マギ・アスレチック・ガンファイト《3》
「ユウヒ先輩……先程の人達、恐らく警察官ですね? 表情が険しかったですが……何かあったんですか?」
オルド刑事と別れエイリのところまで戻ると、彼女はちょっと不安そうな顔でそう問い掛けてくる。
俺は、一瞬開きかけた口を閉じ、少し考える。
――本当は、彼女に事情を伝え、逃げるように伝えるのがいいのだろう。
この少女は一国の王女であり、その身に何かあっては一大事である。
いや……そうでなくとも、単純に俺の後輩だ。
危険であるとわかっている場所に置いておくのは、アホの所業だろう。
だが――。
「……いえ、お嬢様、何でもありませんよ。私もそう思って、あの中にいた知り合いの刑事に声を掛けたのですが、勘違いでした。どうやらお疲れだっただけらしく」
俺は、ふざけたメイド仮面の口調のまま、そう言った。
そう、今の俺は、メイド仮面だ。
主である少女は、この競技会を楽しみにしており、ならばそれを脅かすものを排除するのが俺の仕事である。
――試合は十分後。
いいさ、それまでに終わらせてやるよ。
メイド仮面に、不可能はないのだ。
馬鹿げた、俺のただの妄想みたいなものだが、それでもそうあるのが今の自分であると、定めたのだ。
「そうだ、実は一つ、その知り合いの刑事から、おふざけでなぞなぞを聞きまして。この競技場の、どこかを表すもので、『地を見よ。血を見よ。しからば、陽の差す先で、また』というものなのですが…何かわかりませんか?」
「なぞなぞですか? ん~……そういう、情報量が少ないものは、複雑なものにはなり得ないから、まず言葉通りにするのがいいと思うんですよね。今回ならば、まずは地面を見てみるとか。情報が少ないということは、つまり実際に見れば『あ、これだな』ってなるものがあるから、わざと少なくしているんじゃないでしょうか」
「なるほど……ありがとうございます、お嬢様。――っと、すみません、少しだけ所用がありまして。お時間までには必ず控室に向かいますので、先にそこでお待ちいただけないでしょうか」
「……はい、わかりました。それじゃあ、また後で」
彼女もまた、何か察したのかもしれない。
だが、それ以上を問うことはなく、一人で案内に教えられた控室へと向かって行った。
……俺の周りにいる女は、いい女ばっかだな、本当に。
全く、女って種族は、強い。
* * *
後輩の少女と別れた俺は、脳裏にヒントを思い浮かべながら、競技場内の廊下を歩く。
――地を見よ。血を見よ。しからば、陽の差す先で、また。
地。
言葉通りであるならば、つまり地面。
では、地面の何を見るのか?
恐らく、『血』を見るのだろう。
ただ、こちらに関しては、言葉通りではないと思われる。
普通に考えて、道しるべになる程の血が地面に垂れているなんて猟奇的な光景があれば、それこそ警察沙汰だ。
つまりこちらが示すのは、血のように見える何かか、それとも血のような赤色か。
「…………」
競技場の床を見ながら歩いていた時、俺は視界にそれを見つける。
観客席ではなく、裏の控室やら何やらへと繋がる関係者用の通路の模様。
赤の、水玉。
随分と、特徴的な床である。
「短い文章である以上、複雑にはなり得ないから言葉通りにするべき、か」
俺は、その通路へと入り、先へ進む。
――それにしても、犯行予告ね。
黙ってモノを起動すりゃあいいところを、わざわざ予告してくるという以上、犯人はこれを見つけてほしいという意図があるということだ。
誰にも知られずテロを起こすのは目的に沿わず、自らの存在を知ってほしいのである。
そして、十五時三十八分という中途半端な時間。
多分だが……ソイツには、どうしても何か成し遂げたいものがあるのだろう。
思い起こすのは、シオルの元仲間達、『第00旅団』の彼ら。
怪人からは、あの彼らと同じように、重いものを抱いているように感じるのだ。
それに巻き込まれる身としては、クソッタレと悪態を吐きたいところだがな。
「……ん?」
思考しながら、周囲を警戒していた俺は、ふと足を止める。
視界に映ったのは、絵。
壁一面に飾られた、大きな絵画である。
額縁にあるプレートを見ると、どうやらすぐ隣に建てられている中等部の、生徒達が造った作品であるらしい。
大自然を描いたものらしく、草原と青空、そして大山脈と太陽が描かれ、なかなか壮大な絵だ。
「……太陽」
左側の地平線にて、昇りかけて朝日を差し込んでいる太陽。
――しからば、陽の差す先で、また。
俺は、その太陽と同じ位置の、反対側の壁へと顔を向け――あった。
扉。
壁に掛かったプレートを見るに、ここは用具入れか。
鍵は掛かっているが……まあ俺は元魔王なので、それなりに悪い魔法も知っている。
「……魔法的な仕掛けはない。本当にただの鍵だな」
各一般家庭の家の鍵なんかには、必ず魔法的な防御も仕掛けられており、我が家のも実はフィルと協力して、非常に重いものを仕掛けてあったりするのだが、ここはただの競技場の用具入れだ。
そこまでやる理由もないのだろう。
鍵穴に手のひらを当て、魔力を流し込む。
浸透していった俺の魔力が、その内部構造を丸裸にし――その段階で、『解錠』の魔法を発動。
次の瞬間、カチリと中から小さな音がなり、鍵が開く。
――さて、ここまでは意外とすぐに見つかった。
ただ、問題はこの先だ。
鬼が出るか、蛇が出るか。
俺は、ドアノブに手を掛けた。