で何度も洗脳個体と戦っているため、奴の魔法がどこを通り、どこを攻撃すればその魔法が断てるのかも、もうわかっているのだ。
――前回と合わせて考えると、奴が人形とリンクさせているのは、まず間違いなく自身の動きのみであると考えられる。
つまり、五感が切り離されているのだ。
五感を得られていないということは、接触した時の感覚がないということ。
接近戦で、しかも殴り合っている時にそれは、大きなハンデである。
俺は転んだ奴の背に向け、さらに数発の『魔浸透』を叩き込む。
後は、前々回の対応と同じだ。
マギ・アスレチック・ガンファイトの時と同じく、魔法の構造を十分に弱らせたところで、上から俺が洗脳魔法を重ね掛けする。
怪人モドキと繋がっていようが、関係ない。
俺と魔法技能で張り合えるのは、フィルだけだ。
その身体の支配権は簡単に俺の手に落ち、瞬間魔法を即解除することで、洗脳を解く。
怪人モドキはビクビクと痙攣すると、やがて全く動かなくなり――仮面だけが、喋り始める。
『……致シ方ナイ』
『律義ニ時間ヲ守ル意味ハ無イ、カ』
――二つ目の声は、横から聞こえてきた。
近付く気配。
とっさの動きで腕を顔の横に上げ――衝撃。
痛みを感じるよりも先に、俺の身体が横に吹き飛び、壁に激突する。
防御したため、大したダメージは負わなかったが、それでも重い鈍痛がジワリと腕を蝕む。
――先程まで俺が立っていた位置にいたのは、やはり、怪人。
だが……一目見て、俺はそのことを理解する。
間違いない。
「お前……本物だな」
『初メマシテ、ト言ッテオコウ。我、混沌ヲ齎ス者ナリ。愚者ヲ笑ウ者ナリ』
怪人は、そう言って大仰に一礼したのだった。
今章入ってから言えること。
ユウヒ、全然イルジオン乗らんやん。