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今夜の月光は、とっても甘い。

「まさか俺がキャプテンとはな……」

「頑張ってよ、山浦君」

「陰ながら応援してる……」


 終業式の日。

 半日授業が終わって、ぼくと山浦君、黒田君といういつものメンバーは教室でだらだらしていた。

 月海先輩は先生と話があるとかでしばらく来られないのだ。


「さて、戸森」

「なにかな」

「今日で1学期終わりだぞ。どうすんだ?」


「今夜、告白する」


 ぼくが言うと、山浦君と黒田君の目がギラッと光った。


「マジか」

「ついに決めたんだね」

「うん。やるよ」

「よく言った。男になれよ」

「まあ断られるわけないと思うけどね」

「でも、幼馴染と彼氏じゃまた違うかもしれない」

「ここまで来たらマイナス思考は捨てちまえ。心配してると肝心な時に思い切りがなくなるぞ」

「そ、そうだね」

「戸森君のことも応援してるよ」


 なぜか二人に握手を求められた。がっちりそれぞれの手を握る。


「頑張れよ。成功したら連絡くれ」

「俺にもね」

「明日以降でいい?」


 いいとも、と二人がハモった。


「おーい」と声がして、シャープな顔立ちの坊主頭――川崎先輩が現れた。


「山浦、しばらくキャプテンの仕事を教えてやるから練習行かせてもらうぜ」

「了解っす。じゃあ行きましょっか」


 山浦君は川崎先輩と一緒に教室を出ていった。


「俺も帰って原稿書かなきゃ……。またね、戸森君」

「うん、頑張って」


 黒田君も帰っていった。


     †     †


 ぼくは残って、今夜の行動についてイメトレをしていた。


「景国くん」


 廊下から呼びかけられた。月海先輩だ。


「先輩、終わったんですか?」

「それがね、進路の相談が長引きそうなの。悪いけど先に帰ってもらってもいい?」

「いいですけど……」

「約束は覚えてるから安心して。夜になったら道に出てるわ。何時くらいにする?」

「えっと……9時にしましょう」

「わかった。またあとでね」


 月海先輩は小走りで行ってしまった。


「お出かけでもするんですの?」


 柴坂さんが近づいてきた。


「ちょこっとね」

「そうですか。……夏休みも道場に通う予定ですので、もしかしたらお会いするかもしれませんわね」

「その時は何か差し入れ持ってくよ」

「期待せずに待っております」


 まあ、お嬢様に安い差し入れ渡すのも気が引けるよね。


 さて、先輩がああ言うのだから先に帰らせてもらおう。


 階段を下りて昇降口へ行くと、夏目先輩が腕を組んで下駄箱に背中を預けていた。


「光ちゃんは別行動らしいね、後輩くん」

「進路の相談に時間かかるそうです」

「はっはっは」

「……なんですか?」

「そんなの口実に決まってんじゃん。一緒に帰りづらい理由があるんだよ」

「え」

「何か心当たりないの?」


 ……ある。ありすぎる。


 もしかして、夜のことを気にしているから今は離れていたいのか。


「なんでしょうね」

「光ちゃんは何も言ってなかったけど、私の直感は何かが起こると告げているよ」


 月海先輩、今回は夏目先輩にも話していないんだ。

 それだけぼくの言葉を真剣にとらえているということ?


