レクイエム《1》
――陽が完全に落ち、夜の帳が下りた頃。
ユウヒと別れ、教会へと向かったフィルは、ポツリと呟いた。
「……これ、ハズレかな」
一目見て、それを理解する。
――思っていた以上に、こじんまりとしていたのだ、教会が。
人は多いが、身内の催しといった感じであり、怪人の選んだ場として相応しいように思えないのだ。
ただの勘だが、しかし元勇者の勘である。
すぐに見切りをつけたフィルは、踵を返し――。
「チッ……ハズレか!」
その声の方向へと顔を向けると、そこにいたのは、つい今日知り合った刑事。
「オルドさん!」
「! 少年と一緒にいたお嬢ちゃんか!」
彼もまたフィルの存在に気付き、少し驚いたようにそう言葉を返す。
「あなたもこちらを見に?」
「……あぁ、それっぽいのが二つあったから、俺はこっちを見に来た。お嬢ちゃん達も同じことを考えたみたいだな。少年は、もしや劇場の方か?」
「はい、手分けして分担して、僕はこっちに」
「……よし、車に乗ってくれ。すぐに移動しよう」
「わかりました、お願いします!」
* * *
――犯行時刻まで残り四十三分。
「これは……当たりだな」
辿り着いた、劇場。
入場は無料であるようなので、ありがたく建物内を進みコンサートホールの中へと入ると、すぐに演奏が聞こえてくる。
人は多く、広いホールの客席、凡そ四分の三程が埋まっており、あまり音楽には詳しくない俺でも綺麗で壮大だと思うような、何だかすげぇ曲が奏でられている。
ゆっくりと聞いていたいところだが……残念ながら、その余裕はない。
劇場入り口の受付からもらったパンフレットを見てわかったが、今から三曲後――最終曲目であり、恐らく犯行時間と重なるであろう演奏曲に、『鎮魂歌』の文字が入っているのだ。
人が多く、犯行が宣伝しやすく、死者への手向けとなるこの場所。
まず間違いなく、怪人はここに次の仕掛けをしたと思われる。
「フゥ……」
コンサートホール内の一番後ろで、俺は席には座らず、目を閉じる。
深呼吸し――そして、自身の魔力を周囲へと放ち始める。
追え。
探せ。
どこかに違和感があるはずだ。
薄く、広く拡散させ、だが決して俺との繋がりは断たず、自身のテリトリーを増やす。
ソナーのように返って来る反応を立体として捉え、精査していく。
集中が切れた途端、俺の魔力は全て空中に溶けて消えてしまうが――やってやれないことはない。
人。
音。
人。
人。
物。
人。
物。
物。
人。
揺れ……揺れ?
激しい、魔力の揺れ。
これは……誰かが魔法を使っている。
そして、一定のリズムの揺れではなく、これだけの激しい動きとなると、それは戦闘中であるということを意味する。
――見つけた。
位置は、このコンサートホール内ではなく、そこから一つ奥の辺り。
恐らく楽屋だ。
俺は、即座にホールから出ると、走り出した。
* * *
「クッ……!」
激しい猛攻に、オルドの後輩刑事――アンドレは、渋面を浮かべて防御を続ける。
彼へと攻撃しているのは、怪人ファントム。
一方的な戦闘だった。
元々アンドレは、後方で情報を精査する方が得意であり、現場向きではない。
学区祭という特殊な期間であることに加え、『怪人ファントム』などというものが暗躍しているため、人手が足りずに彼までもが現場に駆り出されているのだ。
それでも、エリートである『魔導刑事』の職に就いている以上、武芸もそれなりのレベルで身に付けているが――実力は、明らかに怪人の方が上であった。
『貴様ハ呼ンデイナイ。サッサト応援――オルドヲ呼ベ』
「フン、とっくに、呼んでいる、さ!! 着々と証拠は、集まっている!! お前はもう終わりだぞ!!」
『ワカッテイナイナ、刑事。モウ、終ワッテイルカラ、行動ヲ起コシタノダ』
「何、グッ――!?」
怪人の言葉に意識を取られた次の瞬間、脇腹に回し蹴りが突き刺さる。
身体強化魔法が乗ったその一撃は、細身でもしっかりと鍛えられているアンドレの身体を簡単に吹き飛ばし、廊下の壁へと激突させる。
あまりの痛みに、一瞬意識が空白になる。
恐らく、骨も数本折れただろう。
ブワリと身体から冷や汗が流れ出し、一瞬でも油断すれば気絶してしまいそうだが、それでもアンドレは、ガクガクと足を震わせて立ち上がる。
犯人の前で、倒れてはいられないという刑事の意地が、彼の身体を動かす。
だが、重い傷を負ったことは間違いなく、元々地力に差があった以上アンドレを倒すのはより容易になっていたが……怪人はそれ以上攻撃する意思を見せず、ただ彼の前に立つ。
『応援ヲ呼ベ。オルドヲ呼ベ。目撃者ニハ、奴ガ相応シイ』
再度怪人の口から出る自身の先輩の名に、アンドレは痛みに歯を食い縛りながら、問い掛ける。
「何故、先輩に、こだわ、る?」
『奴ニハ能力ガアルカラダ』
怪人の言葉の意味がわからず、怪訝に顔を歪めた――その時だった。
何かがアンドレの横を駆け抜け、怪人へと突撃する。
怪人はすぐに防御し、一歩後ろに下がると同時、反撃。
それを乱入者は容易く回避し、さらに攻撃を続ける。
――刹那の間に、どれだけの攻防が行われただろうか。
たまたまか、お互いが間合いを取るための動きを見せたことで距離が開き、二人は対峙する。
「それも、洗脳した個体か?」
『アァ。ダガ、今回ノトレース用装置ハ、モットワカリニクイ場所ヘ隠シタ。私ヲ無視シテ、探シニ行ケルカナ?』
「無視なんてしねぇよ。ここでお前を戦闘不能にすりゃあ済む話だ。洗脳個体で痛みを無視出来るとしても、やりようはあるって教えてやる」
――現れたのは、昼間オルドと共にいた学生だった。