一時帰宅
――おっさんと別れた後。
晩飯もあるし、家でシオルと千生が待っているため、一旦自宅へと向かいながら俺達は、駅の百貨店で買った地図を覗き込んでいた。
「円は、この範囲だったな。『我が望むらくは、レクイエム。歌え、踊れ。しからば罪は暴かれる』……フィル、何だと思う?」
「……まず、一つ。怪人のヒントは、文言が少ない。となると、普通に考えて、このヒントの中心に位置するのは『レクイエム』だと考えられるね」
「同感だ」
後半部の文言が、どう関係があるのかはまだわからないが、やはり前半部の『我が望むらくは、レクイエム』の文章が、奴にとって最も言いたいことだろう。
「それで、ここまでの動きからして、怪人は自身の犯行を知らしめたいと思っている節があるよね?」
「あぁ、おっさんもそう言っていたし、俺もそう思う」
わざわざ犯行予告をして、自身の犯罪をひけらかす奴だ。
バレないよりは、バレてほしいと思っていることは間違いない。
「『レクイエム』というのは、死者への手向けに行われるもの。なら、どう考えても軽いものじゃない。今日行われた二つの犯行よりも、さらに大掛かりで大きなものになるんじゃないかな」
「……となると、そこに選ぶ舞台もデカいものになるか。……そういや家に、学区祭のしおりがあったな?」
「うん、急いで帰って確認しよう。多分、調べればこの範囲内でそれらしい催しも見つかるはず」
そうして俺達は、急いで自宅へと戻り――。
「ゆー、ふぃー、おかえり」
「おかえり、二人とも。怪我はない?」
すぐに出迎えてくれる、二人。
「あぁ、大丈夫だ。心配してくれてありがとな――って、いい匂いするな?」
「ホントだ、美味しそうな匂い」
「二人とも忙しそうだから、屋台で売っていたのを買っておいたの。ちょっと冷めてきちゃってるだろうから、すぐに温めるわ」
「おいしそうなの、えらんだ」
そう言って二人は、テーブルの上に置かれていた、ビニール袋に入っていた使い捨てタッパーを取り出して俺達に見せる。
「おぉ、助かる。実はこの後もまだ外に出るつもり――って、あー……随分と、粉物が多いですね……?」
確かに、屋台に売っているものと言えば、といった感じのラインナップだが……。
「ん、みんながかってたの、かってきた」
「えぇ、多くの人が並んで買っていたから、きっと美味しいわ」
自信満々の様子で、胸を張る二人。
……この二人の料理のセンスは、割と独特だったな。
昨日の肉料理も、用意してくれたのは嬉しかったのだが、もう肉肉しかったし。
千生は置いておくとして、シオルの料理の腕も着々と上がってはいるのだが……いや、頑張っていることは間違いないし、何も言うまい。
今後を温かく見守ることにしよう。
「あー……ありがとう、嬉しいよ。な、フィル」
「あはは……ま、まあ、すぐに食べられるものはありがたいよ。とりあえず、ご飯の準備しよっか」
「任せて、私達がやるわ。二人は座って待ってて」
「まってて」
そう言って二人は、張り切って晩飯の準備を始める。
「……あの二人、少し見ない内に仲良くなったな」
「フフ、こうして見ると、あの子達結構似た者同士だよね。ちょっと不思議ちゃんなところがあるのも似てるし」
「二人が揃うと、料理の不思議ちゃん度も爆上がりだもんな」
「そこは……うん、今後ゆっくり覚えてくれればいいよ」
苦笑しながら、フィルはテーブルの上に置かれていた幾つかの雑誌の中から、分厚いソレ――学区祭のしおりを取り出す。
「あったあった。ユウヒ、地図」
「おう」
そうしてシオル達が飯の準備をしてくれている横で、一旦俺達はソファの方に移動すると、地図としおりを照らし合わせて怪しいと思われる場所を探す。
次の犯行予定時刻は、二十一時二十二分。
学区祭の夜の終わりは二十一時半なので、かなり終了間際の時間帯だが、この学区祭は本当に規模が大きい。
そんなギリギリの時間帯でも、屋台なんかのみならず、学区祭二日目終了まで行われている催し物はそれなりの数があるのだ。
ただ、怪人の指定した円の中で、『レクイエム』に関連したものと考えると、自然と数は絞られ――。
「……それっぽいのは、この二つか」
「うん、僕も怪しそうなのはそれだと思う」
――候補は、二つ。
それは、『教会』と『劇場』。
教会では、合唱団が讃美歌やら何やらを歌い、そして劇場では、どこかのオーケストラや吹奏楽団が、合同で音楽の発表会をやっているようだ。
後者の方は、特に『レクイエム』と関係がないように思われるが、曲目の中に『鎮魂歌』と名の付くものがあるのだ。
他にそれらしい催しは見つからない。
どちらもテレビ中継されるような大掛かりなものであるようだが……。
「……『我が望むらくは、レクイエム。歌え、踊れ。しからば罪は暴かれる』。今回は、前の二つの犯行と違って、場所の指定がやっぱり曖昧な感じだね」
「どちらが当たりかまでは、流石に地図としおりを見るだけじゃわかんねぇか。……よし、じゃあ教会はフィルに頼む。劇場は俺が行く」
「わかった。片方が当たりだった場合、多分もう片方は応援に向かえないだろうから、気を付けて。……まあ、僕達で相手が無理なら、それこそもうどうにもならないような事態だろうけど」
「そりゃ間違いないな」
俺達で相手出来ないようなのが出て来たら、それこそ警察でも、いや軍隊なんかでも、総軍で掛からなければ対応は無理だろう。
自分で言うのもアレだが、俺もフィルも、割とマジで一騎当千なので。
前世だったら、一騎当万だったけどな!
と、分担を決めたところで、シオルと千生が飯の準備を終えてくれたらしく、俺達を呼ぶ。
「二人とも、用意出来たわ。……本当は、あんまり危険なことはやってほしくないのだけれど、二人がやると言ったからには、誰が止めてもやるのでしょう。だから、しっかり食べて、無事に帰ってきて」
「ん、いつき、いつでもふたり、たすける」
俺達は二人に感謝し、英気を養うべく食事を始めた。
――さあ、怪人よ。
俺はこの学区祭を普通に楽しみたいのだ。
だから――お前は、邪魔だ。
俺の生活圏内で色々やってくれやがって。
お前の企みは、全て失敗に終わらせてやろう。