二日目開始
学区祭二日目。
今日俺は、風紀委員の仕事もクラスの仕事もないが、代わりに午前中に整備部の発表会があり、そして午後からはウチの面々、後輩の少女エイリと、それぞれ学区祭を回る約束をしている。
今日も今日とて忙しく、時間を常に意識して動かないと、どんどん後が辛くなっていくことだろう。
それと、俺には関係ないことだが、クラスの手伝いが無いので、当然ながら本日メイド仮面が現れることはないだろう。俺には関係ないことだが。
整備部の発表会は、学園の中にある非常に広い会場の一つで、午前中を通して行われる。
形式としては、予め会場に装備を展示しておいて来場者に好きに見てもらい、時間になったらレツカ先輩がスペック説明や何やらの発表を行うといった感じだ。
これは、実際のところ相当な優遇である。
総人数が五人しかいないクラブのために、広い会場を丸々午前中の間使わせてくれるんだからな。
学園としても、まごうことなき天才であるレツカ先輩の名が売れてくれれば売れてくれる程、彼女が所属する『セイリシア魔装学園』という組織の名もまた同時に上がっていくので、便宜を図ってくれている訳だ。
ちなみに、用意された会場を見て、それに合わせた多くの来場者が入ってくるのだろうということを実感したのか、二年のカーナ先輩が、学区祭前の準備の段階で大分青い顔をしていた。
彼女には頑張ってもらわねばな。
そういう訳で、展示自体は午前中の早い時間から始まるため、俺達は早朝の、日が昇るか昇らないかくらいの時間帯にはすでに家を後にしていた。
朝の、独特の空気。
鳥の囀りが聞こえ、寝静まった街がだんだんと活気に満ちていくのが感じられる。
夜から朝へと切り替わるようなこの時間帯は、やはり、心地が良い。
と、一人で何となく良い気分に浸っていると、隣を歩くシオルが口を開く。
「レツカ先輩、数回くらいは話したことがあるけれど……話を聞く限り、本当にすごい人なのね。私と、一つ歳が違うだけなのに……」
「はは、そうは言っても、シオルも射撃に関して言えば右に出る者がいないくらいの実力があるだろ?」
「私くらいの狙撃手は、探せばそこら中にいるわ。けれど、レツカ先輩は唯一無二だもの」
「シオルのセンスは割と唯一無二だと思うけどな。――ま、ただ、レツカ先輩がすげー人ってのは確かだな。何かを作ることに関して言えば、天才で間違いない。大艦巨砲主義者だし」
「……あなたにとって、大艦巨砲主義はやっぱり評価のポイントなのね」
「勿論だ。いいか、シオル。人生において必要なのはな、ロマンなのだよ。ロマンこそが人生を華やかで刺激的で、そして最高に楽しいものへと変えてくれるのだ……」
言い聞かせるような俺の言葉に、彼女はクスリと笑う。
「あなたも、男の子ねぇ」
「おうよ、男は皆ロマンが好き――って、おいバカ」
その時、シオルと反対側の俺の隣を歩くフィルが、フラフラと頭を揺らして電柱にぶつかりそうになっており、グイとその腕を引っ張ってこちらに寄せる。
「真っ直ぐ歩けって。眠いのはわかるが、危ねぇぞ」
「ふぁ……ん、ありがと」
小さくあくびをしながら、礼を言う我が幼馴染。
瞼が半分閉じており、完全な寝惚け眼である。
「……一緒に過ごすようになってわかったけれど、この子、意外と弱点が多いわよね」
「そうだぞ。外じゃ一枚仮面被ってっからな」
「僕はメイド仮面じゃないもん……」
「メイドは言ってねぇ」
そう、この幼馴染、意外と朝が弱いのである。
いつもは家を出るまでに頭をシャキッとさせているのだが、今日は本当に朝が早いため、まだ意識が覚醒していないのである。
昔からそうなのだが、大分オンの時とオフの時の差が大きいのだ、コイツは。
もう少しすれば、オンモードに切り替わるだろうが……。
「フフ……でも今のフィル、可愛いわね」
「マヌケな感じでな」
「もう、二人して……」
ぶー、と唇を尖らせるフィルだが、いつもはここで何かしらの軽口を言ってくるので、やはり頭が働いていないらしい。
シオルの言葉じゃないが……完璧超人気味のコイツより、今の抜けてるコイツを皆が知ったら、多分もっとモテるだろうな。
ちなみに、千生はまだブレスレットの中で眠っている。
あと二時間くらいは寝たままだろう。
「ったく、明日も明後日もまだ学区祭は続くんだから、今日でそんなんになってたら持たんぞ。朝を乗り切ったら、昼に少し時間があるはずだから、ちょっと昼寝でもしとけ」
「ん……じゃあ、その時付き合って」
「わかったわかった、一緒にいてやるから、朝は頑張れよ」
「頑張る……」
もう抜け抜けの彼女の姿を見て、俺とシオルは顔を見合わせて笑った。
* * *
クラスの手伝いに向かったシオルと、学園の敷地に入ったところで別れた後、フィルは整備部を手伝ってくれることになっているので、彼女と共にいつもの格納庫へと向かう。
すでに会場へと物は運んであるのだが、一旦そこに集合することになっているのだ。
「おはよー! みんな揃ってるわね! ――と、フィルちゃんも、忙しいところ今日はありがとね! 本当に助かるわ」
「いえ、僕の専用機に関することですから。ほとんど関係者みたいなものなので、気にしないでください」
デナ先輩の言葉に、どうにか意識を覚醒させたフィルが、ニコッと笑って答える。
つっても、ついさっき必死に水で顔を洗っている様子を見ているので、多分今は相当取り繕っている状態だろう。
うむ、女性は大変だ。
と、デナ先輩の次に、レツカ先輩が皆に向かって口を開く。
「みんな、今日はありがとう。どうか、協力をお願いするよ。無事に発表会が終わったら、後日ご飯でも奢らせてくれ。礼として、それくらいは必ずしよう」
「お、太っ腹っすね、先輩!」
俺の言葉の後に、アルヴァン先輩、デナ先輩、カーナ先輩、フィルがそれぞれ口を開く。
「後輩に奢らせるのはどうかと思わんでもないが、今回は俺も、大人しく好意に甘えさせてもらおうかな!」
「そうね、レツカ、よろしく!」
「う、う~……それは楽しみだけれど、まずは今日を乗り切らないと……」
「フフ、じゃあ僕もお願いさせてもらいますね、先輩」
「うむ、諸君、任せてくれたまえ。あと、カーナは頑張ってくれ」
俺達は笑い、それから最後のミーティングを始める。
十分くらいで今日一日の段取りの確認を終えた後は、各々が最終準備を始め――という時。
「おや……時間を間違えてしまったかな」
どことなく研究者らしさを感じさせる風貌の、背の高い女性が周囲をキョロキョロしながら、いつの間にか近くに立っていた。