「まあ、何かあったら夏目先輩にも話すんじゃないですか。友人序列第1位なら」

「そーねー、刺激的な話を楽しみにしてるよ。後輩くんの方からガンガンいってくれても私は一向にかまわないからね?」


 まさにそれなんだよなあ……。


「勇気が出たらですよ。それでは休み明けに」

「おう、せいぜい光ちゃんとの仲を深めたまえ」


 ぼくは早足で学校を出た。

 夜は早めにご飯を食べて備えよう。


     †     †


 あたりは薄明るい。今夜は月夜だ。

 携帯の時計は20時55分と表示されている。


 ……さて、行くか。


 ぼくはジーパンに半袖シャツという格好で部屋を出る。

 道路に出ると、道場の門に寄りかかっている月海先輩の姿があった。足が長いから、斜めに背中を預ける姿がとても絵になる。


「月海先輩」

「来たのね、景国くん」


 先輩がこっちにやってきた。スキニーパンツにTシャツ、レースのカーディガン。軽く歩こうという服装ではない。


「じゃあ……行きましょう」

「そうね」


 ぼくたちは浅川の方へ向かって歩き始めた。

 特に狙いはない。単に人がいない場所へ行きたかった。


「…………」

「…………」


 会話はなかった。

 何か言わなければいけない。でも、勝負の言葉以外はまったく考えていなかった。


「あ、明日から夏休みですね」

「そうね」

「……」

「……」


 うーん、きつい!

 いつもの月海先輩なら、こういうことをしたいとか続けるはずなのに。


 いや、先輩に頼ってばかりでは駄目だ。

 ぼくが話すべきなんだ。


「この先に公園がありましたよね」

「ええ」

「とりあえず、そこでいったん止まりましょう」

「うん」


 ここまで淡々とした返事は初めてだ。


 そっと横顔をうかがう。

 月明かりに照らされた先輩は、唇を固く結んでいた。


 お互い、うまく言葉が出てこないみたいだ。


 ぼくらは住宅街を静かに歩いた。

 街灯に蛾が群がるパチパチという音。遠くからはカエルの鳴く声。車の音はなく、静寂の夜があった。


 ぼくは以前の話を思い浮かべていた。かつて月海先輩に迫る男子の先輩たちがいたこと。


 それをことごとくはねのけて、先輩はぼくに近づいてきてくれた。


 この3ヶ月がどれほど楽しいものだったか。

 中学の頃からは想像もつかない。

 毎日、先輩に話しかけられないことに悶々としていた。先輩の家を訪ねる理由が思い浮かばず、家が隣り合わせという環境はむしろぼくを苦しめた。


 そんな日々は終わった。


 月海先輩と歩き、笑って、一緒に食事をする。


 今だって、ぼくは充分特別な毎日を送れている。


 でも……でも、もっと踏み込みたい。


 本当の意味で、月海光の特別な人になりたいんだ。


 その思いを、告げる時なんだ。


     †     †


 公園についた。

 ベンチと滑り台、ブランコ、砂場があるだけの小さな公園。


「……懐かしい」

「来たことありましたっけ」

「昔、たまにここで景国くんと遊んだでしょ」

「えっ」

「覚えていないの?」

「……はい」


 微妙な沈黙。

 なんでそんな重要なことを忘れていたんだ。最近の思い出で上書きされてしまったか?


 返事に詰まっていると、月海先輩が「ふふっ」と、いつもの控えめな笑いをこぼした。


「てっきり、それを思い出したからここに来たんだと思ったわ」

「……なんか、すみません」

「いいの、だいぶ昔のことだから。私の方がしつこいくらいよ」


 先輩が歩き出す。

 ついていって、二人でベンチに座った。


 月明かりであたりがほんのり青く見える夜。

 ぼくらを邪魔するものはない。


「でも、思い返せばあの頃から景国くんの面倒を見るのが楽しくて仕方なかったのよね。それは今も一緒。きっと私は変わっていないの」

「だったら、ぼくも同じです」


 月海先輩が好き。

 その気持ちはずっと変わらない。

 先輩にとってここが大切な場所だというのなら、ぼくがここに歩いてきたのもきっと偶然じゃない。

 思い出の場所に、新しい思い出を重ねよう。


「月海先輩」


「うん」


「ぼくは貴女のことが、好きです」


「……うん」


「ぼくと、つきあってください」


 ……言えた……。


 思いをちゃんと言葉にできた。

 長く言う必要なんてない。きっと、これでぼくの気持ちは通じる。


 先輩がじっとぼくの目を見てくる。


 そして、こくっと首を縦に振った。


「……はい」


 顔を上げた月海先輩は、穏やかに微笑んだ。


「私も、景国くんのことが好き。その告白、受けさせてください」


 じんわりと、胸に温かさがこみ上げてきた。

 ずっと言いたかったこと、言ってほしかった言葉が形になった。


「……ごめんなさい」

「なんで謝るんですか?」


「私、ずっと景国くんが好きだった。景国くんが私を気にしてくれてたのもわかってた。でもどうしても、最初の「好き」は景国くんの方から言ってもらいたかったの。私のわがままのせいでもやもやさせてしまったわね」


