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家族大戦

 ――助けて。


 帰宅後。

 月海先輩からそんなメッセージが届いたのは、家の前で別れてすぐのことだった。

 一体なにがあった?

 文章がこれだけなのは相当深刻な事態と思われる。


 助けに行かなければ!


「どうしたの?」


 部屋を飛び出ると、代休日の母さんが台所から顔を出した。


「月海先輩に何かあったらしいんだ。様子を見に行く!」

「だったらあたしも!」

「なんで!?」

「なんかの役に立てるかもしれないでしょ! さあ!」

「う、うん!」


 ぼくらはすさまじい勢いで家を飛び出した。


     †      †


「いやあああっ、お父さんやめてええぇ!」

「おとなしくしやがれ! 往生際が悪いぞ!」


 居間から叫び声が聞こえた。


 先輩が頼清さんに何かされている!?


「景国、縁側から飛び込むよ!」

「よし!」


 二人で靴を脱ぐと、縁側に飛び乗って居間の障子戸を滑らせた。


「月海先輩!」

「ああ、景国くん……!」


 制服のまま畳にうつぶせで倒れている月海先輩と、覆いかぶさっている頼清さん。


 ……待って、これはマジで冗談にならない案件では……。


「頼清さん……なんてことを……」

「ま、待ってくれ。これはやばいやつじゃないんだ」

「どう見てもアウトですよ! いま警察に――」

「落ち着いて景国くん! 私が助けてって言ったのはそういう意味じゃないの!」

「……じゃあ、先輩は嫌じゃないんですか?」

「え?」

「そんな、嘘だ、彼女のお父さんに寝取られるなんて……」

「どんな勘違いをしてるの!? これをお父さんから遠ざけなきゃいけないのよ!」


 月海先輩がDVDのケースを滑らせてきた。


「なんですかこれ」

「そいつは門下生の斉藤君が撮ってくれた浅高祭のフリーステージの映像なんだよ」

「あ、月海先輩の演舞ですか」

「お父さんには絶対見られたくないの! 景国くん、早く破壊して!」

「は、破壊!? そこまでしなくても――あっ」


 ケースを母さんにかっさらわれた。


「あたしも光ちゃんのステージ見たいな」

「味方じゃなかったの!? 返してよ!」

「そうです、それは見ちゃいけないものなんです――えいっ!」

「ぐはぁ!?」


 月海先輩が暴れて頼清さんを振り払う。


「さあ、渡してください」

「母さん、月海先輩の言う通りにするんだ」

「いや、見る!」

「そうだそうだ、俺も見るぞ!」


 ぼくたち四人は睨み合った。


 母さんの前に頼清さんが立つ。


「俺が防いでるうちに、そいつをプレーヤーに入れてください」

「わかりました!」

「させないっ」


 月海先輩が母さんへ飛びかかろうとする。しかし頼清さんが割り込んで、両者が互いの腕をロックする形になった。


「景国くん、お願い!」

「はい!」


 ぼくが動いた瞬間、


「おらあっ!」

「くっ!?」

「ぎゃあっ」


 頼清さんが月海先輩ごとぼくにタックルをかましてきた。三人で畳に折り重なるが、頼清さんがすぐ立ち上がる。


 月海先輩も動こうとしたが、仰向けの状態で肩を押さえられて動きを封じられた。


 その間にも母さんがプレーヤーの操作を進めている。


 ――ぼくがやるしかないっ!


 横に転がって跳ね起きる。

 ダッシュしようとしたが、頼清さんにノールックで足をかけられて転んだ。


「セット完了!」


 母さんがテレビをつけた。


「あああ駄目えええええええっ!!!」


 月海先輩の絶叫が耳を打つ。


「母さんやめろおおおおおっっ!!!」

「てい」

「くっ!」


 膝立ち状態からDVDプレーヤーの電源に飛びつくも、伸ばした手をさえぎられる。母さんとぼくの手がギチギチと拮抗する。


「景国、あんた力ないね。あたしでも押さえるの簡単だよ」

「なんの……まだまだこれからだっ!」

「ほら、どうしたの? 動いてないよ?」

「ぬううう……」

「呪うなら自分の無力さを呪うんだね」

「母さん、なんか楽しんでない!? 月海先輩嫌がってるでしょ!?」

「そうです! やめてください!」

「駄目だ、やめるわけにはいかーん!」


 背後でどったんばったん音がする。


「だって俺父親だもん! 娘の勇姿が見たいんだもん! ねえわかってよ! 俺の気持ちをわかって! これだけお願いしてるのにどうしてわかってくれないのおおおおおっ!」

「痛い女みたいな口調やめて!」

「くそぅ暴れるな! 娘の人生で一度しかない高校のステージだぞ! 見たくなるのが親ってもんだろ!」

「は、恥ずかしいんだってば! 見たらきっと失望するわ!」

「それを決めるのはお前じゃない、俺だ!」

「景国くん、こうなったらテレビのケーブル全部引きちぎって!」

「さすがに無茶すぎます!」


 母さんの腕を振り払いたいが、力が足りない。このままでは再生されてしまう……!


