イケメン女子に囲まれている。
……久しぶりに寝坊してしまった。
月海先輩には先に行ってもらうことにして、ぼくはあとから追いかけた。まだ、完全に朝を克服できたわけではないようだ。
もうすぐ学校というところで携帯が鳴った。月海先輩からのメッセージだ。
――捕まるかもしれないから気をつけてね。
そんな内容だった。どういう意味だろう。
ぼくはそのまま校門を抜けた。
「おはようございます!」
いきなり声をかけられた。見覚えのあるシャギーショートの爽やか女子。
1年生の陽原輝さんだ。
「あ、戸森先輩じゃないですか。登校お疲れさまです。足でも揉みましょうか?」
「馴れ馴れしいね!? 一体なんのつもり――」
「輝、相手が困るような行為はやめるんだ」
凛とした声。
陽原さんのうしろから女子生徒が現れた。
セミロングの、うっすら青みがかった髪。左に流した前髪。切れ長でまつげの長い目。そしてぼくより数センチ高い身長。
どことなく月海先輩に似た雰囲気を纏っているのは――
「名張さん?」
柴坂さんの対抗馬として生徒会長に名乗りを上げた人物だった。
「そう、名張涼だ。君は確か1組の戸森君だよね。おはよう」
「お、おはよう」
校門周辺には数人の女子がいた。呼びかけたりプリントを配ったりしている。名張さんは広報活動中というわけだ。
浅川高校は校門が二つある。
ぼくと月海先輩がいつも使っている昇降口正面と、西側の渡り廊下の切れた先にもある。
おそらく柴坂さんも活動しているはずだ。西側から入ってくる生徒に声をかけているのだろう。
「君が柴坂さんの応援演説をやると聞いた。するとあの月海先輩は柴坂さんの陣営についたことになるわけだ」
おお、夏目先輩が予想した通りの効果が生まれている!
「柴坂さんは月海先輩と一緒に武術を習ってるから、応援するのは自然だと思うよ」
「なるほど、そんな事実があったのか。やれやれ……これは勝てないな」
「早くも弱気だね」
「私は出るつもりなどなかったんだが、クラスの女子たちがやってほしいと言ってきてね。彼女らの頼みとあらば無下にはできないし……」
柴坂さんは独特のしゃべり方をするけど、名張さんもちょっと変わっている。
お嬢様対王子様。
月海先輩は本当に的確なことを言う。
「そういえば、なんで陽原さんも? 1年生だよね?」
「わたしは涼ちゃんの幼馴染なんです。だから協力しないなんてありえません……と言っても伝わらないと思うので仲良くなった頃の話からしていきますと――」
「待って、その話長い?」
「輝、また悪癖が出ているよ」
「おっと失礼、下がっています」
すごい、呼吸がぴったりだ。
名張さんとずっと一緒にいれば、陽原さんが似たようなしゃべり方になるのも無理はないか。
陽原さんはぼくらから離れて、「名張涼に清き一票をよろしくお願いします」と、やってきた生徒に再び声をかけ始める。しかし、当の名張さんが無気力気味なのは不思議だ。
「名張さんもぼくにかまってないで呼びかけやった方が……」
「私がやってもあまり意味はないと思うけどね。知名度でも学校への貢献度でも柴坂さんの方が上だ……」
「クラスの女子からは信頼されてるんでしょ? じゃなきゃお願いされないと思うし、そういう人は大勢を惹きつけられると思うな」
「あはは、敵に塩を送るとは君も甘い人間だね」
「名張さん……なんで近づいてくるの……?」
ゼロ距離まで詰められている。
「そんな言葉をかけてくれるくらいなら、いっそうちの陣営に加わってくれないかな?」
名張さんが上体を傾けて笑いかけてくる。ぼくは思わずのけぞった。
くっ、イケメン女子の爽やかスマイルは威力がやばい!
「どうかな?」
「ぼ、ぼくは柴坂さんの味方だし、月海先輩は裏切れない……」
「そうか、残念」
即座に距離を置かれた。
まさか、初対面なのにこんなに接近されるなんて。しかも名張さんの表情がかっこよくて、かなりドキドキしてしまった。
月海先輩、ごめんなさい。そして今、ぼくはかっこいい先輩の姿が見たくて仕方ない……!
「じゃあ、もう行くから」
「ああ、時間を取らせて悪かったね。私はもう少しここに立っているよ。立候補者がいないと駄目らしいから」
なぜそう無気力なんだろう。そんなに強引に押しつけられたのだろうか?
校舎へ向かうと、陽原さんが流し目を送ってきた。ギラリとした視線に、またしてもぼくはドキッとした。陽原さんもベクトルはかっこいい寄りの女子だから自然に反応してしまう。
駄目だ。ぼくには月海先輩という彼女がいるのだ。他の女子にドキドキするなんて……。
「戸森先輩、裏工作とかはなしですよ。正々堂々戦いましょうね」
「するつもりないよ。迎え撃つさ」
「おお、今の戸森先輩、かっこよさの方が強いですよ」
「…………」
かっこいいと言われてにやけそうになってしまった。
しかし耐えるんだ。
反応したら負けなんだ……!
† †
「あら景国くん、おはよう」
階段の踊り場で、下りてきた月海先輩に行き会った。
「月海先輩……」
「なんだか元気がないみたい。大丈夫?」
「お願いを聞いてほしいんですけど……」
「なにかしら」
「壁ドンしてくれませんか」
「…………」
先輩がぼくの正面に立った。……え、無言?
――ドン。
「なぜこうしてほしいのか、教えてもらえる?」
「…………」
月海先輩の右手が、ぼくの顔のすぐ横にある。先輩は恥ずかしがる様子もなく、鋭い視線でぼくを見つめてくる。
か、かっこいい!
訊く前にやる。やってから訊く。
これこそ、ぼくが求めていた月海先輩だ。
朝から心が揺らぐ出来事ばかりだったけど、先輩のおかげでいつもの自分を取り戻せた。
「先輩、ありがとうございました」
「結局なんだったの?」
「大切な気持ちを再確認するために必要だったんです」
「ふうん。それで、うまくいったの?」
「はい、すごく」
「そう」
月海先輩が壁から手を離した。
そして、そっと微笑む。
「景国くんの不安がなくなったのなら、よかった」




