マギ・アスレチック・ガンファイト《5》
――よし、大体の魔法の構造は理解した。
どうやら、男の食らった洗脳魔法には自動修復効果が組み込まれているようだ。
普通、魔法はその構造が一部でも崩されたらそのまま崩壊するため、『魔浸透』はそれを狙って放つ攻撃である訳だが、コイツのはたとえ一部が壊れようが他が修復を開始し、刹那の間に元に戻ってしまうのである。
非常に高度な魔法だが――ま、俺の魔法能力の方が高い。
フィルが仕掛けたものじゃねーなら、解ける。
ただ、これは『余興』だ。
ただの見世物としなければならない。
「…………」
攻撃を受け流しながら、周囲を確認する。
マギ・アスレチック・ガンファイトは、フィールドに幾つもの障害物が設置されており、それを遮蔽物にしたり、その上を飛んだりと、三次元の空間で戦う競技らしい。
男のヘイトが俺以外に行かれると大分困るので、今はわざと少し開けたところで奴との攻防を続けているのだが……よし。
「失礼、お借りしますね」
「えっ、ちょっ――」
俺は、フィールドの端のテーブルに並んでいたペイント銃の一つを勝手に借りると、跳んで男の前へと戻る。
「さあ、続きと行きましょうか。洗脳はちゃんと解いてあげますから、多少は茶番に付き合ってもらいますよ」
「ああァアああァあああアぁああ」
オーケーという返事代わりに噛み付いてきたので、回避して俺は、競技場全体に聞こえるよう声を張り上げる。
「我が名はメイド仮面! 悪を裁く正義のメイドです。この学区祭に現れし白衣怪人よ。我が正義の鉄槌を食らってもらいましょう!」
正義のメイドて。
白衣怪人て。
我ながら何やってんだ、という思いが沸々と胸中に湧いてくるものの、もうここまで来たら躊躇した方が負けなので、恥を押し殺して叫ぶ。
「食らいなさい、メイド仮面ファイア!」
謎の技名を叫ぶと同時、ぱちゅんぱちゅんとハンドガン型のペイント銃を撃ち、男の白衣を染め上げる。
無論、これはただのペイント弾なので何の攻撃能力もないが、しかし視界を奪うことは出来る。
全弾必中、というのは俺には無理だが、しかし撃った内の数発が顔面にヒットし、男は本能に根付いた反射的な動きで両目を瞑る。
安心しろ、ここのペイント弾は目に入っても問題ないって聞いてる。
事が終わったら、ちゃんと洗ってやるよ。
その隙に、俺は一気に距離を詰め、『魔浸透』を発動した掌底を叩き込む。
一発では魔法を破壊出来ない――いや、俺が本気の一撃でやれば壊せないことはないが、それこそ廃人待ったなしになってしまう。
だから、自然と威力は抑えめになってしまうが、一発でダメならば連打だ。
合間合間にペイント銃で牽制しながら、奴に一息も吐かせぬ間に連撃を叩き込む。
頭部。
腹部。
四肢。
音叉のように、男の体内にて俺の魔力を反響させ、洗脳魔法の構造を揺るがす。
男の体内魔力の循環が、鈍る。
――ここだ。
俺は、トドメの掌底を叩き込むと同時、洗脳魔法を発動した。
つまり、上書きである。
奴を支配する洗脳魔法の構造が緩んだところに、それをそのまま利用して新たに洗脳魔法を発動することで、制御権を奪う。
最初に男が掛かっていたものは、男の魔力によって発動していたが、今俺が上書きしたものは俺が『魔浸透』で流し込んだ魔力によって発動している。
そのため、新たに発動した洗脳魔法は数瞬で魔力を使い切り――完全に霧散する。
次の瞬間、男はガクリと、糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。
「決して、悪が栄えることはありません。何故なら、全ての悪は、このメイド仮面が打ち砕くからです……」
テレビのなんかで見た、それっぽい決めポーズをすると同時、場内に巻き起こる拍手。
フゥ……どうやら、上手くいったようだ。
* * *
「――君、困るよ。突然やって来て、自分のところの宣伝されても」
渋面を浮かべてそう言うのは、高等部の生徒らしい男子学生。
恐らく、今回のを開催した責任者なのだろう。
「申し訳ありません。ただ、こちらにもそれなりに事情がありまして」
「事情があると言っても、無断であんなことをして――」
「――いや、すまないね、君」
その時、彼の言葉を遮って現れるのは、オルド刑事。
チラリと視線を送ると、彼は胡散臭い笑みでコクリと頷く。
どうやら、そっちは無事、対処が終わったようだ。
「……どちら様ですか?」
「こちらはこういう者だ。悪いね、大事にしたくなかったから、彼――彼女に見世物の一つとして周囲に見てもらえるよう、頼んでいたんだ」
「えっ……け、警察!?」
胡乱気な視線をオルド刑事へと向けていた彼は、警察手帳を見せられ、驚愕の表情を浮かべる。
「じゃ、じゃあさっきの男性は……」
「本当に暴れていたんだ。ただ、それを公にしてしまうと、この催しを潰してしまう可能性があってね。君は彼女に感謝するといい。――さ、我々はまだやることがある。後で少し話を聞かせてもらうかもしれないが、とりあえず君はこの催しを進めてくれ」
