時計塔の戦い《1》
駅の中へと入った俺達は、設置されていた階段を一番上まで登る。
関係者以外立ち入り禁止のプレートが付けられた扉があったが、どういう訳か鍵が掛かっていなかったので、躊躇せずその中に入る。
一般的には公開されていないそこは、建材や工事道具などが無造作に置かれており、雑多な感じだ。
今は工事が行われておらず、人が皆無であるからか、すぐ隣の広場では祭りが行われているはずなのに、どことなくひっそりとした印象を受ける。
――いや、皆無じゃないか。
「お、やっぱ来たな、少年」
「オルド刑事」
角に立ち、こちらへとヒラヒラ手を振るのは、今日は縁があるらしい警察官。
階段のところの扉を開けたのは、この人か。
「えっと、朝の刑事さんですね」
「アンタ一人か?」
俺達の言葉に、彼は順々に答える。
「どうも、お嬢さん。おう、そうだ。ここが当たりっぽいから、応援を呼ぼうと思ったんだが、先に君らが来ちまってな。全く、ダメだぞ、危険なことに首を突っ込むのは」
……なるほど、初めからこっちを待っていた、と。
この人は恐らく、使えるものは何でも使う性質の人なのだろう。
危ないからと追い返されるよりは断然マシだが……相変わらず、とんでもねぇ刑事である。
ま、力を認められたとして、ありがたく思っておこう。
「んで……一応聞いておきたいんだが、少年。そっちのお嬢ちゃんを連れて来たってことは、頼りになると見ていいんだな?」
「あぁ。俺よりおっかないぞ」
「ユウヒ、蹴るよ」
俺達のやり取りに、彼は愉快そうに笑う。
「ハハハ、そうか。ま、んじゃあ、何かあったとしても、ここに来た以上自力でどうにかしてもらうぜ、お二人さん」
「そこに関しては問題ない。こっちはこっちでどうにかする。――で、何かあったか? 先に見てたんだろ?」
「あぁ。来てくれりゃあわかる。こっちだ。ここから一歩先へ踏み込めば、感じられるだろうぜ」
意味深な言葉と共に、歩き出した彼の後ろを付いて行き――それから、すぐだった。
空気が変わる。
冷たく張り詰めた、気持ちの悪い空気。
「これは……珍しい魔法だな」
「ん……結界魔法だね」
結界魔法。
一定領域内を術者の思惑通りの空間へと変える魔法であり、基本的な使用方法としては、イルジオンが持つ『魔力障壁』と同じように防御目的で使うことが多いのだが……。
「正解。どういう効果があるのかまでは、まだわからんが――」
『コノ結界ハ、アル魔法ノ効果ヲ拡散サセル為ニアル』
――声。
三人が一斉に顔を向けると、いつの間にか奥に立っている人影。
仮面に、シルクハットと燕尾服という、歌劇にでも出て来そうな奇抜な格好。
「怪人ファントム……!」
オルド刑事の、緊張したような声。
「……なるほど、コイツが」
「……ファントム、ね」
ス、と鋭い眼差しになり、俺の思ったことと同じことを言うフィル。
――気付けなかった。
警戒していたのに、俺も、フィルも。
ここに何かがあると予め心構えをし、オルド刑事と話していた時も決して気を抜いたりなどしていなかったのに、存在を感知出来なかった。
その意味は、限りなく大きい。
いや……今こうして眼前に立っていてなお、気配を感じ取れない。
まるで蜃気楼であるかのように、ともすれば幻覚なんじゃないかと思う程に、存在感が無いのだ。
『何ノ魔法カハ、モウ、言ワズトモ理解出来ルダロウ。効力ガ及ブ範囲ハ、駅前広場全体』
「何ッ!?」
オルド刑事の声を聞いても特に反応を見せず、怪人は自分勝手に言葉を続ける。
『仕掛ケタ装置ハ、コノ奥。サア、私ヲ止メテ見セロ――』
そう、奴が言い終わる前には、すでに俺は動き出していた。
瞬時に身体強化魔法を発動し、一歩で距離を詰めると、その勢いのままハイキックを繰り出し――が、その攻撃は外れる。
いや、俺の一撃は確かに奴の身体に届いたのだが、蹴りが奴の顔面をすり抜けたのだ。
なるほど、フィルが使うような、幻術で生み出した分身体か。
気配がないのも当然――!?
「ッ!!」
その時、分身体から繰り出される、俺の首を狙った手刀。
強烈な危機感を感じ、咄嗟に腕を振り上げて防御。
接触。
腕に感じる鈍い痛み。
――コイツ、分身じゃないのか!?
「シッ――」
次にこちらに飛び込んでくるのは、フィル。
横合いから、恐らく『魔浸透』を発動しているのだろう掌底を奴の胴体へと放ち、が、それもまたすり抜ける。
「ソイツの服は、魔法効果を反射する!! 以前それでやられたことがあるから気を付けろ!!」
そう俺達に注意を促しながら、オルド刑事は警棒を抜き放ち、こちらへと駆け寄って戦闘に参加する。
――そこから、しばし攻防が続く。
俺とフィルが連携し、ひと時も休ませず攻撃を加え続ける。
流石、と言うべきか、オルド刑事も高い戦闘技術を有しており、俺達の連携の補佐を的確に務めてくれている。
が、倒せない。
こちらの攻撃がことごとく透かされ、当たらず、代わりに奴の攻撃には実体があり、食らってしまうのだ。
いや、そもそもこの身の熟し。
コイツ、相当な武闘派じゃねぇか。
俺達を相手にして、一歩も引かず対等にやり合ってやがるとか、ちょっと信じらんねぇぞ。
フィル以外に、こちらの世界でこれだけ戦える奴を見るのは初めてかもしれない。
――ただ、こういう戦い方をする奴は、前世でならば見たことがある。
というか、俺の部下にいた。
惑わし、何をしているか気付かせず、困惑の内に相手を潰すのだ。
そうか、コイツ――精神干渉系魔法のスペシャリストか。