お嬢様はこたつに入ったことがないらしい
月海先輩の足を払って、柴坂さんが体をひねる。投げ技だ。月海先輩が背中から叩きつけられる。
「未来生ちゃん、体術もかなり上達してきたわね……いたた……」
「す、少し強すぎたでしょうか?」
「これでいいの。今のは私が受け流せなかっただけだから」
月海先輩が立ち上がる。
それを鋭い目で見ているのは頼清さんだ。
「光、動きが鈍ってるぞ。そんなに寒いか?」
「……別に、そういうわけじゃ」
「お前は冬になると足さばきが別人のようになるからな。悪い意味で」
「私だってわかってる。これでも克服しようとしてるんだから」
「実は道場を全面畳にしようかとも考えたんだが……」
「気を遣ってくれるのは嬉しいけど、ここは自分に厳しくいきたいから変えなくていいわ」
「そうか。だったら成果を見せてくれよ」
「うん」
その後も、月海先輩は柴坂さんの体術鍛練につきあった。立場は先輩の方が上だから、投げられ役をやらなければならない。先輩は受け身を取りきれずに何度か呻いた。
ぼくはそれを、道場の片隅で見ている。
誰だって冷たい板の間は苦手だろう。月海先輩は特に苦手らしい。鍛練は裸足で行うから、余計に響く。
11月である。
長野はもうだいぶ寒くなり、そろそろブレザーだけでは足りなくなってきた。そんな中でも月心流は熱心に活動中だ。
「よーし、今日はここまで!」
頼清さんが手を叩く。
道場の中央に三人が集まった。
月海先輩と柴坂さんが、頼清さんと向き合って正座する。そして、全員で手をついて挨拶。これにて本日の鍛練は終了だ。
最近の先輩はぼくが見ていても固まらなくなった。ようやく思い通りにできるかと思ったが、今度は寒さが邪魔をしてくる。一難去ってまた一難という感じだ。
「あっ」
柴坂さんが携帯を見てつぶやいた。
「未来生ちゃん、どうかした?」
「すみません、迎えが遅くなるらしいのでしばらくここにいさせてもらってもかまいませんか?」
「ここじゃ寒いぜ。どうせなら居間で待ってるといい」
「ですが……」
「未来生ちゃん、お父さんの厚意は受け取っておいたら?」
「では……お言葉に甘えて」
「うん、案内してあげる。景国くんも来る?」
「いいんですか?」
「もちろん」
「じゃあ、お邪魔します」
「せっかくだから選挙活動の経過とかも聞かせてもらおうかな」
「はい、任せてください」
「戸森さんは活動していませんよね?」
「……ごめん、勢いで返事しちゃった」
月海先輩が苦笑した。
† †
「あっ、これはこたつというものですね!」
柴坂さんが嬉しそうに言った。ぼくと先輩はぽかんとした。
「こたつにそんな新鮮な反応を……」
「な、なんです戸森さん。いけませんか?」
「いや、そのリアクションは予想してなかったから」
柴坂さんは両手の人差し指を合わせる。
「うちは床暖房とエアコンしかないので……」
「あー、そっかぁ」
「未来生ちゃん、入ってみて」
「はい。……あっ、冷たいですね?」
「電源入れるわ」
「わあ、温かくなってきました!」
月海先輩がぼくに顔を寄せてきた。
「ここまで純粋な反応をもらえるとなんだか楽しくなってくるわね」
「確かに……」
ぼくと先輩もこたつに入り、三人で向かい合う。
「これがこたつの温もり……よいものですね……」
柴坂さんがしみじみと言う。知らないものに触れるたび感動できる感性。見習いたい。
「それで、戦況はどうなの?」
「報道部が聞き取り調査を行ったらしいのですが、それによれば私が優勢だと……」
「あら、よかったじゃない」
「広報活動の効果かな」
「まだ一週間残っていますから、油断はできません。それに演説で悪い印象を与えてしまうと最後の最後で逆転されるかもしれないので」
「景国くんも頑張らなきゃね」
「……急にプレッシャーが」
「戸森さんが壇上に立てば、それだけで月海先輩派の方々も私に味方してくれるはずです」
「そんな派閥あるのかしら……」
月海先輩は疑わしげな顔をしている。でも、あるんですよ。表面化していないだけで。
「ところで柴坂さん、聞き取りした範囲の支持率はどのくらいだったの?」
「8割が私の名前を答えてくれたそうです」
「すごいじゃん!」
「名張さんと答えた残り2割は全員女子だったという話も聞きました」
うーん、実にわかりやすい。
「名張さん、あんまりやる気なさそうに見えたけどそれが影響してるのかな」
「本人は出るつもりがなかったと言っているそうですからね。気が乗らないのかもしれません」
「人気者は押し上げられて大変ね」
「月海先輩は去年、推薦などされなかったのですか?」
「私は早い段階で出ないって意思表示しておいたから。道場のことがあるから仕事は増やしたくなかったの」
「なるほど……」
「あと、上級生が卒業したら来年は景国くんに近づけるかもしれないということに気づいてしまったから余計な時間は使えないなって」
「…………」
柴坂さんがぼくを見てきた。見られても困る。
「と、ともかく最初から生徒会に関わるつもりはなかったのですね」
「そういうこと。未来生ちゃんとは正反対ね」
「私は、なるべくリーダーを経験しておけと小さい頃から言われてきたので」
「お父さんが社長だと大変だねえ」
「ですが、私にはそれが向いているようなのです」
にこりと笑う柴坂さん。
「今も、とても楽しいですよ」
笑顔がまぶしかった。
どこまでも向上心のかたまりだなあ。
月海先輩も、自分のことのように嬉しそうな顔をしている。
「あ、そろそろ着くようです。ありがとうございました」
「ええ、お疲れさま。あと一息、頑張ってね」
「はい」
「でもポスターの手渡しはほどほどにしておいた方がいいわ」
「そうなのですか?」
「うちのクラスに川崎君って人がいるんだけど、毎日名張さんのポスターを渡されて困ってるもの。いつも同じ子に押しつけられるんだけど、顔を覚えるの苦手なのかなってぼやいてたわ」
「それはよくないですわね……」
もしかして陽原さんのことだろうか?……川崎先輩、お疲れさまです。




