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触れ合いが足りない気がするんです

「ねえ……もう焦らすのはやめて……」

「で、でも……」


 僕は生唾を呑み込む。


 不意の夕立に遭って、先輩は僕の家に一緒に飛び込んだ。

 びしょ濡れになった先輩を、僕はじっと見つめてしまった。すると、先輩がもじもじし始めた。


 無言の時間が長すぎた。

 だから先輩が耐えきれなくなったのだ。

 自分からブラウスのボタンを二つ外して、誘うような視線をよこす。


 ここで応えなかったら、先輩のプライドを傷つけてしまうだろう。


「先輩、いいんですね……一線を越えても……」

「ええ……来て……」


 僕は先輩の、手のひらには収まらないくらいの胸に手を当てながら、唇をそっと――


     †     †


「却下ああああああああああああ!!!」


 ぼくは叫んだ。


「黒田君、悪いけどこの原稿はボツで頼む」

「上手く書けたと思ったのに」

「こういう方向は期待してなかった!」


 ……まったく。


 黒田君が、身近な人たちをモデルに小説を書いたから読んでほしいと言ってきた。なので今日は彼の家に出向いて原稿を読んでいた。


 ぼくは黒田君のプロ作家デビューを応援しているから、原稿のチェックにはたまにつきあう。


 しかしこれは駄目。絶対に一次選考で弾かれる。断言してもいい。


 メイン二人はどう読んでもぼくと月海先輩だ。

 主人公は小柄で童顔で気弱。ヒロインは細目、黒髪、ポニーテール。言い逃れはできないしさせるつもりはない。


 しかも雨でびしょ濡れからのキスシーンって!

 いや夕立に遭ったことはあるよ?

 でもこんな流れにはならなかったからね?


 ていうか、一線越えてもいいですよねってなんだよ……。絶対そんなこと言わないよぼく……。


「これ、ジャンルは?」

「恋愛ミステリかな」

「え、ミステリ? つまりこれから事件が起きると?」

「そうさ。主人公の友人である作家志望者が校内で刺殺されてしまうんだ」

「モデルの人、それでいいのかな……」

「その出来事に軽いショックを受けた二人はイチャラブしながら解決を目指す」

「全員の扱いひどくない!? 友達殺されたのにイチャイチャしながら謎解きする主人公とか最低だし、死んだのに軽いショックしか受けてもらえない友人もかわいそう!」

「俺の存在ってそんなもんじゃん?」

「自虐やめて! というか自分がモデルなの認めちゃったよ!」

「だって殺せそうなの俺しかいなかったから……」

「そもそもミステリでなきゃ駄目なの?」

「ミステリ作家になりたいからね。知り合いをモデルにしてもジャンルに妥協はできない」

「ミステリにこだわるならモデルはやめるべきだよ」

「あ、戸森君が殺されて月海先輩が復讐のための探偵活動をするのはどうかな」

「駄目です!」

「じゃあ逆だったら?」


 ぼくは右の拳をかまえた。


「リアル殺人事件に発展する」

「愛が深い……」

「その返しおかしくない?」

「まあ、駄目なものは仕方ない。普通のミステリを書くか」

「それがいいよ。黒田君の書くストーリーは面白いもん」

「でも終盤がつじつま合わせで精一杯になりやすいんだよな。肝心なところで一押(ひとお)しできないというか」


 ギクッとした。


 ぼくも一押しすべきタイミングをけっこう逃してきた気がする。

 一緒に帰ること、告白についてはいい。

 でも、中学時代はチャンスを掴みきれなかった記憶しかない。成長はできているはずだけど……。


「ところで、描写の差異について聞かせてもらいたいな」

「差異って?」

「月海先輩の胸だよ。現実と描写の違い」

「触ったことないからわかんないよ」

「は?」

「は?――じゃないよ! 素で理解できないみたいな反応しないでくれ!」

「だって彼氏でしょ?」

「彼氏だからってなんでも許されるならこの世に別れるカップルは存在しないっ」

「彼氏の方が飽きて捨てるパターンは残るだろ」

「黒田君はなぜそうクズみたいな発想がポンポン出てくるの?」

「俺自身がどうしようもないクズだからだよ」

「それは悪いタイプの開き直りだと思う」

「今日の戸森君は厳しいね。モデル小説をやると人間関係を悪くする可能性もあるのか。勉強になったな」

「オリジナルキャラで書いた方が間違いないよ」

「そうする。でも関係がさらに発展したら聞かせてよ。濡れ場に活かす」

「このクズ――――ッ!!!」


     †     †


「景国くん、おかえりなさい」

「先輩、お疲れさまです」


 夕方、門の前を掃いている月海先輩と出会った。フレアスカートに半袖シャツ。――おっと、胸を見てはいけないぞ。自制しろ。


「……」

「どうしたの?」

「いえ……」


 黒田君との話で、ぼくは色々と考えさせられた。


 つきあうことにはなった。

 けれど手をつないだこともないし、唇を重ねたこともない。

 恋人が必ずそうしないといけないなんてこともないだろうけど、ぼくと月海先輩は思ったほど直接的な触れ合いがないのでは……。


「せ、先輩……」

「何か悩み事?」


 先輩がこっちへ歩いてきた。

 ぼくは思い切って言う。


「あの、今度一緒に歩く時――その、手をつないで歩きませんか!」


「……景国くん?」

「まだ、やったことないですよね。できればでいいんですけど」

「……」


 先輩が無言でぼくの前に来た。いきなり手を取られる。


「あっ」

「こうやって?」


 ぼくの右手に先輩の左手が絡んでくる。


 これは……恋人つなぎ……。


「こうして歩きたいのね」

「そう、です」

「うーん……」


 握った手を見つめて先輩がつぶやく。


「あまり人がいないところからでもいいかな」

「は、はい!」


 ぼくは即座にうなずいた。

 先輩はちょっと困ったように笑った。


「確かにまだ経験なかったわね。私、こう見えて小心者だから……少しずつ慣れていこうね」

「ぼくも、その方がいいです」

「よかった」


 ぎゅっと、つないだ手に力がこもったのを感じた。


「景国くんの方から手を取りにきてくれるの、期待してるから」

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