 ぼくのことを何度も正直正直と言っていたけれど、先輩だってなかなかの正直者だ。


「確かに、悩んだりはしました。でも……ぼくの方から言えてよかったです。待っていてくれて、ありがとうございました」


「景国くん……」

「これからもよろしくお願いします、先輩」

「……うん」


 月海先輩の声は震えていた。


「景国くん、好き」

「ぼくもです」

「本当に、大好きだよ」

「ぼくだって大好きです」

「……景国くんっ」


 先輩が腕を伸ばした。ぼくは優しく抱きしめられていた。


 今度は焦りなんてなかった。

 先輩の体温を、しっかり受け止められた。


「ありがとう、景国くん」


 ぼくは感極まって返事ができなかった。言葉の代わりに、先輩を強く抱きしめた。


 もっと好きって言いたい。

 けれど今は、相手を感じることを大切にしたい。


 勇気を振りしぼれてよかった。

 ただひたすらに、今のぼくは幸せだ。


     †     †


 ぼくの右手と月海先輩の左手は、ベンチの上で重なっている。

 月が雲間に隠れて暗くなった。

 こんな時間もまた、悪くない。


「これから、何か変わるんでしょうか」

「わからない。でも、無理に変えていこうとする必要はないわ。今までのように、自然に過ごせたらいいな」

「夏休みは、どこかへ出かけましょうね」

「もちろん。景国くんの行きたいところにね」

「うーん、あんまり思いつかないかも……」

「本屋さんでしょ?」

「やっぱそういうイメージですか」

「そうだ、せっかくだから神保町とか行ってみる? 古本屋街ならお宝がいっぱいあるかも」

「東京……修学旅行でしか行ったことないです」

「だからこそよ。でもお小遣いが厳しいかな」


 先輩、ぼくの事情を察するのが早すぎてなんだか申し訳ない。


「まずは地区のお祭りですね。先輩は予定大丈夫そうですか?」

「今週末よね。問題ないわ」

「じゃあ、一緒に行きましょう」

「上手にエスコートしてね」

「が、頑張ります」


 夏祭りかあ……。

 先輩の浴衣姿とか、見てみたいな。


「ねえ景国くん、約束してほしいことがあるの」

「なんですか?」

「私の方が年上だからって、遠慮しないでほしい。嫌なことは嫌だって、はっきり言ってくれたら嬉しいな」

「できるだけ対等に、ってことですね」

「ええ」

「努力します。でも……」

「でも?」

「月海先輩にされて嫌なことなんてありませんけどね」

「……ふうん?」


 本心からの言葉だ。

 焦って先輩の行動を止めたことはあるけれど、それは嫌だったからじゃない。


 うまく返せた気がして、ぼくはちょっと得意げに上を向いた。


 甘い香りが流れてきた。


 横を見ようとした瞬間、頬が一瞬だけ、熱を帯びた。


 月海先輩の唇が、ぼくから離れていく。


 雲が流れて、月が再び現れる。

 月光に照らされた先輩の顔は、少し強がっているような笑みを浮かべていた。


「じゃあ、こういうことされても嫌じゃないのね?」


 顔が火照って返事ができなかった。

 ぼくは重ねた手を握り直し、こくっとうなずいた。


 やっぱり、ぼくはまだこの人に勝てないみたいだ。


 雲は遠くへ去り、空には月が残った。

 静かな公園で、ぼくと先輩は肩を寄せ合い時の流れに身を任せる。

 頬に残った感覚は、いつまでも消えなかった。


 今夜の月明かりは、月海光は、ぼくにはちょっと、甘すぎる。

ここまでお読みいただきありがとうございました!

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