決戦の日がやってきた
壇上から見ると、体育館ってこんなに広かったんだとか、うちの高校ってこんなに生徒いるんだとか、そういう感想ばかりが浮かんできた。
ぼくはステージ上に置かれたパイプイスに座っている。左側に柴坂さんの席があり、右側には名張さん、その向こうに新村さんがいた。
選挙当日を迎えていた。
戦うのは生徒会長だけではない。副会長も定数二人に対して四人いるのでやはり選挙戦だ。書記、会計の立候補者は一人だけだったので、こちらは信任投票となる。
「風紀委員として二年間学校を見てきて思いましたのは――」
今は柴坂さんが演説中だ。最初は小さかった声が次第に熱を帯びてきた。完全にスイッチが入ったようで、つまずくことなく原稿を読み上げている。
「……ですので、私、柴坂未来生にぜひとも来年の生徒会をお任せください。必ずやこの学校に新風を吹かせてみせます。ご清聴ありがとうございました」
柴坂さんが演説を終えて一礼すると、大きな拍手が送られた。
『続きまして、柴坂未来生さんの推薦者である戸森景国さん、お願いいたします』
「景国……」
隣で名張さんがぼそっとつぶやいた。うん、まあそういうリアクションになるよね……。
ぼくは立ち上がり、マイクの前に立った。思ったほど緊張はなかった。月海先輩の前だと固まったりするのに、こういう舞台は案外平気のようだ。
並んだ生徒の方に視線を送ると、こっそり手を振っている人がいた。
月海先輩だった。
隣の女子が呆れたように笑っている。ぼくも思わず笑いそうになった。
切り替えよう。
原稿用紙を広げる。
「柴坂未来生さんの応援演説をさせていただきます、2年1組、戸森……景国です」
だ、大丈夫だ。
最大の難所であるフルネーム名乗りさえ過ぎてしまえばあとはどうってことはない!
「私が柴坂さんを推薦した理由として――」
しゃべっている最中、最前列のひそひそ話が聞こえてきた。
――あの人って確か……。
――月海先輩の……。
――そういえば柴坂先輩って月海先輩とフリーステージやってたよね。
――景国かあ。
――名前のわりに童顔だよね。
やばい、聞きたくないものを聞いてしまった泣きそうだ……!
原稿用紙を持つ手に力が入った。
「柴坂さんは月心館道場で月心流という武術も学んでおり、勉強だけでなく体を鍛えることにも意識を向けています。文武両道を目指す柴坂さんの向上心はとどまるところを知らず――」
また少し、体育館がざわついた。主に3年生のところから。月海先輩の家が、その月心館道場だと知っている人たちが反応したのだ。
「――こういった点から、私は柴坂さんこそ次期生徒会長にふさわしい人物であると考えています。柴坂未来生さんへの応援を、どうかよろしくお願いいたします」
一歩下がって礼をすると、拍手が起きた。柴坂さんの時よりは控えめだったが、推薦者だしそれで充分だ。
よかった、一回も噛まずに乗り切ったぞ……!
月海先輩を見ると、両手を合わせて唇のあたりに当てていた。笑顔を浮かべているように見えた。
……かっこよく見えたかな。
帰りに感想を聞こう。そう思いつつ、ぼくは元の位置に戻った。
『続きまして生徒会長候補、名張涼さん』
「はい」
名張さんが立ち上がる。
……あれ、原稿用紙持ってない?
