隠していた趣味を知られていたんですが
四月終わりの連休。
ぼくは長野駅前にある大型書店に来ていた。
隠れオタクなので時々ラノベを買って読む。一般文芸も一応読むけど、比率としてはラノベが圧倒的だ。
エスカレーターを上がってラノベコーナーへ向かおうとする。
目の前を知った顔が横切った。
相手も気づいたようで、立ち止まって振り返った。
「誰かと思えば景国くんじゃない」
「月海先輩……こんにちは」
先輩の私服を間近で見るのは初めてだった。
白いブラウスにグレーのカーディガン、ネイビーのスキニーパンツという格好だ。スラッとした足が映える。スカート以外を穿いている先輩の姿は新鮮だった。
「勉強の資料でも買いに来たの?」
「いえ、小説を……」
思わず曖昧に答えてしまった。
ぼくはラノベが好きだ。好きなものを恥ずかしがる必要などないのでは?
……でも、理解されなかったらと思うとちょっと怖い。
「奇遇ね。私も小説を買いに来たの」
「せ、先輩はどういう本を読むんですか?」
よし、うまく話題がシフトした。
知らなかった先輩の一面を知るチャンスだ。
読書量は少ないけれど名前だけは知っている作家も多い。村上春樹とか東野圭吾なら読んだことあるからついていけるぞ!
「私は好き嫌いなくなんでも読むタイプよ。ジャンルにもそこまでこだわりはないし」
「では、好きな作家は?」
「うーん、ウィリアム・フォークナーとかコーマック・マッカーシーとか?」
「…………」
文学ガチ勢だああああああああああ!!!
やばいまったく反応できなかった!
海外の小説はまるで知らないんだよう!
「ちなみに景国くんは?」
「え?」
「昨日、なにか読んだ?」
「あ、えーと……」
昨日は一冊読んだ。
だが……だがしかし……『オタQueenとオタク委員』というタイトルを出して先輩がどういう顔をするのか想像もつかない。
「昨日は……、なにも読んでないですね」
作者さんには申し訳ないけれど、怖くて言えませんでした……。
「景国くんは……あれ、なんというジャンルだったかしら」
「え?」
「漫画っぽいイラストがついた小説を読んでいることがあるわね」
「なっ!? ななななぜそれを!?」
「だって景国くん、たまに部屋のカーテンを閉めないまま本を読んでいるじゃない。うちの土蔵から見えることがあるのよ」
「…………」
知らなかったああああああ!!!
確かに先輩の家には塔のような土蔵があって、二階の窓がかなり高い位置にある。
そのアドバンテージを活かしてのぞき見されていたなんて……。
ていうかけっこう距離あるのにイラストが見えたってどれだけ視力いいんだ!?
「あ、あれはライトノベルというジャンルですね……」
「そう、それよ。あかりがたまに教室で読んでいるやつ」
「夏目先輩が?」
「あの子の場合はBLだけどね」
「メンタルが強すぎる!」
「景国くんは学校には持ってこないの?」
「そうですね……人前で読むとのぞき見されることがあるので苦手なんです」
「でも、面白いんでしょう?」
「それは間違いないです」
「よかったら、私に一冊おすすめを教えてもらえない?」
「ええ!?」
月海先輩にラノベを勧めるだと?
まさか、ぼくの好みを理解しようとしてくれている?
表情からして、からかっているとは思えない。ならばこのチャンスは絶対に逃しちゃダメだ。
ぼくはうなずき、先輩をラノベコーナーまで案内した。
「これがライトノベル……なんだか長いタイトルが多いわね」
「最近はそれが主流なので……」
でも、タイトルはアレだけど中身はすごくよかった!――という作品も多いので侮れない。前情報なしで買う人はトレジャーハンターの気分なのではないだろうか。
「先輩は異世界ファンタジーとかいけます?」
「そうね。恋愛系よりはそっちの方がいいかも」
「じゃあ……」
文学好きの人なんだし、ネタに走ったものよりは硬派な作品の方がいいだろう。
最近読んでよかったと感じたものは……。
「これ、とか」
「戦争ものっぽい雰囲気ね」
ぼくが渡したのは、魔法が存在する世界を舞台にした架空戦記ものだった。月海先輩は異能バトルものには興味なさそうだし、ラノベの中から選ぶのなら無難な選択だと思う。
「ストーリーはけっこうダークなんですけど、キャラがすごくかっこいいんです。読み終わると、なんだか前向きになれるんですよね」
「景国くんのイチオシだと」
「はい」
「じゃあ、物は試しということで」
月海先輩は口絵のページと冒頭の文章を読んで、そのままレジに持っていった。
先輩が自分のすすめた本を買ってくれるなんて信じがたい。女子高生に勧める作品としてあれが正しいのかはかなり怪しいが、面白い作品なのは確かだ。少なくともぼくはそう感じた。
「先輩、このあとはどうするんですか?」
「今日は帰ってお稽古よ。せっかくだからお昼を食べながらお話ししたかったけど……」
「それなら仕方ないですね」
月海先輩のお父さんは武術を極めることに全身全霊をかけている。親子であり、師弟の関係でもある。先輩にかかるプレッシャーは大変なものだろう。
「じゃあ、また学校で。感想はその時に伝えるわ」
「はい、楽しみにしてます」
こうして、この日はこれで別れた。
ぼくは少しホッとした。
先輩がずっと近くにいたら、ほしいラノベが買いづらいから……。
† †
四月の連休とゴールデンウィークの谷間の平日。
ぼくはすっかり当たり前になった屋上でのお昼に向かった。
月海先輩はもう来ていて、ベンチにぼくの分の弁当箱が置かれていた。当然ながら先輩は制服だ。この前の私服姿は貴重だったなあとあらためて思う。
「お疲れさまです」
「ええ、お疲れさま。景国くん、この前の本を読んだわよ」
「あっ、どうでした?」
「軍事用語にすごく詳しくなった気がする」
「そ、そうですか……」
なんともいえない感想だった。
月海先輩には合わなかったのかな。ちょっと申し訳ない気持ちになってしまう。
「それとね、あかりに『これ知ってる?』って訊いたらすごい食いついてきたのよ」
「え、夏目先輩が?」
「主人公と仲良くしてる情報屋がいるじゃない。あかりによると、あの二人の関係を意識して読むと全然違う景色が見えるっていうの。それで二周目に行ってみたんだけど、やっぱりピンとこなくて。一緒にいるシーンもちょっとだけだし」
「先輩、その読み方で楽しめるのは選ばれし者だけです」
「そうなの?」
「マイナーカプは茨の道なので……」
月海先輩は不思議そうな顔をする。
ぼくも不思議だ。
月海先輩と夏目先輩。趣味のかぶっていない二人が仲良くなった経緯を知りたい。
「私には深読みする力が足りないのかもね。文学好きなのに」
「読み方は人それぞれですよ。ぼくも『オタQueen』の時は……」
口が滑った――。
「オタクイーン? それも好きなライトノベル?」
「ナンデモナイデス……」
月海先輩がぐいぐい寄ってくる。
「隠さなくていいのよ」
「いえ、その……」
「さあ、景国くんの〈好き〉を教えて?」
「か、勘弁してくださいいいいい!!!」