真夏の朝のミステリー
「セット完了――!」
ぼくは時計を指さして宣言した。
目覚まし時計を朝7時にセットしたのだ。かつてこんな決断を下したことはなかった。
いつも8時直前である。なんと45分以上早い。
戸森景国に一体何が起きたのか――!?
なんて盛り上がるほどのものでもないんだけどね。7時に起きるくらいで威張られてもねって感じだし。
理由は一つ。
月海先輩と朝の登校を一緒にしたいから。他にありえない。
ぼくは朝に弱くて、いつもの時間でもやっとのことで布団から出る。
しかしこのままでいいのか。いやよくない。
朝一番に見る顔が月海先輩のものであれば最高なのだ。夏休みは先輩の方から来てくれたけど、学校が始まったらそうはいかない。
だったらぼくが頑張って起きればいい。簡単なことだ。
決意を固めたぼくは強いぞ。
「さーて寝るか」
タオルケットをかけて横になる。
今夜はさほど暑くない。ゆっくり眠れそうだ。
「…………」
……おかしいな。眠れないぞ?
意識しすぎているんだろうか。だとしたらまずいな。眠れないことが一度気になるとなかなか寝つけないのだ。今、そっちに片足を踏み込んでしまった気がする。
「…………」
……やばい、マジで寝られん。
時間がどんどん経過していくのだけはわかった。こういう時、時計の針はガンガン進む。もう1時!――みたいなことになる。
「…………」
……これ、駄目かも。
目が冴えてしまっている。これじゃあ睡魔は近づいてこない。そもそも気合いを入れて寝ようとするところからもう間違えていたんじゃないだろうか。寝る時って自然体が一番でしょ? 力を入れてどうするんだ。
「…………」
……下手したら、明日遅刻の可能性も……。
寝返りを打ちまくって、余計に意識がくっきりする。眠れないことに焦ってしまう。その焦りがさらに眠りを遠ざける。まずい、まずい――ってそれを考えちゃうと駄目なんだってば!
「…………」
……ぼくは、朝一で先輩に会いたいだけなのに。
なぜこんなに苦しんでいるんだろう。いつも通りに起きて、お昼に先輩と一緒にお弁当を食べるだけではいけなかったのか。
でも、今日先輩に言われたんだ。
――前に向かって関係を変えていこうと。
まず変えられること。
それは朝から一緒でいることだと思った。
だから、苦手な朝を克服しようと決めたんだ。
それがこんな形になるなんて。
ぼくは完全に眠れない状態になっている。寝られなくて苦しさすらある。マジでやばい。どうしよう。これ、前進じゃなくて後退になってしまうのでは……。
深呼吸した。
お腹に手を当てて、ゆっくり呼吸する。
焦って体温が上がっているんだ。
まずは心を落ち着けて、自分のリズムを作っていこう。
すー、はー、すー、はー。
ゆっくり、慌てずに。
タオルケットから足を出した。すごく熱を持っていた。それだけでもかなり違って、体が楽になる。
呼吸を繰り返しているうちに、だんだんまぶたが重くなってきた。
ああ、もう、こうなると何も考えられなくなる……な……。
† †
「あら、景国くん?」
「おはようございます、月海先輩」
「この時間に起きたなんてめずらしいじゃない」
「先輩と一緒に登校したくて」
「じゃあ、待っててくれたのね」
「はい。……ふああ」
「眠たそう。というか、目の下にクマがあるわよ」
「眠ろうって意識すると、逆に寝られなくなりますよね……」
「はあ……。つまり寝不足なのね。無理しなくてよかったのに」
「でも、先輩との関係を、前に向かって変えていきたくて……」
「景国くん……」
「さあ、行きましょう先輩。ホームルーム始まるまで机で寝るので大丈夫です」
「待って、ふらついてるわよ!? とても大丈夫には見えないわ!」
「へーきです」
「景国くん、無理は駄目っ!」
「でーもー、寝不足くらいじゃ休めませーん」
「テンションまでおかしくなってる! しっかりして!」
† †
目が覚めると、教室で机に突っ伏していた。
「あれ……?」
どうやってここまで来たんだっけ。頭がぼんやりしていて記憶にない。
眠りが浅くて寝覚めは最悪だった。
そのせいで、家を出て月海先輩に会ったところまでは覚えているんだけど、その先がはっきりしない……。
「やっと起きましたか、戸森さん」
「あ、柴坂さんおはよう」
「おはようございます。戸森さん、ちょっと不思議なのでお話を聞かせていただけません?」
「え?」
「私、今日は一番に来ていたのです。それで後ろの黒板を片づけていたのですが、うっかりチョークの粉を散らかしてしまいまして」
「はあ」
「私、粉を顔に浴びたのでいったん下の水道に行ったのです。そして戻ってきたら戸森さんがここでよく眠っていて、チョークの粉の上には往復した一人分の足跡があったのです。戸森さんが熟睡している以上、戻りの足跡は存在するはずがありません。すると誰かが来たことになるのですが、眠っている貴方と会話をしていたとは思えないですし、足跡が一つ足りなくなってしまう。なんだかミステリーのような謎に出会った気分なのです」
「…………」
……ぼく、もしかして月海先輩にここまで運ばれて来た? 一人分の足跡って、ぼくを背負った月海先輩のものだったりしない?
「やばい……」
「何か心当たりは――って、ちょっと戸森さん!?」
「ごめん柴坂さん! ぼく、月海先輩に土下座してくる!」
「えええっ!? 一体どういうことなんですの――――!?」




