時計塔の戦い《2》
――洗脳魔法を使うところから、ある程度察しておくべきだった。
怪人が使っているのは、まず間違いなく幻術。
だが、オルド刑事までは知らないが、俺もフィルも幻術に嵌められて気付かない程腑抜けてはいない。
仮にも世界を二分して戦った、元魔王と元勇者だ。
幻術に掛けられたらその時点で気付く。
だから、コイツはピンポイントで、本当に最小限の幻術のみを使用して、こちらを欺いているのだろう。
奴の実体は、確実にここに存在している。
しかし、恐らく俺達の目測が微妙にずらされており、そのせいで攻撃がヒットしていないのだと思われる。
言わば、ホログラムの立体映像を、もう一枚自身の身体に張り付けているようなものか。
あとは……この張られた結界も、奴の幻術をわかりにくくしている理由の一つか。
空間全体を『結界魔法』という魔法が覆っているせいで、他の魔法が感知しにくくなっているのだ。
初見ならば圧倒されるであろう、手品が如き攻撃だが――タネがわかれば、対処は可能だ。
身体的な戦闘技術に限って言っても、相当なものを有していることは間違いないが、俺の方が上だ。
俺は、元魔王である。
こんな変な恰好の奴に負けでもしたら、とんだ笑い者だ。
……いや、まあ俺も、昨日今日と変な恰好をさせられていたが。
「おっさん、犯行予告までの時間は!?」
「あーっと……残り二十分!!」
怪人の攻撃をいなしながら、自身の腕時計を確認し、そう答えるオルド刑事。
時間の余裕はある。
が、装置の解除に、どれだけ掛かるかはわからない。
前回の時は、すでに人骨装置は起動しており、口だけの脅しだったが、今回もまたそうだと勝手に楽観視するのはアホの所業か。
――ご苦労なことに、わざわざ自分から出て来てくれたのである。
コイツはここで、お縄についてもらうとしよう。
「おっさん、付近に別の場所を捜索してる警察もいんだろ、念のため応援を呼んでくれ!! フィル、こっちは俺とおっさんでやる、お前は解除を頼む!!」
「大丈夫だ、すでに応援は呼んだ!!」
「任せて!!」
怪人の横をすり抜け、奥へと走り抜けるフィル。
当然、それを阻止しようと奴はフィルの背に回し蹴りを放つが、その前に俺が割り込む。
「お前の相手はこっちだッ!!」
怪人の、残った軸足に足払いを掛ける。
目測がずらされていても、確実に攻撃を当てるべく、広くグルンと半円を描くようにして足払いを掛ける。
その攻撃自体は、動作が大振りになったことでピョンと飛んで避けられてしまったが、しかしその間にフィルは離れ、奥にあった階段からさらに上へと登り始める。
彼女の背を追うかと思ったのだが、怪人は割り切り良く追いかけるのを諦めると、残った俺とオルド刑事へと攻撃を再開する。
「おっさん、コイツはピンポイントで幻術を使って、俺達の目測から自身の位置をずらしてやがる!! 今から割り出すから、そこから畳み掛けんぞ!!」
「やっぱ使ってんのは幻術か!! オーケー、頼むぜ!!」
こういう時に使う魔法は、一択。
俺は瞬時に魔力を練り上げると、それを発動した。
――広域殲滅魔法『サンドストーム』。
砂嵐を発生させ、全てを巻き込んで滅ぼすという、広域殲滅魔法『風伯』に近いような魔法だ。
つっても、室内でそんな大威力のものを放ってしまえば、時計塔ごと崩壊する可能性が大なので、今俺が起こしたのは威力を大幅に絞った、砂埃程度のものである。
そんな威力では、多少視界が悪くなる程度の効果しかないが、しかし攻撃用に放ったのではないため、それで構わない。
今回これは、索敵用に放ったのだ。
たとえ目測をずらされていようとも、空間に砂を充満させれば、自ずとその位置は浮彫りとなる。
――いた。
一人分、怪人の横に存在している空間。
コイツの戦闘技術ならば、自身の位置が割り出されても即座に対策される可能性があるため、これで終わらせる。
まず先に、浮かび上がった人影へと突っ込んだのは、オルド刑事。
どうやら剣術も嗜んでいるらしい、彼の鋭い警棒の振り下ろしに、怪人は一歩下がって回避。
だが、おっさんの攻撃はそこで終わりではない。
巧みな連撃を繰り出し、確かな存在感を放っている。
そう、存在感だ。
