整備部発表会《3》
そして、レツカ先輩の出番が来る。
用意されていた壇上にマイクを持った彼女が立つと、自然と喧騒が収まり、そのタイミングを見計らって話し始める。
「皆様、本日はお越しいただき、ありがとうございます。セイリシア魔装学園の二年、レツカ=アンバースです。これより、整備部の発表を始めさせていただきます」
意外と、と言ったら失礼かもしれないが、こういうことには慣れているようで、あまり緊張した様子も見せず、レツカ先輩はスラスラと挨拶を続ける。
あの人は学園だけではなく、外で大人と混じって仕事をしているそうなので、そういう環境で過ごしていれば自然とそうなるのかもしれない。
彼女がまず紹介するのは、『オプショナルアーム』という新しい考えの装備。
換装を行うようなタイプの装備は幾つかあるようだが、イルジオンに乗ったまま、その上から新たに装備するようなものは今まで考えられて来なかったようで、なかなか斬新な発想だとウケているのが見ているとよくわかる。
そして、それがどういうものか知ってもらったところで、整備部の皆が協力し、彼女は幾つかの実物を見せ始める。
説明の仕方が上手いな。
練習はしたのだろうが、相手の意識にすんなり理解が及ぶような話し方だ。
俺とフィルが壇上に上がったのは、それから十分も経たない程だった。
それぞれ専用機に乗り込み、レツカ先輩の隣に立つ。
今回俺達は、この機体の顔見せと、用意したオプショナルアームの着脱を見せるのが役割だ。
「――この二人は、一年生ながら専用機を持つ実力者です。専用機はそれぞれ、『カエン』と『デュラル』。私が所属させていただいている企業、『オルスティック社』が制作しました。素材はシークレットとさせていただきますが――」
フィルと違ってこういうのは俺、あんまり慣れていないのだが、とりあえず愛想良くを心掛け――何だ?
空間に感じられる、違和感。
一瞬だけ、周囲へと視線を巡らせて探り、そして発見する。
――あの男……。
人込みの中に紛れた、ロングコートの男。
何かしらの魔法を発動しているらしく、気配を著しく薄くし、周囲に溶け込むように立っている。
あれだけ洗練された魔法となると、隣に立っていても、視界に入っていても、気付けないことだろう。
はっきりとわかる実力者だ。
「……ユウヒ、気付いてる?」
「あぁ、男だな?」
「男? ……ホントだ、誰か忍んでるね」
「あ……? お前の方は何を見つけたんだ?」
「いや、僕は何か、魔力が高まっていることだけを感じてたんだけど……あの男の人のものだったのかな」
男に、気付いていることに気付かれないよう視線は決して向けず、だが一切警戒は緩めず神経を集中させながら、小声でフィルと言葉を交わす。
「今なら先制出来るか」
「こうなると、イルジオンが邪魔だね。この狭い室内で乗り回したりなんかしたら、無駄に被害を増やすだろうし……」
「流石に室内じゃな。――レツカ先輩、この会場内に、気配を隠して忍んでいる男がいます。紹介途中ですんませんが、どうにか自然な形で、俺達を壇上から降ろせないでしょうか」
周囲に不自然に思われないよう、こそっとだけレツカ先輩に耳打ちすると、彼女はピクリと反応し、頷く。
「わかった、任せろ。――さて、本当はもう少し皆様に紹介したいところなのですが、この二人は学区祭で非常に忙しくしておりまして、ここでお別れとなります。ただ、機体自体はまだ置いておきますので、後程、皆様の目でご確認ください。皆様、二人に拍手をお願いします」
会場から送られる拍手に、軽く手を振り返しながら壇上降りた俺達は、すぐに機体から降り――というところで、予定にない行動をし始めた俺達をやはり整備部の皆は不思議に思ったらしく、まずアルヴァン先輩がこちらに寄ってくる。
「どうした?」
「怪しい男がいます、警戒を――」
――その時だった。
ブゥン、と何かが切れるような音がした後、バチっと電気が一斉に消え、停電する。
窓を締め切り、カーテンも閉めていたため陽の光は入って来ず、あるのは機器が漏らす本当に微かな明かりのみ。
「な、何だ?」
「停電か?」
ざわりとする空気の中、俺は瞬時に暗視の魔法を発動して暗闇に目を慣らし――。
「なっ――」
視界に映るのは、体内魔力がおかしくなっている、数人の人影。
――アイツら、この短時間で洗脳されたのか!?
数は三。
左右に散らばっている。
チッ……男の気配消しの魔法かと勘違いして、そっちの兆候を見逃した!
「フィル、右の洗脳下の二人を! アルヴァン先輩、左のを頼めますか!?」
「了解!」
「あぁ、任せろ!」
二人に洗脳状態の相手を任せた俺は、停電した瞬間動き出した男へと向かって、人込みをすり抜けながら駆ける。
やがて数瞬もせずにその眼前に躍り出ると、一瞬驚いて固まるソイツの水月へと突っ込んだ勢いのまま肘打ちをかまし、だがどうやら直前で衝撃を逸らされたらしく、浅い感触のみが伝わってくる。
ならばと、そのまま肘を起点にグルリと腕を回し、顔面に裏拳。
その攻撃は、しかし、パシッと掴まれて完全に防御されるが――問題ない。
掴ませたのは、わざとだ。
男の意識が顔の防御へと向いている間に、その前足に足払いを掛け、転ばせる。
体勢を崩す男。
そうして倒れたところに、俺は確実に行動不能にさせるべく、首筋に向かって手刀を――。
「ま、待て! 俺は怪しい奴じゃない! 警察だ、警察!」
「……何?」
小声ながらも、必死な男の声に、俺は振り下ろす寸前だった手を止める。
「お、俺よりも先に、制圧しなきゃならん相手がいるだろ!? だから、その手を下ろしてくれ!」
「そっちは問題ない。俺の仲間が対処してくれてる。それより、警察っつー証を」
「ほ、ほら、これだ。この暗闇の中でそれだけ動けるんなら、見えるだろ?」
そう言って男が懐から取り出したのは、警察手帳。
「魔力を」
「あぁ。どうだ、本物だろ?」
警察手帳は、登録された特定の者が魔力を流し込むことで紋様が表面に浮かび上がるようになっているのだが、確かに今、男が手にするソレには紋様が現れていた。
……本当に警察だったのか。
「あー……失礼しました。非常時だった故、ご容赦を。気配隠して忍んでるんで、敵かと」
「いやいや、しょうがない。些細な勘違いがあっただけさ」
言外に、「疑われるようなことをしてたアンタも悪いんだからな?」という俺の嫌味を、しかし男はわかっているのかいないのか、とぼけた返答をして立ち上がる。
「それより、何かおかしな魔法が体内で発動している者が数人いたな? そっちは本当にいいのか?」
「大丈夫でしょうが、確かに手伝いを――と思ったけど、問題なさそうですね」
男へと答えながら、我が幼馴染とアルヴァン先輩の方へ顔を向けるが、どうやら二人ともしっかり対処を終わらせていたようで、暗闇の中からこちらにサムズアップを返す。
フィルはともかく、アルヴァン先輩の方も無事に対処出来たか。
「ははー……流石、この学園と言うべきか。優秀な子供が多いもんだ」
「この発表会を中止にしたくありません。協力を」
「おじさんの人使いが荒いねぇ、少年。まあ、いいぞ。とりあえずあの被害者の方達を、この停電の間に部屋の外に連れて行こう」