マギ・アスレチック・ガンファイト《1》
「……一つ、聞いてもいいか、我が後輩よ」
「はい、何ですか?」
ニコニコ顔の我が後輩、エイリ=セイローン。
「その手に持っているものは何だ?」
「メイド服です」
彼女は言葉を濁すこともなく、あっけらかんとそう言った。
「そうか。じゃあもう一個聞かせてくれ。何でメイド服を持ってんだ?」
「それは勿論、ユウヒ先輩に着てもらおうと思ったからです!」
「帰る」
「ま、待って! 待ってください! 約束したじゃないですか!」
踵を返し、帰ろうとする俺の服の裾を、ガッシと掴む我が後輩。
「お前との約束は、一緒に学区祭を回るってとこだけだ。決して、メイド服を着るなんて約束はしてねぇ」
「私がお願いした時、先輩はメイド仮面の恰好をしていました! つまり私は、メイド仮面さんと約束をしたのです!」
「何だその屁理屈は!?」
「あと、このまま帰るんだったら、王族の娘として培った人的ネットワークで、先輩のあることないことを言い触らしますよ!」
「おまっ、性質悪いな!?」
俺の言葉に彼女は、わかりやすく胸を張る。
「へへん、私は王族なので、人を動かす術は心得ているのです」
「いいか。俺は優しい先輩だから言ってやるが、お前のそれは人心掌握術じゃない。ただの性悪だ」
「大丈夫大丈夫、先輩以外にはこんなこと、絶対言いませんから! えへへ、先輩だけなんですから、ね?」
「可愛く言っても何にも嬉しくねぇよ!」
――何故、俺が今、後輩の少女とこんなやり取りをしているのか。
それは、今日コイツと学区祭を回る約束をしていたからだ。
ついでだし、フィルと約束した彼女用のプレゼントを選ぶのでも付き合ってもらおうか、なんてことを思っていたところ、やって来たコイツの手に、大きめのメイド服が握られていたのである。
あと、本人も何故かメイド服を着ている。
可愛いのは可愛いんだが……。
「大丈夫です、ちゃんと仮面も用意してきていますから! ほら、これ! 勿論変声魔法も仕込んであるので、ちょっと調整すれば、昨日の声と同じものに出来るはずです!」
「…………」
「これで先輩が先輩だとはわからないでしょうし、それに一緒に回るって約束ですからね! ね!」
笑顔で圧を掛けてくるエイリに、俺は顔面を引き攣らせながらメイド服を受け取る。
「……お前、覚えとけよ」
クソッ、何が悲しくて、仕事でもないのに個人的に女装しなきゃならねぇんだ……!
* * *
軽快な音楽。
子供達の歓声。
そして、メリーゴーランドに乗って回るメイド仮面。
「…………」
軽快な音楽。
子供達の歓声。
そして、メリーゴーランドに乗って回るメイド仮面。
「いやぁ、楽しいですねぇ、メイド仮面先輩!」
「……はい、そうですね」
「子供達が柵の外でこっちを見てますよ! 一緒に手を振りましょう!」
「……畏まりました」
前の木馬に乗っているメイド少女、エイリの言葉を拒否せず、メイド仮面ユウヒは両手で外に向かって手を振る。
――彼、いや彼女は今、子供達に混ざり、メリーゴーランドに乗っていた。
本人も「自分は何をしているのか」という思いが胸中に浮かんでいるが、しかしメイド仮面である時のユウヒは主の要請を断れないため、虚無が訪れてもやめることが出来ないのである。
メイド仮面と化している時の自分は、魔王城にいた部下のメイド達の一人であると強く思い込み、彼女らの一挙手一投足の全てを真似することで今までは自我を保っていたが、今回はそれが仇となっていた。
ちなみにこのメリーゴーランドは、エイリの通う中等部の生徒達が造ったものである。
ダンボールと木材を中心に制作された木馬に、一定の回転をするよう魔法が付与されており、簡素ながらも凝った造りとなっている。
意外と人気で、幼い子供のみならず学生達もふざけながら乗っており、少ないながらも列が形成されていた。
「――ふぅ、楽しかった! いやぁ、一人でこれに乗るの、ちょっと恥ずかしかったんですけど、先輩がいてくれて、良かったですよ! 友達とかにも、『メリーゴーランドに乗りたいから一緒に乗って』なんて、なかなか言いにくいですからね!」
「お嬢様にお喜びになっていただけたのならば、何よりです」
それから数回回ったところで、メリーゴーランドは動きを止め、二人は降りる。
「フフ、やっぱりメイド仮面の時の先輩は、最高ですねぇ! さ、次に行きましょう!」
「次は、どこに行かれるのですか?」
すでに大分精神が削られているユウヒだったが、メイド仮面ならばこの程度は余裕で熟すだろうという思いから、自分はまだまだ平気であると強く思い込んで精神安定を図り、テンションの高いエイリに淡々と問い掛ける。
「えっとですねぇ……先輩、これに一緒に出てほしいんです!」
後輩の少女は、ゴソゴソとポケットからソレを取り出すと、ユウヒへ渡す。
「……『マギ・アスレチック・ガンファイト』?」
ソレは、本日行われる予定の、魔法の競技会のチラシだった。
これでいいんだ……。