「2年3組の名張涼です。今回、クラスの仲間たちから要請がありまして、このように立候補させていただきました」
いきなりぶっちゃけてきたぞ。
名張さんはすらすらと語っていく。生徒会長になったらこうしたい、学校をこう変えたい。……それらには「運良く周りの協力が得られれば」とか「強行するつもりはありませんが」といった前置きが必ず挟まった。
全体的に、言い回しが消極的に感じられた。
やっぱり、勝ちたくないのかな……。
演説の内容から、名張さんが言葉を選んでいるのがわかる。かなり悩んだのだろう。
「……以上です。ご清聴ありがとうございました」
柴坂さんに比べると、演説の時間は短めだった。指定された持ち時間の下限ちょうどに合わせた印象だ。拍手も、ぼくの時とあまり差がなかった。
そして、新村さんが立ち上がる。
ぼくや柴坂さんよりさらに小柄なので、マイクをやや下に向けてから口を開いた。
「名張涼さんを推薦した新村夕奈です。名張さんはちょっと独特な人です」
こっちも開始からぶっちゃける。
「人に協力するのが大好きで、時によってはやりすぎなくらい手を貸してくれます。わたしもたくさん助けてもらいました。そこまでしなくても、というところまで手伝ってくれることもありました。でも、自分から人に頼ることはありません」
ぼくは横目で名張さんをうかがう。彼女は照れたような表情で新村さんの演説を聴いていた。
他人に優しく自分に厳しい。
名張さんは確かにそういう人かもしれない。
「優しくて頼りがいがあって、でもちょっと不器用なところもある名張さんはみんなに愛される人だと思います。そんな名張涼さんを、わたしは推薦いたしましゅ……いたします」
昨日と同じところで噛んでる……。
新村さんは礼をすると、顔を赤くして戻ってきた。柴坂さんの時くらい拍手は大きかった。名張さんの好きなところを熱く語ったためか、みんな引き込まれていたようだ。
「わからなくなりましたわね……」
左側で柴坂さんがつぶやいた。
新村さんの演説は、名張さんの不器用で優しい人という面を強くアピールした。グラッときた生徒もいるはずだ。
このあと、副会長候補の演説が終わったらいよいよ投票になる。
こうなったら信じるのみ。
みんな、柴坂さんを勝たせてくれ――。
† †
結論からいうと、心配する必要なんてなかった。
生徒会長選挙は柴坂さんの圧勝。
報道部の事前調査を上回り、全校の9割の支持を集めて勝利した。おそらく、ぼくの応援演説があってもなくても結果は同じだったと思う。
「戸森さん、本当にありがとうございました」
「おめでとう柴坂さん。ぼくもホッとしたよ」
「優勢とは言われていましたが、どうしても安心できなくて……。ようやく重圧から解放された気分です」
放課後。クラスのみんなでお祝いしたあと、ぼくと柴坂さんだけが残って話していた。
「引き継ぎが終わったら、覚悟を決めて仕事と向き合います。もちろん月心流の鍛練も続けますので、戸森さんにはまた何か協力していただくことが出てくるかもしれません」
「ぼくにできることがあったら手伝うよ。……無理しすぎて体調崩さないようにね。月海先輩もそれで寝込んだことあるから」
「ええ。体調管理も仕事のうちですわ」
本当に意識が高い。
「でも……今日は帰ってゆっくりしたい気分です」
「それがいいよ。毎日の活動で疲れてるはずだもん」
柴坂さんが口に手を当てて笑った。
「そうですね。では、私はこれで」
「お疲れさま。気をつけてね」
「ありがとうございます。選挙活動、とても楽しかったですよ。いい思い出になりましたし、選挙戦になってよかったと思っている自分もいます」
柴坂さんは笑顔で言って、帰っていった。
……急に周りが静かになったように感じられた。
もう校舎に人の気配はない。
選挙に関わっていない人間からしたら、いつもの一日と変わりない。当然と言えば当然か。
月海先輩が待っているはずなので、ぼくも帰ろう。
スクールバッグをかついで教室を出る。
先輩に「今から行きます」とメッセージを送ろうとしたところで――
「戸森君、ようやくお帰りか」
名張さんに声をかけられた。まだ教室に残っていたのだ。
3組の教室には、名張さん以外誰もいない。
「キミがいつ出てくるかと待っていたんだ。申し訳ないが、少し時間をもらえないかな? 戸森君にだけ話しておきたいことがあるんだ」
「ぼくにだけ?」
「ああ。どうして私が今回の選挙に立候補したかを」
「周りにお願いされたからじゃないの?」
「それは嘘なんだ」
「え」
「この少々ややこしい事情を、戦った相手に聞いてほしい。キミはこういう話を漏らさないタイプだと確信しているんだ」
ずっと気になっていた、名張さんの選挙活動に対する無気力さ。それを向こうから教えてくれるのなら断る理由はない。
「わかった。聞かせて」
月海先輩へのメッセージを書き換えた――「少し遅れます」。
ぼくは3組の教室に入り、名張さんが話し始めるのを待った。




