整備部発表会《5》
「――それで……私に聞きたいことは?」
ローリアの言葉に、表面上は飄々とした態度を見せながらも、先程までよりも少し緊張感の伴った声音で、オルドは話を始める。
「……まずは、この人骨装置について。この学区祭の間、実は幾つかの発見報告が入っています。セイリシア魔装学園内のみならず、学区内の他の場所でも。そこのベンチで眠っている、未然に被害を防げた彼らと違って、意図せず他者を害してしまった方もいますね」
「洗脳魔法か……恐ろしいものだが、その割にはニュースで全く聞こえてこないな?」
「表向きは、ただの暴行事件として処理されていますからねぇ。洗脳魔法は禁術、故においそれとその名を表に出す訳にはいかないんですよ。事が事であるため、裏でテロ対策課を中心に総動員で対処に当たっていますがね」
オルドは、言葉を続ける。
「それで、この人骨に関してなんですが、どうやら全て頸骨だったみたいです。DNA鑑定の結果はまだ出ていませんが、つまり装置の数と同じだけのヒト種の死体が使われているってことになります。……ローリアさんは、魔法生物学の権威でしたね。昨日の夜、徹夜で論文を幾つか読ませていただきました。なかなか斬新な、ぶっ飛んだ発想を楽しませてもらいましたよ」
「はは、本当に飾らないで物を言う刑事さんだ。あなたが読んだのは、もしかすると『人工生命体による魔法器官生成理論』や、『人体による魔法装置』辺りか? ま、我ながら過激なものを書いたとは思うよ。そのせいで、学会からは今も毛嫌いされているんだからね」
「野暮なもんで、すみませんねぇ。――私がローリアさんにお会いしたいと思ったのも、実は人骨装置に関して何かわかるかと調べていたところ、後者の論文に当たりまして。それであなた個人のことも調べてみたら、あの企業に対し過去に通報したことがある、ということもわかりまして」
「……ふむ。それで?」
彼女の言葉に、オルドは肩を竦めて答える。
「ま、率直に言いますと、つい最近も通報があったんですよ。『マギ・エレメントという会社が、墓荒らしを行っているかもしれない』なんて奇妙な通報が。匿名だったんですがね、調べたところどうも、実際に怪しい点が幾つか出て来ています」
「……確かに、随分と奇妙な通報だ。なるほど、そうして墓から採取した骨を、装置に使用したんじゃないか、ってことか。しかも、危ない論文を書いた社員がそこに所属していて、しかもその者は企業に対し糾弾の声をあげたことがある、と」
「ここまで来たら、はっきりと聞かせてもらいますが、通報はあなたが?」
ローリアは、首を横に振る。
「いや、残念だが私ではない。あなたの立場からすると、私のところに来た理由はよくわかるがね。……ただ、あそこは大企業だ。秘密体質の面もある。怪しいことをしている、と言われても私は否定出来そうもないな」
「……もう一つ、聞いていただきたく。実は昨日、怪人に襲われまして。我々は『ファントム』と呼ぶことにしたんですが」
「『ファントム』とは、随分歌劇的な名前だな」
「はは、違いありません。――私は今、その存在が非常に気になっています。奴は言いました、『コレヨリ我ガ地獄、コノ世ニ顕現ス』、と。人骨装置と、あなたの所属する会社と、この怪人と。何がどう繋がるのかはわかりませんが、大きな何かが裏で動いている気がしてなりません」
オルドは、今までと違った真面目な声音で、話を続ける。
「ここまで、この学区祭で起こっているおかしなことは、全てがイタズラレベルに留まっています。ですが、この後もそうだと考えるのは刑事として失格でしょう。よしんば全てがイタズラで終わるのならば、それはそれでいいんですがね。『あぁ、徒労だった』で笑って終われる」
「……そうだな。先程も言ったが、私が協力可能なことは、何でも協力しよう。マギ・エレメントの社員である私がいれば、そちらに関してはそれなりに貢献出来ることもあるはずだ」
「えぇ、助かります。どうか、お願いいたします」
オルドは、ローリアに頭を下げた。
* * *
「――なるほど。そういう裏があったのか」
聞きたいことは全て聞けたため、フィルは発動していた魔法――盗聴用魔法を切り、口を開く。
「あの刑事さん、相当優秀みたいだね。常に飄々とした態度で、ふざけた感じだったけど、でもそれとは裏腹に能力はとっても高いんだろうね」
彼女が発動していたソレは、先程二人と別れる前に、こっそりと仕掛けておいてもらったものだ。
魔眼持ちのローリア女史から魔法を隠すのは簡単じゃないんだが、どうやら最後まで気付かれなかったようだし、そこはフィルの方が一枚上手だったか。
やっぱり、こういう繊細な魔法の発動に関して、フィルに並ぶ者はいないな。
「あぁ、同感だ。表面上でダメなおっさんを装ってても、芯に鋭いものを持っているタイプだ。ああいうのが一番手強いだろうな」
「君と同じタイプだね」
「俺はおっさんじゃねぇぞ」
「フフ、うん。でも、一緒だよ」
「……こっちの用事は終わった。整備部の発表会はまだ終わってないだろうし、早く戻るぞ」
誤魔化すように歩き出す俺に、彼女はクスリと笑って、隣を歩く。
その間も、俺は思考を続ける。
マギ・エレメント。
そして、怪人。
――俺は、平和なここが好きだ。
確かに色々ありはしたが、それでも基本的に穏やかで、毎日が楽しく、のんびりと出来るこの世界が、心から気に入っている。
だからこそ、学区祭を――俺のこの世界を壊すつもりならば、容赦はしない。
この身は、元魔王。
強欲に、傲慢に、我が意を押し通さんと世界を欲した、『悪』の化身。
俺のものを奪おうとするならば、それなりの覚悟をしてもらおう――。
なんでこんな、シリアス多めになっているのか、これがわからない。
……よし、近い内、メイド仮面に出て来てもらおう。