犯行
最近八時投稿に間に合ってねぇな……申し訳ねぇ。
――ユウヒと比べ、フィルはかなり世渡りが上手い。
彼は好かれる者からは好かれるが、しかし良くも悪くも直接的であり、加えてやることが派手で過激であるため、どうしても相容れない者が一定数いるのである。
それは、ユウヒが前世からずっと『率いる者』であり、皆に自身の意思を聞かせる側であるから、という理由が大きいが、対してフィルは、あくまで組織の歯車の一つとして前世を歩んでいた。
戦力的にトップであっても、組織的なトップではなかった彼女は、上から下された命で「みんなが好きな勇者様」という像を演じて生きてきたため、人と人との摩擦を少なくして生きる、利害調整をよく心得ているのである。
八方美人という言葉が相応しい自らの生き方に、彼女としては内心で少し、思うところがあったりするのだが。
ただ、人付き合いが上手いことは確かであり、故に知り合いとなってから短い期間であっても、彼女もまたその上級生達とはかなり仲良くやっていた。
「いやー、それにしてもフィルちゃん……とっても似合ってるねぇ、執事の恰好! 本当に男の子みたい、なんて言っちゃうとちょっと失礼かもしれないけれど、でも最高にカッコいいよ!」
「本当ですねぇ、先輩。これだと、男の子よりも女の子から人気が出そうな感じねぇ」
執事姿をしているフィルを見て、溌溂とした様子の女子生徒――ケルン=オーレンと、ほんわかとした雰囲気の女子生徒――ワタレ=カドマがそれぞれ感想を言う。
前者が三年で人間、後者が二年で、頭から羊のような角を生やしており、『羊角の一族』と呼ばれる魔族に分類される種族である。
両者とも風紀委員であり、フィルが見回りで組んでいる女子生徒達であった。
「フフ、ありがとうございます。じゃあ、こんな感じで今日は行きましょうか。――ありがとうございます、お嬢様方。この時をあなた方と共に歩めること、心からの感謝を」
「きゃーっ、いいわねぇ! すごい様になってるわ! 劇団とか行ったら、もう一番人気になるんじゃない?」
「フィルちゃんの演劇とかなら、私ファンになっちゃいそうですよぉ。ねぇ、後で一緒に写真撮らない?」
「勿論、いいですよ」
冗談めかして一礼するフィルに、歓声をあげる二人。
今でこそ、どこかの元魔王のために女らしさを磨いており、全然そんな風に振舞うことはなくなっているが、やはり前世でずっと男性として過ごさざるを得なかったため、そういう所作はかなり慣れているのである。
クラスで接客をしているユウヒと、ほぼ同じようなタイミングで同じようなことをしているフィルであった。
「こうして一緒に過ごすようになってわかったけど、フィルちゃん、噂に聞いていた感じと大分違うわよね。えっと……ユウヒ君だっけ? 色々聞く彼と同レベルの実力を持つ子って聞いてたから、もうどんな猛者なのかと思ってたけれど」
「ユウヒ君は、アルヴァン先輩とキルゲ先輩と共に見回りしている子ですねぇ? 噂を聞く限りだと、ちょっと怖い子なのかなぁ、って感じですが、フィルちゃん、どうなんですぅ?」
「いえ、話せばわかると思いますけど、怖くはないですよ、全然。おバカさんなので」
遠慮のない、それでいてどこか親しみの感じさせるフィルの口調に、ケルンはニヤリと笑みを浮かべる。
「ふーん……やっぱり、そういう関係っていう噂も、本当なのかな?」
「フフ、フィルちゃんは、結構わかりやすい子なのねぇ」
「えっ、あの、ええっと……」
かぁっと顔を赤くし、何にも言えなくなるフィルに、微笑ましいような思いでニヤニヤとする上級生二人。
そうして、のんびりと会話をしていた時――フィルは、それに気が付く。
――異常な魔力の反応。
戦いの世界に長らく身を置いてきたため、フィルもユウヒも周囲の警戒をする時は、まず周辺に存在する魔力に焦点を当てて警戒を行う。
何故ならば、魔力は攻撃における基点となる場合が非常に多いからだ。
例えば魔法を放とうとしている者がいた場合、当然ながら魔力が活性化し始めるため、その兆候を掴むことは容易であり、単純な肉弾戦を行おうとした場合でも、少なからず体内魔力に変化が起こる。
ヒトがただの野生動物であった時代から持っている本能により、攻撃の意思に合わせ自身の肉体を強化しようと勝手に魔力が動くからだ。
強者と呼ばれる者程それを隠すことが上手く、相手に兆候を掴ませず攻撃へと移ることが出来るのだが――フィルとユウヒは、前世において世界の頂点に立つ程の力を有していた身である。
彼女を誤魔化すことが可能な者など、本当に一握りしか存在していないのだ。
見回りをする中で、自然と周辺魔力の確認を行ってフィルは、人込みに紛れた、微かな、だが確かな魔力の異常を感じ取る。
カチリと、彼女の意識が一気に戦闘態勢へと変わる。
「――ケルン先輩、ワタレ先輩。警戒してください。ここ、何かあります」
その言葉を聞き、すぐに反応を示すのは、三年のケルン。
「それ、何の反応かわかる?」
「……すみません、そこまでは。人込みに紛れているせいで、本当に微かにしか感じません」
彼女らが歩いていた場所は、セイリシア魔装学園の中央広場。
中心に噴水、その周囲に多くのベンチが設置され、休憩所のようになっているこの場所には、現在数多の屋台と人々、さらには多くの魔道具が置かれており、そのせいで魔力の感知が非常に難しくなっていた。
フィルでなければ、恐らく異変にすら気付けていなかったことだろう。
「……ワタレ」
「はい、任せてください」
ケルンの言葉に、ワタレは険しい顔で頷き――次の瞬間、彼女の身体から一つの魔法が放たれる。
彼女が使用したのは、『情報魔法』と呼ばれる、索敵用の魔法である。
周囲の全ての事象を情報として可視化し、正常と異常を見分けるというもので、だがあまりに高い難易度から、誰でも発動出来る訳ではないかなり属人的な魔法であり、それを扱えるが故にワタレは風紀委員の一員として選ばれていた。
やがて彼女は、その反応を捕捉する。
「……いましたぁ! 私達から見て噴水裏、半袖の男性です!」
「了解!」
「了解です!」
ワタレの言葉を聞いた瞬間、ケルンとフィルは同時に動き出し――そして、すぐに目標の姿を視界に捉える。
ボウ、と噴水の近くに立っている、一般客らしい男性。
彼の体内魔力がグルグルと動き、それが一つの魔法を形成していることがわかる。
――洗脳状態、ね。
ユウヒから、洗脳魔法に掛けられた少女に遭遇した時のことは聞いている。
あの男性もまたその時の少女と同じように、自らが持つ魔力で無理やり洗脳魔法を発動させられているのだ。
三人称視点の勉強になるな、学区祭編。