火祭りの夜、二人の手
奥社参道もけっこうな人の数だったが、お祭りとなるとやはり賑わいがすさまじい。
火祭りのプログラムはすでに開始されている。
大座法師池
だいざほうしいけ
の周辺は人でごった返していた。
ぼくは池から少し離れた場所に一人で立っている。左側は遊歩道、右側は木立になっている。
木立側、池の上に造られた台座ではシンセサイザーと和太鼓のパフォーマンスが行われていた。音楽は壮大で、観衆のざわめきも大きい。
人だかりに近づくのは少し怖かった。カツアゲを食らいかけた身だ。警戒心も強くなる。月海先輩が戻ってくるまでは今の位置でおとなしくしていよう。
先輩は、このあたりに家があるクラスメイトのところに行っている。来るなら顔を見せてほしいと言われたそうだ。3年生のことは夏目先輩と川崎先輩以外にわからないし、ついていくとは言い出せなかった。
もうかなり暗い。
そろそろ花火が始まるんじゃないだろうか。
屋台で何か買いたいけど、どうせなら先輩と一緒に食べたい。耐えるしかないか。
やがてシンセサイザーの旋律が消え、太鼓の音だけになった。色とりどりのライトと水流のコラボレーションが展開される。
綺麗ですね――と先輩に言えないのがつらい。
まだかなぁ……。だいぶ待った気がするんだけど。ぼくは光の演舞を見つめつつもそわそわしていた。
ぽん、と肩に手が置かれたのはその時だった。
「わあっ!?」
振り替えって、固まった。
「ごめんね、待たせちゃって」
そこには浴衣姿の月海先輩が立っていた。紺色の布地に赤い花の柄が入った、鮮やかな浴衣だった。
「先輩、それ……」
「野池って同級生が近くに住んでてね、貸してくれたの」
「じゃあ、野池先輩に会うのだけが目的じゃなくて……」
「だって景国くん、私の浴衣が見たかったんでしょ?」
ぼくは深くうなずいた。
昼間は私服だったから、今回も浴衣は見られないものだと思っていた。
先輩は忘れていなかった。ちゃんと考えていてくれたのだ。
やばい、感動で涙が出そう……。
「先輩、すごく綺麗です」
月海先輩は、指で髪をくるくるいじった。
「そう言ってもらえると、着てみた甲斐もあったというものね」
これで準備は整った。あとは花火が始まるのを待つだけだ。
「景国くん、また屋台で何か買う?」
「はい! お好み焼きを先に食べてからクレープを買います!」
「ふふ、反省を活かしているようね」
というわけでぼくらは順々に屋台を回った。
お好み焼きは高かったがそのぶん大きかったので、半分ずつ食べることにした。
「熱い……なかなか手強いわ」
「これ、ちょっと油がきつくないですか?」
「私は気にならないけど……そういえば景国くんは猫舌じゃないんだっけ」
「そっちは問題ないですね」
「よかった。あかりが熱い食べ物苦手だから」
「夏目先輩にも弱点があるんですね」
「弱点のない人間なんていないわよ」
「では、先輩の弱点は?」
「教えない」
「ぼくは弱点をいっぱいさらけ出してきましたよ。不平等だなー」
「景国くん、今夜はやけにテンション高いじゃない」
「せっかくのお祭りですから!」
「でも、流れで私の弱みを握ろうとするのは感心しないわね」
……調子に乗ってしまった。訊かれたくないことは誰しもあるよね。
「クレープ買ったら遊歩道の方へ行きませんか? あっちの方がよく花火が見えそうです」
話題が逸れたせいか、先輩が一瞬ホッとした顔になった。
「じゃ、今夜は景国くんについていくわ」
「こっちです!」
ぼくは手を伸ばす。先輩が嬉しそうに掴んでくれた。
クレープを一つずつ買って、道路沿いの遊歩道まで移動した。
やや高い位置なので池が一望できる。
二人で柵に腕を乗せて暗い水面を見つめた。クレープをかじりながら、その瞬間を待つ。
半分くらい食べたところで、最初の一発が来た。
シュッと音がして花火が打ち上がる。真っ暗な空に緑色の円が花開いた。
「始まりましたね」
「うん」
そこからは言葉なく夜空を見上げた。
次々にはじける花火。
赤に青、緑に黄色。
円に柳、水中スターマイン。
様々な種類の花火が池を彩った。
ぼくも月海先輩も、無言でそれを眺めていた。
カメラを向けることはない。同じようにして空を見ているということが、今は何よりも大切だった。
連発の間隔が短くなった。細かい花火が休みなくどんどん打ち上げられる。
最後の一発が上がると、池を渡るようにして横に光が走った。
ラストを飾るナイアガラだ。
火の玉が滝になって池に流れ落ちていく。
「もう終わっちゃう……」
月海先輩が名残惜しそうにつぶやいた。
「何年ぶりかな、こんなに大きな花火を見たのは……」
「来て、よかったですね」
「うん」
それだけ言って、先輩は残りのクレープを口にした。ぼくも一気に食べ終える。
「お父さんが車で迎えに来てくれるから、広い方に行きましょ」
「今さらですけど、頼清さん車持ってたんですね」
「塀の外もうちの敷地だからそっちに置いてあるの。みんなよその家のだと思ってるみたいだけど」
「浴衣はどうするんですか?」
「洗って返すから、今夜はこのまま」
「ああ、よかった。もう終わりかと思いました」
「やっぱり今日も正直なのね」
ぼくたちは街へ下る道の方へ向かっている。車道側に立とうとしたのに、さりげなく回り込まれた。ぼくが左、先輩が右側を歩く。
人だかりから離れて、周りが静かになっていった。
「…………」
手をつなぎたいな……。
参道では先輩に誘われてだったし、さっきは手を掴んでもらった感じだった。
自分から、さりげなく先輩の手を握りたい。
いいだろうか。びっくりさせないだろうか。
ぼくらの間に会話はない。先輩はただ前を見ている。
……いこう。
そっと、右手を伸ばした。先輩の左手に重ねて、指を絡める。
ドキドキが止まらない。すぐ顔が熱くなった。真っ暗だから赤くなっているのはバレないだろうけど……。
「ふふっ」――と、先輩が笑った。
「いつくるかなって待ってたの。期待していたよりもちょっとかかったかな?」
「…………」
……そっか。不安がる必要なんてなかったんだ。
先輩はむしろこれを望んでいた。危うく、期待に応えられないまま終わってしまうところだった。
まだまだ、一人前にはほど遠いな。それを思い知らされた気がした。
夏休み最大のイベントはこれで終わり。
これから続く日常の中で、ぼくはもっと先輩にふさわしい相手になっていきたい。少しずつでも成長していこう。
月海先輩の手の熱を感じながら、強く思った。