そうして、男子学生がこちらをチラチラ見ながら去って行った後、オルド刑事はニヤリと笑みを浮かべる。
「上手くやったようだな、少年」
「えぇ、どうにか――オホン、あぁ、どうにかな。そっちは?」
「……なんつーか、少年も大変なんだな」
「ほっとけ」
オルド刑事は笑い、だがすぐに真面目な表情へと戻って言葉を続ける。
「あったぞ、人骨装置の大型版。――頭蓋骨だった。しかも、起動済みだ。どうやら、少年が戦っていた相手が、装置の餌食になっていたようだな」
「……そうじゃないかとは思ったよ。この男に掛けられていた洗脳魔法は、すげー深いもんだった。解呪に失敗すれば、そのまま廃人になるか死ぬかってくらいのな」
俺とオルド刑事は、倒れて眠っている白衣の男へと顔を向ける。
「……全然関係ないんだが、少年はどこでそういう技術を身に付けたんだ?」
「そりゃ勿論、学園で、さ。それより、話は今ので終わりじゃないんだろ?」
「……あぁ。これは、あんまり言いたくないんだがな。元々、その可能性が高いとは思われていたんだが……」
そこで、躊躇するオルド刑事。
「言ってくれ」
「……頭蓋骨は、大きさからして、まず間違いなく子供の骨だ。多分、十にも満たないだろうよ」
彼の言葉に、自身の表情が険しくなるのを感じる。
「……となると、今まで使われた骨も全部、子供の骨だったっつーことか」
「あぁ。けど、『ファントム』にも良心はあったらしいぞ」
「と言うと?」
「用具入れに置かれていた頭蓋骨だがな、わざわざどこかから椅子を持ってきて、綺麗な布を敷いて、その上に置かれていた。その用具入れ、普通の広い一室を物置にしていたようなんだが、もっと捜索に時間がかかるような、見つかりにくいようなところは他に幾つもあったんだよ」
……つまり、丁寧に、汚さないように気を遣って置かれていたっつーことか。
――意味ありげな時間指定をしておきながら、それを無視して先に装置を起動するような犯行。
派手なことをやっている割には、何か犯罪の美学なんかがある訳ではないらしい。
恐らく怪人は、大事な部分のみ成功していれば、他の些細な点はどうでもいいのだろう。
そして、非常に丁寧に扱われている子供の骨。
……少し、見えてきたかもしれない。
「――復讐か」
「あぁ、俺もそれが頭に思い浮かんだ」
俺の言葉に、オルド刑事は頷く。
「奴は、俺達に知らせたいものがあるようだ。次の犯行予告も装置の隣に置かれていた。駅前広場にて、十八時五十四分にて次の装置を起動させるそうだ」
駅前広場と言うと……昨日、午前中にレーネ先輩が開幕式を行った場所か。
そういやあの時、小さな騒動があって、その間に何か仕掛けられたかもしれない、なんて話をしたな。
「……もしかしてなんだが、その時間は、子供の死亡時刻なんじゃねぇか?」
「その可能性はある。んで、この白衣の男は子供の死亡と関係があるんだろうよ。……どうやら、表沙汰になっていない、隠された犯罪があるようだ」
しばし、お互いに黙る。
子供。
犯罪。
研究員らしき風貌のこの男。
ふと、俺の脳裏に、ある予想が思い浮かぶ。
そう言えば午前中、ローリア女史とこの刑事が話している時に――。
…………。
残酷な、どうしようもなくクソッタレなその想像を、しかし俺は口にせず、オルド刑事に別のことを問い掛ける。
「次の場所のヒントは?」
「『時は回る。されど、我が時は動かず。その時から永遠に』だ」
「……こうなって来ると、そのヒントの意味も表面上のものだけじゃねぇ感じがしてくるな」
「嫌に情感が籠っている気がすんのは確かだな。一応言っておくが、今回は事が事だったから手伝ってもらったものの、こういうことは大人に任せて、少年は学区祭を楽しむことだ」
「勿論、そうするさ。難しいことは大人に任せるに限る」
わざとらしい注意に、俺は肩を竦める。
まあ、ヒントを教えてくれた時点で、その本音がどこにあるかはわかろうものだ。
「――っと、やべ、そろそろ俺の試合の時間だ。そんじゃあおっさん、またその内」
「おう、またその内」
そうしてオルド刑事と別れた俺は、急いで控室へと向かい――待っていたのは、満面の笑みを浮かべた我が後輩だった。
「お疲れ様です、先輩。いやぁ、どうやらご活躍だったようですねぇ」
「……お待たせしてしまいまして、大変申し訳ございません」
「いえいえ、全然大丈夫ですよ。面白いものも見れましたから。――私はメイド仮面! 悪を裁く正義のメイドです!」
「…………」
「メイド仮面ファイア!」
「………………」
「決して、悪が栄えることはありません。何故なら、全ての悪は、このメイド仮面が打ち砕くからです……」
「……………………」
頭を抱え、「ぐぬわあああああ!」と叫びたいところを、必死に表情を抑える。
メイド仮面は、決して主に対し、感情を荒らげないのである。
ピク、ピク、と頬が引き攣るのを止めることは出来なかったが。
「あはははは! ま、でも――とってもかっこよかったですよ、先輩」
「…………」
俺は何にも言えず、ただ彼女から視線を逸らしたのだった。