おっさんは大分派手な攻防を繰り広げているのだが、あれはわざとだ。
俺のために、自身に意識を集めさせているのである。
怪人も、彼の存在感の強さを無視出来ず、俺を警戒していても自然と彼に意識が割かれてしまっているのが見ているとわかる。
その隙を、逃しはしない。
怪人の視線から俺が外れたのを見て取った瞬間、一息に距離を詰め、胴へと回し蹴りを叩き込む。
――クリーンヒット。
内臓を確実に捉えた、肉を打つ感触。
精鋭軍人であったとしても、生物ならば確実に悶絶して倒れるであろうその一撃に――だが怪人は、何事もないかのように、平然と反撃の蹴りをこちらに放った。
「なっ――!」
――おい、まさかコイツ。
両手での防御は間に合うも、身体強化魔法込みの、その蹴りの威力に俺の身体が軽く浮き、後ろへズササとスライド移動する。
イルジオンが纏う魔力障壁を、俺は自分で組み上げて纏うことが出来るため、戦闘を開始した時点からそれを身体の輪郭に合わせて展開しているのだが、今の一撃でヒビが入ったのを感じる。
生で食らったら、両腕がバキバキに折られていたことだろう。
「チィッ、今の少年ので倒れねぇのか……!!」
「……おっさん!! ちょっとの間でいい、正面受け持っててくれ!!」
「オーケー!!」
彼が怪人――怪人モドキの相手をしてくれている間に、俺は一旦『サンドストーム』を解いて周囲の観察を開始する。
……この精度となると、人形を操る『糸』がまず間違いなく必要になる。
探せ、必ずこの場にあるはずだ。
建材。
組まれた足場。
散乱した工事用具。
――微かな魔力。
張られた結界に紛れ、ともすれば勘違いじゃないかと思ってしまう程の、微弱な反応。
俺は、怪人を無視して魔力の反応の元へと向かう。
――あった。
覗き込まなければわからないような死角に設置された、人骨を使用していると思われる何らかの装置。
これも人骨装置なのだろうが……組まれている機構は、今まで見たことのあるものより大分複雑であることがわかる。
これが、奴の秘密だ。
踊らされたな。
コイツのトリッキーさに惑わされた。
俺はすぐに壁から剥がすと、バギリと握り潰す。
瞬間、怪人モドキの身体がビクンと跳ね、洗練されていたその動きが、獣染みた、本能に準じたものへと変化する。
「ああァアあァああぁアあ」
「何……?」
オルド刑事も気付いたのだろう。
怪人モドキの豹変に一瞬おっさんは面食らうが、相手の動きが一気に雑になったため簡単に奴の攻撃を回避して顔面をガッシと掴むと、何らかの魔法を発動する。
それは、俺の知らない形式のものだが、どうやら解呪魔法だったらしい。
怪人モドキはビクビクと身体を震わせたかと思うと、次の瞬間には床に崩れ落ち、動かなくなっていた。
そしておっさんは、倒れた怪人モドキの仮面を手に取り、外す。
「……おっさん。コイツも洗脳魔法の被害者だ」
仮面の下の顔は、白目を剥いた中年の男のもの。
だが、コイツは怪人じゃない。
ただの、操り人形である。
「……信じらんねぇな。コイツのさっきの様子から、少年の推測が当たりだろうが……コイツは途中まで、確かな意思ある者じゃないと無理な動きをしていたぜ?」
「あぁ。どうやら哀れなこの被害者には、二段階で魔法が掛けられたみたいだな。まず洗脳魔法で完全に自我を奪い、その上でもう一つ、怪人の動きをトレースさせる魔法を使われてたんだろうよ」
「……さしずめ、マリオネット、か」
倒れた男を見下ろしながら、ポツリと呟くオルド刑事。
そういう、他者を自身の思い通りに動かす魔法は何度か見たことがあるが……ここまでの精度のものとなると、前世を含めても初めてだろう。
ただ、これだけの特異な力となると、それがすでに犯人へと繋がる道筋になるはずだ。
「おっさん、怪人はまず間違いなく精神干渉系魔法のスペシャリストだ。その筋から、犯人の特定も行けるんじゃないか?」
「おう、この後すぐに当たってみる。――とりあえず少年、上に向かったお嬢さんのとこへ向かうぞ。門番は倒せたが、人骨装置の解除が間に合わなかったら意味がねぇ」
「了解」
そう話しながら俺は、転がった仮面を、何とは無しに拾い上げ――。
『――人ヲ、殺シタイト思ッタコトハアルカ?』