「景国、あんたには悪いけどあたしも光ちゃんの姿が見たいんだ。許してね」

「うっ!?」


 母さんが急に力を抜いた。

 ぼくはびたーんと胸から畳に突っ込む。


「再生します」

「お願いします!」

「ま、待ってお父さん! 気持ちはわかったわ! わかったからちょっと待って!」

「なんだよ」

「部屋に戻るから、見るなら私のいないところで見て……」

「おお、ついにわかってくれたか」

「……ここまで本気だとね」

「よしよし、ありがとな」


 ()め技を解かれた月海先輩は疲れた顔で立ち上がり、頼清さんに背中を向ける。


 即座に振り返った。


 脳天に手刀――しかし読まれていた。


「あうっ!?」


 半身を退いた頼清さんは、かわしつつ月海先輩の手首を押さえていた。体をひねって先輩の腕をねじり上げる。


「く、うぅ……やっぱり、まだお父さんにはかなわないのね……」

「動きはよかったが、仕掛けてくるのが丸わかりだった。あとは気配の問題だな」


 頼清さんが力を抜くと、


「……見ても、本当に失望しないでよね」


 それだけ言って、月海先輩は出ていった。


 ぼくは畳に突っ伏したまま、しばらく動けなかった……。


     †     †


 数十分後。

 ぼくは先輩の部屋の前に立っていた。


「月海先輩、頼清さんたちが見終わりました」

「……なんだって?」


 障子の向こうの声は小さい。


「すごくはしゃいで見てましたよ。それで、先輩に伝えたいことがあるので来てほしいと」

「……わかった」


 先輩が出てきた。まだ疲れた顔をしている。


 二人で居間に戻ると、もうテレビは消されていた。台に頼清さんとうちの母さんが並んで座っている。


「光、よかったぞ」

「うんうん、光ちゃんかっこよかった」

「……本心は?」

「疑り深い奴だな。本心で言ってるんだよ。この基本的な動きこそ、今まで積み上げてきたものがはっきり出るんだ。まあ最初固まってるところはともかく、そのあとはバッチリだ」

「……そう」


 先輩とぼくも台についた。


「どっちかっていうと、未来生(みくる)ちゃんが惜しかったなあ」

「そうかしら」

「本来ならもっと動ける子なんだがな。お前が一瞬だけ120%緊張してたなら、未来生ちゃんは最初から最後まで70%くらい緊張し続けてたって感じか」

「お父さん……」

「先に言っておくが、お前を褒めるために未来生ちゃんを厳しく見たわけじゃないぞ。俺は月心流についてはみんなを平等に見る。もし景国君が道場の門下生だったとしても、光の彼氏だからといって甘やかすことはない。だから今のが、映像を見た正直な感想だ」


 月海先輩に笑顔が戻った。


「ありがとう、お父さん」

「まあ剣術や長物についてはいいが、体術はまだ成長してもらわないとな。さっきの乱戦でそう感じたよ」

「あれは参考にならないのでは……」


 ぼくが言うと、頼清さんが首を横に振った。


「逆だよ。道場の外っていう、作法が通じない場所こそ腕前が試されるんだ。月心流はもともと要人を守護するための型として編み出されたものだからね、いかにその場の状況や相手に合わせて戦えるかが重要なんだ」


 はい、と母さんが挙手する。


「でもさっきのは相手が悪かったんじゃないです? いくら光ちゃんでも頼清さんが相手じゃさすがに厳しいですよー」

「やだなぁもう、俺が強いだなんて照れますよ~」

「素敵でしたよーさすが道場の主って感じで! こうビシッといくところが!」

「や~、俺だってまだまだですからね~」


 母さんのおだて攻勢に頼清さんがデレデレしまくっている。ねえやっぱこの二人夫婦だよね?


 隣を見ると月海先輩も居心地悪そうにしている。


「か、景国くん、ちょっと外へ出ない?」

「……ですね」


 盛り上がっている二人を置いて、ぼくらは縁側に座った。


「巻き込んじゃってごめんね。まさか撮影されてたなんて知らなかったから……」

「頼清さんも、本当は見に行きたかったんだと思います」

「お父さんの気持ちがわからないわけじゃないの。確かに見たいものだろうけど、なんて言われるかと思うと怖かったから……」

「よかったですね。褒めてもらえて」

「うん。でも、もっと成長しなきゃ」

「頼清さん、もう武器の扱いは完璧みたいに言ってましたね」

「あとは体術か……。お父さんには全然かなわなかったな」

「勝てたら、いよいよ道場も継げるんじゃないですか」

「いつになるかわからないわね……」


 月海先輩がため息をついた。頼清さんと本気でぶつかって、力の差を感じたのだろう。


「でもびっくりしましたよ。障子を開けたら、先輩と頼清さんが重なってるなんて」

「奪い取るので必死だったの。鍛練で当たり前になってるからお父さんも普通に飛びかかってくるし……変なところ見せちゃってごめんなさい」

「いえ、気にしないでください」

「ところで、なんでお母さんまで? もう夜勤に出てる時間じゃないの?」

「休日出勤の代休で今日は家にいたんです」

「お母さんがついてこなかったら、二対一でたぶん逃げ切れてたよね」

「…………」

「…………」


 ぼくたちは同時に振り返った。

 そして、イチャイチャしている親たちのところへ猛抗議に向かった。


「お父さん!」

「母さんっ!」


 怒りの声は完璧に重なった。

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